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第二話

「やだなぁ、おねーちゃん。私の事はアイラで良いって言ったじゃない」


 それにまだ女王ではないのだから、陛下ではない。と、地味な頭巾を取り去りながら彼女は言った。


「それで、そのアイラ様が何故こんな所に居るんですか」


 お忍びで来ているのだから、ここで大袈裟にされると厄介なことになる。と、いう訳で今アイラとルリーナらは同じ卓についていた。

 そうでなくとも、度々同じ卓についてこうして話をしている気もするのだが。当然、あまりよろしくはない。


「ちょっと街の方に予定があったから、おねーちゃんとエセルフリーダの顔を見に来たの」

「えーっと、それは光栄なことで……?」


 エセルフリーダの方を見れば、隠すこともなく頭痛を抑えるように額に手を当てていた。

 何も聞いていないふりを続けられるニナナナが少しばかり羨ましい。

 にこにこ顔のアイラは置いておいて、その脇に控えたドミニクが口を開く。


「いや、どうにも王国の内に不穏な動きがあるということでしてな」

「はぁ。それはまた、せっかちなことですね」

「どうせ、私が王位に就く前にとか考えてて間に合わなかったのでしょう」


 アイラはその金色の髪を指に巻きつけつつ、つまらなさそうに言う。


「そんなことよりおねーちゃ……」

「アイラ様」


 雑談に入ろうと目を輝かせて手を合わせ、首を傾げてみせたアイラを、ドミニクが留めた。


「はいはい。解ってますよーだ」


 拗ねたように唇を尖らせたアイラは、外に向かって声を掛けた。


「入ってきていいよー」

「はっ、ブレント子爵、入ります!」


 子爵。となると、世襲貴族ということだから、ルリーナよりも上位者ということになる。

 騎士は半平民で一代限り。その上には準男爵があるが、男爵からが正規の貴族だ。騎士は勲功に与えられるものでしかない。

 では、とりあえず立ち上がるべきか、とも思うのだが、そも、王女の前でこうして座っているのだからどうしたらいいものか。

 などと考えているうちに、扉が開かれた。そこから顔をのぞかせたのは、烏の濡羽色をした髪を短く切り、溌剌とした顔をした一人の少女だった。

 年齢で言えば、ルリーナよりも多少上だろうか。白過ぎず、健康的に焼けた肌に、平時にも関わらず板金鎧を身に着けている。

 腰からは長剣を吊り、当然、金の拍車を踵に付けている。小柄なルリーナと長身のエセルフリーダと並べばその中間くらいの体格だろう。


「ゲルダ、とりあえずそこに座って」

「いえ、殿下の前でそんなことは」

「その殿下が言っているの」

「けれどもそれは……」


 アイラの目が細まり、眉の角度が上がっていく。それが危険なラインに至る前に、なんとか彼女は折れた。

 見るに、どうやらかなり真面目、というよりも世慣れしていないのか。ルリーナ横に腰を下ろした彼女はガチガチに固まっていた。


「今日は新しい護衛の紹介に来たの」

「それを名目に、ですな」


 言葉を足したドミニクにアイラは一瞥を与えた。余計なことを言いやがって。という目だった。


「暇だったんだもの」

「殿下はいつもそう仰られますな」


 アイラは小さな両手で耳を塞いで、聞こえませんのポーズだ。

 そんなやり取りを困ったような、驚いたような顔でゲルダと呼ばれた子爵は見ている。


「ともかく! 今日はゲルダの紹介に来たの!」


 ドミニクのお小言が始まりそうなところを断ち切るため、アイラは声を高めた。


「こちら、ゲルダ・オブ・ブレント子爵」

「王女殿下のご紹介に預かり光栄です! 私、正統なる王を頂きし獅子王国の貴族に列席するノルン伯の子、ゲルダ・オブ・ブレント子爵と申します!」


 鎧の擦れ合う重い音を立てながら立ち上がった彼女は、自らの胸に手を当ててそう宣言するように言った。


「何というか、目の前でそう言われると複雑な気分」


 目の前に座っている正統なる王は面白い顔をしている。

 というか、ノルン伯と言ったか。どこかでその名前を聞いた覚えがあるような気がした。

 具体的に言うと、エレインとの雑談の最中、たしかあのヨアン周りの関係だったからよく覚えていない。


「ノルン卿の子か。父君には世話になった」

「父からもリュング卿の事は伺っています。先任としてよくご指導に従うようにとも」


 どうやら、エセルフリーダとも浅からぬ関係のようだ。ルリーナとしてはちょっと面白くない。

 僅かに頬を膨らませたルリーナをアイラが楽しそうに見ているのに、ルリーナは気づかなかった。


「ルリーナ卿の事も噂には聞いています。お会いできて光栄です」

「あ、はい。こちらこそ」


 急に話を振られて、背筋を伸ばす。どうにも、こうして丁寧な物腰で対されると困る。

 どんな噂になっているものかもわからないし、嫌味かとも思ったのだが、ゲルダの純粋な目を見るにどうやら本音らしい。


「何となくわかったと思うけれど、ゲルダはこのとおり生真面目な性格なの」

「生真面目なんて。私は貴族の末席ですが、その義務を果たそうと……」

「あー、うん。わかったわかった」


 これこそ揶揄だったのだろうが、効いていない。アイラも毒気を抜かれた様子だ。

 確かにこれは生真面目というか、何というか。嫌味なところのない人物というのも扱いづらい。


「そういえば、ノルン卿も実直な方だったな」

「あー、そうだね。とても忠実な臣下だって聞いてるよ」


 エセルフリーダは微笑なぞ浮かべている。彼女の趣味から言えば、ゲルダは好ましい人物といえるかもしれない。

 面白くない。実に面白くない。むくれるルリーナにしかし、エセルフリーダは気づかない様子。


「とりあえず、ゲルダはここに留まることになるから。よろしくね、おねーちゃん?」

「何で私に言うんですか」


 エセルフリーダに対して言うのが筋だろう。ルリーナは彼女の下についているのだから。

 おねーちゃん? とゲルダは緑とも褐色ともいえる不思議な色合いの目を瞬かせている。


「えー、だって」

「いや、その先は言わなくて結構です」


 エセルフリーダと二人きり、いやもちろんニナナナも居るが。それを邪魔されることにルリーナが拗ねはしないかということだろう。

 勿論、拗ねる。盛大に拗ねてやる。それはさておき、仕事に私事を持ち込まないのはルリーナの信条だった。


「ブレント卿。よろしくおねがいします」

「私の事はゲルダと呼んでください。子爵とはいえ、飽くまで父から譲り受けた封土によるものです」

「お、おう。じゃあ……ゲルダさん? よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


 眩しい。一体、何をどうすればこうもまっすぐな目を出来るのか。

 やましい所がないとはとても言えないルリーナの身としては、彼女の有り方が眩く見えた。


「で、ここからが本題なのだけれど」

「ゲルダさんの紹介に来たのではなかったのですか」

「まさか。それだけの為に来るわけないじゃない」


 本当に? と目で問えば、アイラは目を逸らした。王都に居た時は特に理由がなくても喋りに来ていた。


「ゲルダも知ってるとは思うけれど、王国内部は結構がたがたでね」

「はい。伺っています。諸侯の皆様の中に造反者が居るとは、俄かには信じられないことですが」

「で、おねーちゃんとエセルフリーダには対策を練っておいてもらいたいんだよね」

「対策」


 と、言われても、具体的にどうすればいいものか。一応は王女派諸侯の軍も動員の準備は進めている。

 しかし、悲しいかな、王女派の戦力は烏合の衆。どうにも、保守派層の有力者が王子の側についているようで、直轄領の戦力も相手が正統性を訴えるのなら割れるだろう。

 何とか、手元から戦力を捻出するしかない訳だが、そうなると取れる手はそう多くない。


「幸い、王都は従士隊と衛兵隊のお陰でこちら側についているから、籠城は出来ると思うのだけれど」

「かといって、外からの援軍は微妙。と。まぁ、勝てなくはないと思いますが……」


 城攻め、というのは実に厳しい戦いだ。騎士らは騎馬もなく、徒歩でその戦列に加わらなければならない。

 勿論、騎馬がなくとも騎士は強力だ。武芸に通じ、全身を鎧った彼らは、十人力と言っても良いだろう。

 高く、硬固な城壁は矢玉を通さず、それを打ち崩すにしても、櫓や梯子を用いて乗り越えるにしても自然と白兵による混戦となりやすい。

 十人力とはいえ、逆を返せば、十人にも寄ってたかれれば討ち取られることもあるだろう。

 兎角、籠城戦というのは、守る側に有利だ。これは勿論、城壁に頼ることもできるし、その仕組みを用いることもできる。

 平地での戦いとは勝手が違い、包囲側はいかに多数だろうと狭い突破口に集まるしかない。そうなれば数の差もさしたる意味は持たない。

 また、身を隠しながら敵を射下ろすことができるだけでも、その有利性は理解できるだろう。


「何か外で準備をするのなら、今の内しかないから」

「ああ、商人ギルドもありますものね」


 ギルド長とはちょっとした知り合いである。真珠の港に辿り着いた当日に挨拶には向かっていた。

 直属の部下である隊商長には前回の戦で世話になったものだし。残念ながら、と言うべきか彼はここを留守にしていた。

 真珠の港の商人ギルドといえば、ウェスタンブリア全土の商業、流通をその掌中に収める勢力である。

 商人、というものが往々にしてそうであるように、一方の勢力に与することはないが、返せば、金を払えば如何な都合もつけてくれるという信頼がある。

 そして、それこそが何よりも信用できることだ。無料より高いものはない、といったものだが、善意というものはそれが尽きた時に容易く手を引く。


「王都の民は動員できるものでしょうか」

「できるでしょうね。彼らとしても包囲されていては苦しくなるばかりだもの」

「戦で民草を苦しめるなんて」


 エセルフリーダとアイラ、そしてゲルダが話している間に、ルリーナは考えを巡らせる。

 王都の人口は正確に計られた訳ではないが五万くらい。その三分の一、いや、五分の一が武器を持てる者だとして……いや。


「おねーちゃん、何か思いついた?」

「そう、ですね。ちょっとお話を聞いていただきたいのですが」


 もちろん。そう言ってアイラは笑って見せた。

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