誕生!! きらめき・クィーン!
目の前は真っ白な煙。視界なんてありゃしない。だけどゴブリンたちが黙り込んで、それからまた騒ぎ出したのはわかる。
小枝をかき分ける音と、罵声や怒号に似た鳴き声。おそらくは我先に藪の向こうに隠れようと、せっかくかき分けた通路に殺到。押し合いへし合いしているんだろう。
その間に空薬莢を捨てて、新しい弾を詰め込む。
斜面をのぼってくる風に、煙はかなり晴れていた。
奴らの逃亡を邪魔するために、先頭のゴブリンをねらう。露出箇所は後頭部。そして最後尾の一匹、背中があった位置に連続して射掛けた。
さらに排莢、そして充填。
残りの一匹は仲間の死骸に寄りかかられ、藪に引っ掛かりで動けない。
そこへ機械的な動作で、一発。
……………………。
ゴブリンたちは沈黙した。
少しの間、様子を見た。……やっぱり動かない。
「よし、しとめたな」
マミに声をかけて、藪までおりる。ゴブリンたちは二匹が倒れ、三匹が藪に引っ掛かっていた。
血の生臭さが漂っていた。虫の息だが、それでも生きているのもいた。
腰のナイフを抜いて、首の動脈を切ってやる。平等に、息絶えたものも残らずすべて。
「よし、相棒。キッチリしとめたぜ」
マミ、きみの手柄だ。と誉めてやる。が、マミは突っ立ったまま。虚ろな目をしている。
あ、こりゃあれか……。
察した。
「……マミ、そこの藪なら、俺からは見えない」
そばの藪を指差してやると、フラフラした足取りでマミは隠れた。
そしてかわいらしいお口から、きらめきをリバース。
ヒロインらしからぬ必死の音を立てて、豪快にリバース。
無理もない。いくらモンスターとはいえ、今まで生きて歩いていたのが、物言わぬ骸となってしまったのだ。命を産み、育む立場の「女の子」が、「死」の現場に立ち会ってしまったんだ。
……というか、俺も人のことは笑えない。
生まれて初めてこの手で獲物を殺した時は、三日間メシが喉を通らなかったもんだ。
それくらい人間にとって「死」の現場というのは、特別なものなのだ。
マミの「きらめき☆リバースタイム」真っ最中だが、俺は俺で仕事がある。
ナイフでゴブリンの左手を切り落とし、回収しなくてはならない。いわゆる「駆除の証」だ。
斬れ味抜群。刀匠が鍛えた業物、「下長」のナイフは吸い込まれるようにゴブリンの手首に食い込み、難なく掌を五つ落とした。
駆除の証を袋に詰めたらバッグに収納。死骸はそのまま放置しておく。どうせカラスやオオカミが、きれいに掃除してくれる。……まあ、ここいら近辺をオオカミがうろついたら、それはそれで問題あるけどね。
ナイフの血脂を木の幹で拭っていると、きらめきのマミが帰ってきた。
「大丈夫か、マミ?」
「はあ、まだ少し頭がクラクラしますが、なんとか大丈夫です」
「気をしっかり持ってな。帰り道も仕事のうちだ」
「ううう、役立たずで申し訳ありません……」
「最初のうちはみんなそうさ、はじめから一人前な奴はいない」
それくらい猟師という職業は、過酷なものだ。少なくとも、「遠く離れた場所からズドンなんて、楽でいいよね」、という職業ではない。
少し水を飲ませた方が良いかもしれないな。まだ本調子ではないようだ。
ただし、帰還は急ぐことにする。ここいら一帯は人間がしょっちゅうウロつくとはいえ、山の中であることに変わりは無い。
もっとはっきり言うならばここいらは、熊やオオカミの痕跡が無いとはいえ奴らの世界だ。そんな場所で血脂の匂いを撒き散らしたのだ。
風向きが人里に向かっているものの、急ぐに越したことは無い。熊だろうとオオカミだろうと、人間に気づかれることなくアプローチする術は、人智の及ばないレベルだからだ。
さらに分かりやすく言うか。
ナイフ持ってようが鉄砲持ってようが、逃げないと食われる。この認識が正しい。
季節はまだ初秋。木々は葉を落としていないし、草も青々としている。つまり奴らが身を隠す場所が多すぎる。これは人間にとって、極めて不利な状況である。
帰り道は獣に知られたところでかまわない。いや、もちろん本当は違うんだけど。それでも往路よりは速度を上げて歩く。
日の力が弱まっている。そう気づいた時点でようやく沢。日没までに農村地帯に入りたい。
「がんばれマミさん、足を励ませ! はやく尾根を越えるんだ!」
「そ、そうは申しますが……るららぁ〜〜……」
きらめき☆リバースタイム、アンコールの開幕だ。今度は空っぽの胃袋だから、マミも本気で苦しそう。
胃が荒れないように沢の湧水を飲ませ、それを吐かせる。胃の洗浄になると言ってしまったら、少し乱暴だろうか?
だが、胃液を吐くよりはマシだ。
リバースタイムが終了すると、今度こそ体調が回復したようだ。意識と足取りに力強さがよみがえっている。
「お待たせしました、親分! ようやく回復しましたよぉ!」
「よし、それじゃ先を急ぐぞ! もうじき日没、奴らの世界になっちまう!」
山を登り、足元に気をつけながらおりて、ようやく人里にたどり着く。それと同時に、日没だった。
農村部から市街地に入る頃には、すでに夜がとっぷりと。
「はぁ〜〜……お腹空きましたねぇ」
「あぁ、特にマミはきらめきまくったからな」
腹が空くのは、それだけが理由ではない。飲食店が旨そうな匂いをただよわせてくれるから、余計に腹が空けてくるのだ。肉汁、魚のスープ、ソースの焦げた香り。仕事帰りにはたまったものではない。
「だけど、ギルドに寄って検体が先だ。やっぱり報酬が何よりのご馳走だからな」
「マミさんとしては御飯もさることながら、お酒の方もイキたいところなのですが……」
「うん、それは待て。激烈に待て。本気でギルドを先にするからな」
昨日のマミとは、もう違う。もう孤独でも明日無き者でもない。必要としてくれる人間と仕事を持った、明日に生きるマミなのだ。
分かってはいるのだが、やっぱり酒は待って欲しい。俺の魂がそう叫ぶ。
「そうだな……どうせならマミの初陣ってことで、マスターきららも巻き込んでみんなで飲むか?」
「おぉ、それはグーなアイデア! 早速ギルドで報酬を受け取りましょう!」
そんな訳で、にぎわいの去ったギルドへ。
検体場で係員に見てもらう。当たり前のことだが、不正無しのサインをもらった。
今度は受付のカウンターで、それぞれ報酬を受け取った。
「明日はどんな仕事があるかな?」
係員に問うと、掲示板を指さされる。
「今日はあれこれ入ってますよ」
「ほほぅ、どれどれ?」
あれこれというのには理由がある。秋と冬は野生動物の肉が旨くなる。ということで、猟師仕事が増えるのだ。
カモ撃ちウサギ撃ちに始まって、キジにイノシシにシカ。雪が降って以降なら、熊の依頼も入るはずだ。
ただし大物の依頼は通常、複数名で結成されたチームが受けるものだ。せっかく射獲した獲物でも、運び出しにはそれなりの人数が必要なのだ。
シカやイノシシは一〇〇キロ前後の個体が多い。町中の平地ならば俺だって、担いで運ぶことができる。
しかし足元不如意。しかも斜面だらけの山の中では、とてもじゃないがそんなもの担ぐことはできない。
「となると、やっぱりカモやキジ。あるいはウサギかな?」
その手の依頼を吟味していると、「親分、親分!」と、マミから声がかかった。
「なんですかぁ、このシェルパ求むって?」
「ん〜〜?」
シェルパ求む。
獲物はキジ。
貼り紙には、そう書かれていた。
「これはな貴族や金持ちの酔狂な連中が、鉄砲猟のガイドをしてくれって話さ」
「ほほぅ……」
マミは興味があるようだ。貼り紙の前から離れない。
……仕方ない奴だ。条件くらいは見てやるか。
依頼主は商家の大旦那マヌエルさん。同じく商家のアダモ氏とのキジ猟を、コーディネートして欲しいという依頼だ。
なお、キジ撃ちには双方息子と娘を同行。四人体勢の猟だという話だ。
なお、シェルパ採用には条件があり、事前に一度出猟試験をするとある。