或る日の出来事
カメロン駆除が終了して、しばらくはポイズンラビットの駆除が続いた。ポイズンラビットの報酬は、カメロンよりもはるかに安い。つまり馬を使うことができず、スキーを履いての忍び猟と相成った。
午前中は毒草の群生地を回り、午後からは我々だけが知るポイズンラビットの穴場……つまり新たな毒草の群生地を開拓して歩く。途中でポイズンラビットが居れば撃ち、マップに印をつけて春からの駆除で資料として利用する。何しろ今は雪。毒草もなにも、すべてが雪の下に埋もれている。春にならなければ、「コレ!」とポイントを絞ることができない。今はもう当てずっぽうに歩き回り、森の神が仕立ててくれる出会いに期待するしか手がないのだ。
その出会いも減ってきた。駆除が功を奏し、ラビットの数が減っているのだ。「撃ってくれ、撃ってくれ」としか言わない室長ワイも、さすがに駆除の終了を感じたようだ。今週一杯で、駆除を終了すると宣言してくれた。
「これでようやく、本命のシカに挑めるよ」
「だがオークにカメロン。ポイズンラビットと、君たちには世話になりっぱなしだな」
「チームしおからとしては、通常猟に専念したいところなんだ。あまり面倒は持ち込まないでくれ」
「ギルドとしても誰か一人、どこかひとつのチームに依存することはしたくないのだが、あまりにも君たちが優秀すぎるんだ。嫌だと言っても甘えさせていただく。有能税だ、ありがたく受け取ってもらいたい」
「受け取るのは督促状だろ? 税金は支払うものだ。そして支払っているのは、俺たちだ」
「だが君たちにばかり負担を強いているのは、私も心苦しく思っている。そのことは理解していただきたい」
どうだかな。管理職として有能な者は、どれだけ人を駒として扱えるか? 割り切ることができるか? で決まるものだ。その点このワイという男、かなり有能な男だと俺は思っている。心苦しいなんて、これっぽっちも思っていないはずだ。
まあ、それはそれとして。
「シカも里へ降りて来て御座る。隊長、シカ撃ちへ切り替える準備も、した方がよろしいかと」
ということで、ボブスレーを曳きながらの猟が始まった頃のこと。
天候は、雪。こんな時に出猟するものではない、というくらいな雪。年末をひかえた、せわしないある日。
マミとフランカは町へお出かけ。雪なのに。ライゾウは実家で、父の猟具の手入れの手伝い。サンペイは昼間から、「ヤッタゼヨロシク!」なお店を成敗。そして二日酔いの俺は、店舗の暖炉にあたりながら、迎え酒のウイスキーをチビチビなめていた。
「……暇ねぇ」
カウンターでマスターきららがボヤく。
「雪ですからな……」
「お客さんが来ないわ……」
「……雪で出猟できないと見込んで、弾は昨日のうちに買い込んでましたからね」
そう、昨日は商売繁盛。弾が飛ぶように売れた。ちなみに鉄砲の方は、俺たちに売りつけた三丁の新型。あれ以降出ていない。みんな新銃は、秋かそれ以前に仕入れているのだ。今どきは買い換えなどの商いは少ない。
しかし奇特な客は、いるものだ。
カランカランと、ドアのベルが鳴った。帽子にコートの紳士が入ってくる。年の頃は、俺と同じくらいか? 鋭い眼差しと硬い口元。ただ者ではないと、俺の予感が警告した。
「失礼します、マスターきららのお店は、こちらでよろしいかな?」
「いらっしゃいませ、私が主のきららです」
「鉄砲を見せていただきたい。できればマズルロードではなく、噂の新型を……」
「あいにくですがお客さま、新型はただいま在庫切れで、完成は春を予定しているんです」
おや、それは残念。紳士は言ったが、それほど残念そうではなかった。
「ですがお客さま、そちらの猟師カムイが私の新型を所持してます。御覧になるだけでしたら」
「お願いできますかな、カムイさん?」
えぇ、構いませんよ、と俺。部屋に戻ってロッカーから愛銃を取り出す。御存知、十二番径の水平二連。有効射程五〇メートルの薬莢式散弾銃だ。
……しかし。
あの男、俺たちの新型鉄砲をどこで知ったのか?
オーク駆除の連中から話が出たか、はたまた遥か遠くのマスターフランキから、話がもれたものか?
薬莢式鉄砲はマスターフランキも製作している。あちらの鉄砲と比較、品定めに来店したと考えるのは、穿ち過ぎだろうか?
とはいえ客は客。マスターきららの商売の邪魔はできない。鉄砲を抱えて店舗まで降りた。
カランカランとベルを鳴らして、俺も店舗に入る。もちろん鉄砲は折っていて、薬室は空。銃口は下に向けて、関節部分からストックにかけては、肩に乗せてだ。
「お待たせしました、お客さま。こちらがマスターきらら製作、薬莢式長距離用散弾銃です」
「薬莢式ということは聞いてましたが、長距離用ですか?」
紳士は目を丸くした。銃口を相手の左側にして、鉄砲を手渡した。
「長距離用の秘密は、マスターきららからうかがった方がよろしいかと」
「この鉄砲、伸ばしてみてもよろしいですか?」
俺はうなずく。
紳士は鉄砲を伸ばした。躊躇が無い。手慣れてるのか?
「慣れてますね」
「そう見えますか? だとすればそれは、この鉄砲が名器だという証拠ですな。良い道具というものは、道具自身が使い方を教えてくれるものですから」
バターのようになめらかな動作で、肩付け頬付け。そこから床尾を腰骨に付けて銃口を挙げる、鳥撃ちの体勢。さらに構えて狙いをつけて、鳥を追いかける形で銃口を左右に振る。この時は、いささか動きがぎこちない。
これだけ射撃の名手っぷりを見せつけておきながら、何故ここで蹴躓く?
紳士は鉄砲を降ろして、フッとため息をついた。
一礼して鉄砲を返してくれる。礼儀の正しさから、貴族ではないかと疑いを持つ。
「いかがでしたか、マスターきららの鉄砲は?」
「結構なものでした。……ただ」
「ただ?」
「この鉄砲はカムイさん、あなた専用のものですね?」
その通り。俺がこの鉄砲を得て、初めて構えたときに感じていた。ちきしょう、こいつは俺専用に仕上げられてる、ってね。床尾を肩につけたとき、どこに俺の頬が乗るか? 頬を乗せた場所から、高さ何センチで俺の眼球のド真ん中か? その位置から照星を見ることは、可能かどうか?
それらを熟知していないと、この調整は不可能だ。それくらい、俺にはピッタリと合っている。だから他人が使うと、違和感しか生じないのだ。
「わかりますか?」
「いや、あなた専用の鉄砲ですから、いざと言うと動きがぎこちなくなりますな。しかしそれでこそマスターきららの技量の高さが、うかがい知ることができます。これだけの調整、他の客にもほどこしていただけるので?」
もちろんです、とマスターきららはニッコリ。
「ですがお客さま、太りすぎにはお気をつけて。頬に肉がつきますと、それだけ視点が高くなってしまいますから」
ハンターをストイックな職業と述べたのは、誰だったろうか。
ストイックの根拠はそこにある。猟師は食糧を獲得して来る職業でありながら、飽食のできない職業なのだ。
なに? 今まで散々飲んで食ってどんちゃん騒ぎして、暴飲暴食の限りを尽くして来ただろうって?
断っておくが俺は、一定のレベルまではだらしなく太る。しかしそこから先は、山に登り野を歩きして、決して太らないのだ。
とにかく紳士は、俺に鉄砲を返してくれた。




