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第三話

「それで、どうしてこの人と二人きりなのか」

「何か言いましたか? ルリーナ卿」


 いえ、なんでも。ルリーナはそう返した。そう、別に彼女が悪いわけではないのだ。

 今、ルリーナはゲルダと二人、真珠の港の街を歩いていた。目指すは商人ギルドの館だ。

 出来る事なら、ゲルダとではなく、エセルフリーダと歩きたかったものだ。

 残念なことに彼女は返さなければいけない手紙があるとかで宿を離れることは出来ないようだった。

 ニナナナを連れ出すような用件でもないし、自然と暇をしている二人、ということでこの人選と相成った。


「ルリーナ卿はどこでその知識を得たのですか? どうやら、王女殿下やリュング卿の信任も厚いようですが」


 ゲルダのその言葉は当て擦りかとも思ったが、そうではない、という事はこの短い、一日程度の付き合いで解っている。

 昨日、アイラに対して相談した作戦を聞いて、ゲルダは面食らっていた。思いつかなかった、というよりも、表には出していないが好ましくは思っていないようだった。

 それでも何とか納得してくれたからこそ、こうして歩いている訳だが。


「そうですねぇ。私の出自はご存知です?」

「はい。神聖帝国の御貴族であったとか。そんな方が我が国で騎士をされているとは実に頼もしいばかりで」


 物語の主人公にでも会ったように、とでも言うべきか。ゲルダの瞳はきらきらと輝いている。


「あー、まぁ、その認識で間違ってはいないのですが」


 確かに、神聖帝国の貴族の子ではあった。しかしそれが国外に抜け出している時点で何か都合の悪い事実があるとは考えないものか。


「昔、神聖帝国の傭兵隊に居まして」

「そうなのですか! しかし、貴族でいらしたのですよね? 指揮を執っていたとか?」

「いや、色々ありまして」


 神聖帝国においては、ルリーナの家は陰謀に巻き込まれた形で消滅している。

 血縁は残っているはずだが、少なくともルリーナの直系は既に居ない。となると、少々不都合もあるので、ここでは伏せている事実だった。

 勿論、エセルフリーダは知っているし、アイラとも雑談の折に話してはいたが、諸侯に知られるのには不都合がないとも言えない。

 王女の協力者であるご老体、アドラーは神聖帝国の密偵だから調べるまでもなく知っていることだろうが。

 彼はどうやら、今、大陸の側に居るらしい。もしも事がアイラの手だけでは済まなくなった時、介入してくる気なのかもしれない。

 それが幾ら友好国の手であろうとも、好ましいことではない。ルリーナの母国ではあるが、そこはそれ。当然、信用はできない。


「大陸の方ではもう随分と戦も様変わりしてましてねぇ」

「そうなのですか」


 反乱やら宗教戦争やら異民族との衝突やらで、如何にして弱者が騎士を打ち破るか。という手段が確立されつつある。

 とはいえ、騎士の優位性は減じられながらも変わらないのだけれど。結局、質で敵わないなら数で押し潰す。という形に変わりはない。

 その点、ウェスタンブリアの地では内紛に明け暮れているものだから、一昔前の戦が続いている。

 ただ、獅子王国に関しては、竪琴王国に比して長弓兵を主力に据えたりと、徐々にではあるが質より数の戦に馴染んではいる。


「私としては、弱者の戦いの方が慣れたものでして」


 別に奇策を弄している訳ではない。ただ単に慣れた状況に持ち込もうという訳だった。

 ルリーナ自身、徒歩の兵として戦場に身を置いた時期が長いものだ。


「しかし、戦において平民の命を賭けると言うのは……」

「今もそう変わらないと思いますけれどねぇ」


 騎士同士の戦いであれば、命を失うのは騎士だけだし、兵を用いると言っても、その死傷率は高いものではなかった。

 何も、すべての敵を滅ぼす必要もないのだ。士気が崩れて、敗走すればそれでよし。そうでなくとも、押し返せればそれで良い。

 それが平民を主力とすれば、桁違いに被害はかさむ。捕虜にする利もないのだから、正に命の取り合いという事になるだろう。

 殺されたくなければ殺すしかない。そうなれば戦場の様相は変わる。それが大陸で起きた騎士と平民、あるいは異教徒との戦いだった。

 とはいえ、ルリーナからすれば、ウェスタンブリアの地ではそう変わらないものに思えた。いつかはそうなるだろうし、その萌芽は既にある。


「今まで傭兵も居ましたよね」

「平民を入れる、となると数が変わりますから」


 会戦の規模は膨れ上がるだろう。数千の戦いから数万の戦いへ。

 今までも数が力になるのは変わらなかったが、僅かにパワーバランスをずらすだけで、世界は変わる。

 そこで待っているのは、新たな帝国だろう。


「帝国……」


 ゲルダはその言葉を深く噛みしめるように言った。

 この地では、帝国の意味も異なって聞こえるだろう。獅子王国と竪琴王国が、全ての王が帝国を夢見てきたのだ。

 いや、この地には限らないか。だから、神聖帝国などという、実際には帝国とは名ばかりの国家がある。


「成程、国が、戦が古のものに帰るのですね」

「そう、かもしれません」


 古代、統一帝国が大陸を治めていたころにはそれこそ数万の軍がぶつかり合ったという。

 それも、我々、正教徒――ルリーナは別に敬虔な信徒とは言えないが――が、辿り着いたこともない場所で、異教徒と矛を交えたというのだから。


「ま、異教徒と戦うとなれば騎士道も何もないですからね」

「それは聞いたことがあります。馬に乗って弓を射る者たちに翻弄されたとか」


 何とも器用なものだと、話を聞いたときには思ったものだ。騎士からしてみれば情けない戦い方だとも。


「我が国の長弓兵たちがそこにいれば、と悔しく思ったものです」

「ああ、その手がありましたか」


 ゲルダは冒険譚といったものが好きらしい。話がそちらに向くと目を輝かせて食いついてくる。

 しかし、長弓兵を征伐に連れて行く、というのは実現できる可能性はさておき、良い手かもしれない。

 別に騎士らが何もできなかった訳ではないのだ。異教徒たちの準備の整う前には、まさに破竹の勢いでその勢力を伸ばしていた。

 苦戦した、という話が多く出つつも、実際には彼らが撤退したのはそれだけが理由ではない。

 ただ、戦に敗れた理由としては、その方が外聞が良かったからという程度だろう。そんな感想をルリーナは持っていた。


「まぁ、数百年も前の話ですがね」

「ええ。心躍る話です」


 そうかなぁ、と首を傾げる。どうせなら、ルリーナとしては勝ち戦に乗りたいものだ。

 語り継がれるうちに話が変わる、というのはよくある話だったが、征伐の悲惨さは広く知られているものと思っていた。


「正に、神の与えられた試練と言うものでしょう」

「ああ……」


 こういうタイプか。成程。何となく解ってきた。

 多分、死地にあって喜ぶ、自分を痛めつけて悦びを見つけるタイプだ。

 騎士らしい騎士、それこそ、騎士道物語に出てきそうなもので、多分、彼女自身それに憧れを持っていたタイプ。


「ま、良いことですかね」

「何ですか?」


 いや、何でもない。ルリーナはそう答えた。

 上に居ればまた考え方も変わるのだろうが、同僚や部下に居れば扱いやすい。もとい、実に心強い。


「そういえば、ゲルダさんは戦に参加したことは?」

「恥ずかしながら、この前の戦で父に付いていったばかりで」


 頬を染めながら言う彼女は、本当にそれを恥じているのだろう。

 そうなると話も変わる。初陣を済ませたとはいえ、この調子で今後、大丈夫だろうか。

 実直さというよりも初々しさ、だったという訳だ。自らの足らぬところを正直に認められるのは友人としては良いことだけれど。


「ま、頼りにしてますよ」

「ご期待に添えられるよう努力します」


 貴族の子弟としての教育は受けているだろうから、どこかの黒騎士よりは戦場で使えるだろう。

 いや、さすがにアレと比べるのは失礼というものか。

 改めて彼女を見ると、常在戦場、を旨とする騎士とはいえ、鎧下どころか板金鎧を常に着込んでいる。

 煌びやかなそれは見目にも立派で、彼女の溌剌とした表情と共に実に映える。おかげさまで周囲の視線を集めているのだが。

 ルリーナも外出ということで、今日は鎧下を着こんでいた。綿で作られた鎧下はそれだけで最低限、防具としての役割を果たすものだ。

 鎧は勿論、一般人には手が届かないような値がするが、この鎧下も中々に値が張る。綿は安くない。


「……暑くありません?」

「いえ、慣れてしまえばさほど」

「そういうものですか」


 日光を照り返す、さながら鏡のように磨き抜かれた鎧は、黒いそれと比べれば熱くはならないと言う。

 騎士それぞれに合わせて作られた鎧は身の動きを妨げないよう様々な工夫が施されており、また、鋼鉄を薄く延ばしたそれは鎖帷子よりも軽い。

 が、ルリーナも好き好んで一式を身に着けて歩きたくない。という代物だった。


「おお、ルリーナ卿。騎士叙任おめでとうございます」

「ありがとうございますー。ギルド長さんもお久しぶりで、変らずご健勝なご様子」


 街を抜けて商人ギルドの館に入れば、すでに長が待っていた。

 好々爺、といった様子の彼は、以前ここを訪れた頃から何も変わっていない。

 以前、世話になった隊商長によると、そろそろ引退しようかなどと言っているとのことだったが、まだまだ現役だろう。

 一体、どれほどの齢だろうか。軽く五十は越えていそうにも見えたし、時に四十程かとも思う時がある。


「そちらの方は……」

「正統なる王を頂きし獅子王国の貴族に列席するノルン伯の子、ゲルダ・オブ・ブレント子爵と申します」

「ははぁ、それはそれは。私はこの地で商人ギルドの長を務めさせていただいているアシェルと申します。尊顔を拝せる栄光に預かり光栄でございます」


 ルリーナが紹介するまでもなく、ゲルダは貴族然とした態度で自己紹介を終えていた。

 いやしかし、あの名乗りは国外の者にも同じなのか。ギルド長も貴族に対する態度として、如何にもな態度をしてみせている。


「この皇帝陛下の地に奉職する者同士、良い関係を築けることを望みますな」

「はい! これからもお世話になるかと思います。どうかよろしく」


 ギルド長としては、その立場上、獅子王国を贔屓するようなこともないし飽くまで帝国の者であるという立ち位置だろう。

 ルリーナは微妙に胃が痛くなるようなやり取りを聞きながら、館の中央ホールの高い天井を仰ぎ見た。

 大陸とウェスタンブリアを繋ぐ港だけあって、窓には色硝子がはめ込まれ、壁には明らかに大陸から渡来した絵画が飾られている。

 あのシャンデリア一つで一体、幾らするのだろう。


「ははは、何とも実直な方ですな。さて、本日の御用向きについて伺いたいのですが?」

「あ、今回は注文といいますか取り寄せといいますか。大口なので、直接伺わせていただいた次第で」


 話を振られて、現実逃避から帰ってきた。

 そう、今回は顔つなぎだけではない。アイラから公庫を開く許可を得ているのだ。


「それは興味深い話ですな。今、書記を呼びましょう。ヘルマン!」

「ここに」


 ヘルマンと呼ばれた彼は、ルリーナを見て一つ礼をしてみせた。彼は次期ギルド長とも目されているとか何とか。

 ルリーナが今回の趣旨を話し始めれば、ゲルダは蚊帳の外になる。話の内容を理解しようとしているのは窺えたが、それに構っている暇でもない。


「なるほど、なるほど。そうなると王都の鍛冶ギルドや染物ギルドにも話を通す必要がありましょうな」

「なので、この際、ギルド長さんの力をお借りしたいという所で」

「ははぁ。獅子王国で不穏な話があるとは聞いておりましたが」

「長、話も長くなりそうですので、応接間に移っては」

「そうだな。いや、気づきませんで申し訳ない。お話が面白くてつい、ですな」


 考えていることを話してみれば、ギルド長は若干の驚きを含みつつも笑って見せた。

 彼らにとっても利益となるのだから、否やはないだろうが、それだけではないようである。


「この際、王国にはまだまだ頑張ってもらわなければ困りますから」


 とこぼすように言ったその一言は、おそらく本音だろう。

 どこまで知っているかは解らないが、どうやら、今般の事情については寧ろルリーナよりもよく知ってそうなものである。

 商人という都合上、各地を回るのだから、耳も早いのは当然ともいえたが、どうやら独自に調べているようでもある。


「アドラー卿が居らっしゃらないのは、少々、残念でありますが」

「そこまで知っていましたか。確かに彼が居れば私も心強いところですが」


 今度の戦はそれこそ、ルリーナの、つまり神聖帝国流になるのだから、彼が居ればまた話も聞けただろう。

 実戦指揮を執るのに、彼の国の貴族が欲しい所ではあったが、居ないものは仕方ない。


「今は有るもので考えなくてはなりません。ゲルダさんにも伺いたい所で」

「私、ですか?」


 今まで蚊帳の外だったゲルダに話を振れば、驚いたような顔をされる。

 何も無意味に連れてきた訳ではないのだが、と、ルリーナは苦笑を何とか隠した。


「ええ。獅子王国の貴族ですから」


 内情については少なくとも騎士になったばかりのルリーナよりは詳しいだろう。


「はい! 何でも聞いてください」


 やる気満々といった彼女を横目に見ながら、案内されるがままに応接間に向かう。

 この際、ギルド長、いや、商人ギルドとは腹を割って話す必要があるだろう。

 そう考えを巡らせながら、アイラ、王女の信任の重さに、今更ながら気が引けてくるのは確かだった。

 王国の全権を握ることになる彼女、本来ならアイラが直接に向かうべき課題だっただろう。

 しかしながら、未だ幼い彼女の双肩にかかる事の重大さに、ルリーナもまた後に退くことは許されないように思えた。


「はぁ。騎士になれば後はゆっくりできるものと思っていたのですが」


 せめて、戦にしても領地をめぐる小競り合い程度で済ませて欲しかった。

 とんとん拍子に事が進んでいく中、ルリーナが落ち着くことが出来るのは、まだまだ先の話になりそうだ。

 溜息を吐いて肩を落としつつも、またルリーナは正面を向いた。毒を食らわば皿まで。とにかく、やり切るしかないだろう。

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