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第十一話


「皆さまお揃いか」


 城の広間、悠に百人は座れるだろう大きな卓は今は半数も埋まってはおらず、諸侯の家紋を記した盾が掲げられた壁の一面には空きが目立ち、寂しさを感じさせた。

 どうやら何とか会議の始まる時間には間に合ったようだ。ルリーナは大急ぎで着替えたものだから乱れていた服の裾を直しながら、騎士連中の列に加わった。

 卓に着いているのは、王都に駐留している王女派の諸侯で、もちろんその中にはエセルフリーダとゲルダの姿もあった。

 騎士と貴族の扱いの違いはこういう所にも出ている。

 駆け込んで来たルリーナを見て眉を顰める騎士もあったが、そこはそれ、この場で口を開くことはなかった。


「では、会議を始めましょうか」


 卓の上座、一段高くなった席に設えられた玉座に納まるアイラは、ひじ掛けに片肘をつきながら気だるげに言った。


「王太后陛下に付いた諸侯……いえ、この際はっきりと申しましょう。敵が動いているとか」


 口火を切ったのは、諸侯の一人。ルリーナはすべての諸侯を覚えている訳ではないが、確か、王女派の中でも王国古参の部類に入る伯爵だったか。

 この場で女王に次いで位が高い彼は、口ひげを扱きながらわかり切った事実を述べた。


「して、如何いたします。我々は寡兵。敵はどうやら本気のようですが」


 小領地の男爵がおどおどと発言をする。彼は以前の戦で随分と兵や物資を使い込んだらしく、今回の戦にも消極的だ。

 領地の経営が立ちいかなくなれば、貴族の席からも追われるので必死にもなろうものだ。


「何だ、我らが女王陛下の軍に不満でもあるのか」

「まさか! そういうことを申している訳ではなくただ事実を」


 当て擦りめいた会話を交わしつつも、諸侯はどうやら現状把握から話を始めるつもりのようだった。

 先ほど駆け込んで来た伝令によると、辺境地からの軍が既に王都に向けて出発、近郊の諸侯も動員を開始したとのことだ。

 近接地には有力な諸侯が居ないという、獅子王国の事情もあって、幸いにして今すぐに、という事態は避けられたが、たとえ時間があったところで兵力、というよりも地力の差は揺るがない。


「それで、誰か何か策はあるか」

「この際、王都にて籠城するしかないでしょう」


 つまらないといえばつまらない、ありふれた策ともいえない策ではあったが、そも、奇を衒うという事はその時点で敗北を認めているようなものだ。


「それしかないであろうな」

「しかし、ここで籠城戦となってしまえば、国土の荒廃は……」

「とはいえ、敵の好きにさせては、それこそ王国の危機となるだろう」


 籠城戦というのは、兎角、消耗するものである。

 負けが見えていれば敢えて戦うこともなく、城を明け渡すのがむしろ美徳とされるほどだ。

 獅子王国を二分しての内戦となれば、どちらが勝ったとしても無視できない出血があるだろう。

 それを竪琴王国や竜王国といった諸国が見逃す訳もないから、どちらかが降伏しなければ獅子王国は立ちいかない。

 だからこそ、力を以て意見を通そうという王子閥諸侯は軍を差し向けているのだ。


「これは、我々が降伏せねばならないのでは」

「貴様、何を言うか!」

「いやしかし!」


 王子閥は有力諸侯が集まっているだけあって、単純な戦力で言うとこちら側よりも多い。

 彼らが何事もなく降伏するわけもなく、初めから寡兵で籠城をするという選択を取らなければならない王女閥は既に追い詰められている訳だ。

 もちろん、全戦力が王都に納まるはずはなく、敵方も攻城に全戦力を賭している訳ではない。


「籠城するとしても、その間に応援が参らないとなると」

「そこはこの際、手段を選んではいられないだろう」


 包囲されている砦に立てこもるとなると、状況の打開には援軍の到来が求められる。

 敵はこちらの補給線を断てば兵糧攻めができる訳だから、寡兵での籠城戦は時間稼ぎにしかならない。


「傭兵、ですか」

「いや、それだけでは足りないだろう。ここは国外から……」


 どうやら、古株の伯爵なだけあって王家と神聖帝国との繋がりを知っているらしい彼は、意味ありげにアイラの方に目を向けた。


「国外?」

「待て、それでは我が国を売るという事ではないか」

「他に手があるというのか?」


 幾人かの下級貴族を置いて、諸侯らは考え込むようにして一時黙った。

 街を戒厳下に置き、備蓄を食い詰めれば一、二か月は籠城を続けられるだろう。

 その間に、大陸側から神聖帝国からの援軍が到来するのを待つ。これならばまだ希望はありそうだった。

 諸侯らの中ではその話でまとまったらしく、もっともらしく首を縦に振っている者も居る。


「神聖帝国には、特に連絡してないよ?」


 一時、静かになった議場に、アイラの澄んだ声はよく響いた。


「は?」


 それまで大真面目な顔をしていた、如何にも威厳ある貴族然とした諸侯らが大口を開けて呆然としている様はなかなかの見ものだった。

 思わず笑いそうになって、口元に力をいれて何とか堪えた。

 ルリーナからしてみれば、今までの会議全てが茶番のようなものだ。


「では、一体どうすれば!?」

「やはり買いかぶりだったのだ、幾ら戦で武功を上げようと」

「待て、それ以上は不敬に過ぎるぞ」


 喧々囂々と最早、誰が何を言ったかもわからないような状況だ。

 会議の場は荒れ、隅に立った騎士達ですら、互いに顔を合わせて小さく声を交わし合う。

 その騒ぎを招いたのがアイラであれば、止めるのもまた彼女だった。

 小さな手の平を諸侯の方へ向け、静かにするよう求めれば、潮騒が遠ざかるように場には静寂が戻った。

 それは居心地の良い沈黙ではなく、一触即発といった空気だったが。


「リュング卿、説明を」

「はっ、では僭越ながら私から諸侯の皆様に説明させていただきます」


 末席にほど近い位置に座っていたエセルフリーダが立ち上がるのを見て、口を開こうとした諸侯はしかし、彼女の怜悧な視線を浴びて口を噤んだ。 


「今回の策は単純です。王都に残る市民、彼らを戦力として扱います」


 そう。ルリーナが提案し、アイラとエセルフリーダと共に詳細を詰めた計画。それは単純なものだった。


「市民を? しかし、この急場で兵を募ったところでそれが何になる」


 当然の疑問である。諸侯の軍にある兵も、元をただせば彼らの領民。農民など平民の類だ。

 その中には当然、槍を持って幾度か戦にも参加したものや、長弓の訓練を欠かさずに行う自由民などもあり、彼らは半ば専門の兵と言っても良い。

 ただ、そうではない一般市民に槍などを持たせたところで、戦力にはなりようもない。


「そうですね。少なくとも数にはなりましょう」

「こけおどし、ということか?」


 エセルフリーダの返答に、質問をした諸侯の一人が納得のいかない顔で尋ねた。


「いえ。この際、兵を用いるにあたって、大陸の真似事をしようかと」

「大陸の真似事……市民を主力とする軍を作ると?」


 諸侯もその話は聞いたことがあったらしい。しかし当然、良い顔はしない。

 軍制度の改革などというのは一朝一夕で済む訳がなく、また、もしもそれが成ったとして、諸侯という制度自体が大きく揺らぐ事情がある。


「そう言ったところで、誰がその運用方法を知っている」

「ルリーナ卿、前へ」

「はい」


 呼ばれたルリーナは一歩前へと歩を進めた。諸侯らの視線が一手に集まるものの、特に気にすることはない。


「獅子王国女王の騎士、ルリーナ。ご存知かとは思いますが、古い名をルリーナ・フォン・ベンゼルと申します」

「神聖帝国貴族の子女とは聞いていたが、だからと言って……」

「彼女はかつて、彼の国で傭兵団の職に奉じていたことがあります」

「傭兵団……? ああ、そういえば、彼の国の傭兵団は、傭兵と言いつつも正規の軍に準ずると聞いたことがありますな」


 そう。神聖帝国の傭兵団。その実態はどちらかと言えば皇帝直属の親衛隊と言った方が近い。

 指揮こそ貴族が行うが、主力は武器を持った平民で、騎士などは居ない。

 そこに所属していたと言えば、市民の戦力化についても知識があると思われるだろう。

 実際には兵の一人として参加していただけなので、運用がどうこうとかは知らないのだけれど。

 心のなかでべーっ、と舌を出しつつ、さも自信のありそうな顔を取り繕っておいた。


「実は、今回の作戦はルリーナ卿の提案によってなされたものだ」

「ほう。神聖帝国の貴族から見れば、この地のやり方は古臭いとでも?」


 脅威無しと見ていた半平民が自らの縄張りに踏み込んできたという、そんな態度を隠しもせず、諸侯の一人が刺のある言葉を投げかける。

 ルリーナはそれには答えず、片目を瞑ってアイラの方を見た。


「貴卿、言葉が過ぎるのではありませんかな」

「イェール卿。しかし」


 デレクに掣肘されたにも関わらず、まだ言い募る彼を見て、アイラがひとつ、両の手を打った。


「これは、私が許可したことなの」

「陛下が許可されたとはいえ、こんな新参に」

「んー、言い方が悪かったかな。私が、認可したの。そして」


 アイラは両の手指を合わせると首を傾げて見せた。その唇は微笑の形に歪んでいる。

 しかし、その瞳は笑っているようには見えなかった。さながら、価値のない路傍の石を見るような。


「これは、私からの、命令なの」


 王は、諸侯に対して命令するような権限を持っている訳ではない。

 あくまでも諸侯のまとめ役であり、諸侯には自治の権利があるのだ。

 それでも命令、という言葉を口にしたのは、これからの事態に対する布石だ。


「……陛下は、帝国を作られるおつもりか」


 今まで思いを巡らせるようにして閉じていた瞳を開け、重々しく口を開いたのは、会議の始めに口を開いた古参の伯爵だ。

 そちらに目を向けて、アイラは先ほどとは反対側に首を傾げる。その動きに、彼女の絹糸のような髪がさらさらと揺れた。


「帝国? そう、名前は何でもいいの。ただ、今の獅子王国ではこの地を治めることはできないわ」


 諸侯らはもはや反感を持つという訳でもなく、異質なものを見るようにアイラの姿を見ている。

 ルリーナでさえ、彼女の幼い声で紡がれる言葉に、言い知れぬ畏れを感じていた。


「ねぇ、この百年。いえ、数百年と争い続けて、どうしてウェスタンブリアはまだ統一すらできていないのかしら」


 それは、獅子王国と竪琴王国において戦力が拮抗しているから。

 その隙を突かれて竜王国やその他の小国に領土の一部分を奪われる形になっている。


「旧帝国は、確かにこの地を統一していた。なのに、今の私たちにそれが出来ないのはなぜ?」


 帝国の崩壊。それは大陸の諸国にとっても悲劇だった。

 国土はいくつもの国に分かれ、軍事に限らず、多くの文化、文明が大幅に後退した暗黒時代に足を踏み入れたからだ。


「大陸の方ではもうすでに起きていることだけれど、今こそ国を見直すべきではないのかしら」


 大陸では既に、君主を頂点とした国家が幾つも誕生している。

 神聖帝国はそれを目指しながらも選帝侯や諸侯の分権という形で妥協しているが、その有力な敵国である白王国は、既に君主を絶対とする国家を作り上げている。


「獅子王国を、一つにまとめましょう」


 諸侯の自治、それを尊重しながらも、確かな国家を作り上げる。

 今までの諸侯と諸侯が互いの利益のために相争うといったことを許さない。

 国を、国家というものを作り上げる。それがアイラの主張だった。


「国家、でありますか……」


 現実離れした提案をされたように、諸侯各位は反論する意志さえも見せなかった。

 その中で一人だけ、アイラが楽しそうに笑う。


「そう。獅子王国という国家。ウェスタンブリアを治める、唯一の国を実現するための一歩」


 それはまさに夢物語のようだった。

 旧帝国以来、何百年と争い続けていた獅子王国と竪琴王国、両国の悲願を達成するという夢物語。

 しかしながら、それを口にするアイラを見れば、それが冗談とも思えないのが事実だった。


「その前に、まずは目の前の事から片付けなきゃいけないわね」


 王子閥についた有力諸侯を倒してしまえば、アイラ側についた諸侯は烏合の衆。

 そうなれば女王に対して強い発言力を持つ有力な貴族というものはいなくなる。

 あるいは、今回の戦で武功を挙げられればという可能性さえ、これから説明される案で否定されるはずだ。

 初めからそれを狙っていたのか、あるいは偶然か。アイラの姿を見れば、それは前者のように思えた。


「話が逸れたわね。それじゃエセルフリーダ、続きをよろしく」


 異論はないな、というようにアイラが諸侯を見渡すが、彼らは一様に顔を伏せたままだった。


「畏まりました。では、改めて今回の策について詳細をお話します」


 最早、これ以上に驚くようなこともないだろう。諸侯らの顔に浮かんでいるのはそんな表情だった。

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