決戦幕開け
そんなこんなも吹雪の間だけ。
「……明日は出猟かな、ダンナ?」
ライゾウが窓の外を眺めて言う。
「このぶんだと荒れるのは夜中まで。日付が変わるころには、落ち着いてくるな」
夕方、食卓に全員集まったところで宣言する。
「明日の未明、カメロン駆除に出る」
食卓の空気が引き締まった。決意の眼差しの数々が、俺に集まる。
「カメロンはこれまで餌場を追われ、吹雪に閉じ込められして、非常に空腹なはずだ。日の出前に俺たちでラビットを撃ち、マミのところまでカメロンの奴を追い立てたい」
良い酒を出す。
チームしおからとマスターきららに注ぐ。
「おそらくカメロン駆除の山場になるはずだ。伝説を射止めるも止めないも、明日で勝負が決まるはずだ。全員の奮闘に期待する」
グッとグラスをあおった。他の全員も、同じようにする。
そして、飯。今日はシチューだ。身体が暖まり、栄養価も高い。明日の力になってくれる食事だ。
みな黙々と胃袋におさめる。そして、酒。お代わりはライゾウがよそってくれた。本日のドベ、メイド姿である。これがまた、奇妙なくらい似合っていた。
飯のあとは猟具の点検。鉄砲の掃除をして、油を差す。レバーや関節部分が、滑らかに動くようにする。
次は弾。ちゃんと火薬は入っているか? 一発一発、耳元で振って確認する。
スキー、カンジキに破損は無いか? 毒消しの荷物袋は、数が足りているか?
三日ぶりの出猟だ。どれだけ確認しても、足りないような気がする。そして身体を少しほぐして、寝具の準備をした。マスターきららも夜間の作業はやめて、今夜は早く寝るそうだ。
翌朝、未明。
風の音は無い。三日吹く風が過ぎ去ったのだ。
頭を起こすと、デコが暖炉に火を入れていた。
「起きたのか?」
「うん、さっきね」
デコはすでに猟服だ。というか俺たち雑魚寝組は、みんな猟服で寝ていた。あとは防寒着に袖をとおし、荷物を背負って出かけるだけ、という体制である。
サンペイとライゾウも起き上がった。
「コーヒー淹れてくるよ、ダンナ」
「あぁ、頼む」
厨房へむかうライゾウと入れ替わりに、猟服姿のマミが入ってきた。
「ライゾウがコーヒーを淹れてくれている。一杯飲んだら、出かけるか」
「はい、親分」
タレ目のマミ、大福顔のマミだが、表情が引き締まってみえる。いや、猟師の顔をしていると言った方が良いか。
暖炉の火がおこった。小枝の先に火を着け、煙草に移す。まだ、身体が仕事に入っていない。おそらく熱いコーヒーで暖まれば、細胞が活動するはずだ。
トレイにカップを乗せて、ライゾウとマミが入ってきた。
「ありがと、おねえさま。はい、カムイ」
俺の分まで、デコが受け取ってくれた。というかコイツ、今まで俺のそばにいたのか。
舌が焦げそうな熱いコーヒーと、煙草二本で細胞が目覚めた。カメロンに挑もう、という気になる。
「……よろしいですかな、隊長?」
うなずいて、防寒着に袖を通した。
「それではおのおの方、討ち入りで御座る」
飲み込むような「応!」という気迫が、ズッシリとのし掛かってきた。相手はレジェンドだというのに、不思議と成功の予感がする。
扉を開けた。三日ぶりに新鮮な空気が、屋内に雪崩れ込む。当然のように、猛烈な寒気であった。三日間暖炉に暖められた顔が、絞られる感覚がある。俺の中の猟師が、目を覚ました証拠だ。
無言のままギルドまで歩く。そよ風程度の風にも、粉雪が舞い上がった。そして除雪が間に合っていない道は、雪がくるぶしを越えていた。
吹雪だったのに、ずいぶん浅い雪だ。そう思われた方もいよう。しかし三日吹く風は雪もそうだが、風が主役なのだ。積もった雪は、ことごとく吹き飛ばされている。そしてしがみつくように居座った雪も、前述の通りそよ風で舞い上がる。低い気温が雪を溶かすことなく、パウダーのまま維持していたのだ。
ギルドに着くと仕事が待ちきれない冒険者たちが、すでに雁首揃えてたむろしていた。ブリキ缶に薪をくべて、くわえ煙草のまま手をかざして、談笑している。
冒険者たちの中には、鉄砲猟師たちもいた。やはり吹雪明けの大猟をねらっているのだろう。ギルド庁舎の中は、高揚した気分にあふれている。
受付に立った。馬を借り入れるためだ。というかその予約は済ませてある。
「チームしおからで馬の予約をしていたのだが」
「うかがってます、カムイさんですね?」
以前俺たちを裏口から入れといった男とは違い、受付の対応はなめらかだった。
「裏の厩舎で準備ができているはずです」
「行ってみるか」
「カムイさん」
受付に呼び止められる。
「カメロンは危険なモンスターと聞いてます。お気をつけて」
小声だ。俺たちが猛毒のモンスターに挑むことを、気遣ってくれている。その気遣いに感謝して、「うむ」とだけ答えた。
全員で裏に回る。馬はもちろん農耕馬タイプ。頑丈が取り柄な馬だ。ボブスレー、荷物、その他を馬にくくりつけギルドを出る。もちろん歩いての出猟だ。極寒の中ではまず身体を暖める。それが原則だ。汗をかいて冷えることを心配するのは、まず身体を暖めることからだ。
そよ風に体温を奪われながら、貯水地の脇を抜ける。目指すは東の森。ねらうはカメロンの首ひとつ。我知らず殺気立つのがわかる。しかしそれも無理は無い。チーム全体に、今日こそはという気概が満ちあふれているのだから。
そよ風が巻き上げる雪をかぶりながら、ようやく東の森手前。ここでひとつ息をつく。
空を見上げた。嵐が過ぎて、晴れも晴れ。星は輝き月は西へと。
「……冷えるなぁ」
「隊長、本格的な冷えは、これから先ですぞ」
「あたしは何ともないわよ? むしろ高ぶりを抑えられないくらいね」
「オイラも大丈夫だよ。むしろ心配なのは……」
ライゾウはマミを見た。マミは細い目をちょっとだけ不機嫌な角度にして、口をへの字に曲げた。
「なんですか、ライゾウ君? マミお姉さんがたぎっていないと言うんですか? 私だって伝説へのチャレンジ、成功したいと思ってますよ?」
「そ、そうじゃないけどさ。マミ姉、寒いの大丈夫かい? お腹は減ってないか? カメロンと一対一だ、無理はするなよ?」
「わかってますよ、ライゾウ君! そんなに心配しなくても、マミお姉さんは頑張りますから!」
珍しいな、マミがライゾウに駄々をこねている。今までは姉弟の関係と思っていたが、兄妹の関係に見える。しかも兄役は体格貧弱、妹は豊満ムチムチ。笑うなという方がどうかしている。
「ライゾウ、マミの案内は頼む。それが終わったら、前回のポイントを抑えてくれ」
「あたしたちはどうするの? また前回と同じポイント?」
「いや、俺たちは川を渡って、向こう側へ行こう。ポイズンラビットがいたら撃つ。いなくても鉄砲は鳴らそう」
以前ギルドから仕入れた、毒草の分布図を広げた。
「デコはここを攻めろ。サンペイはこっち。俺はここを攻める」
三人の分担を決めた。
「理解したか?」
「おう!」
「ならばチームしおから、突入する!」
ここからは騎乗。案外雪の浅い森の中へ、駒を進める。
待っていろ、カメロン。必ずチームしおからが、お前の息の根を止めてやる。
だが、もちろんその役は俺てはない。我がチームは情けないことに、マミの特殊能力に依存している。それからサンペイのムラタ。さらにはデコのフランキ式。
早い話、俺個人には何の力も無い。この大討伐に、唇を噛み締めるしか能が無いのだ。
「隊長」
サンペイの声に、我に返った。
「我々は隊長の人柄に集ったので御座る。気病みの必要はありませぬ」
「そうよ、カムイ。あたしがなんとかしてあげるから!」
仲間の気遣いが身にしみる。しかし俺は隊長。
「なに、心配なんかしてないさ」
無理に笑顔を作るだけだ。




