お客さま、サービスシーンでございます
検体が済んで報酬も受け取り、馬代を支払って表に出る。
ふと、空模様が気になった。
「もうそろそろじゃないかな、ダンナ」
「ん? そうだな」
「なによ? なんかあったの?」
ライゾウとの会話に、デコが入ってきた。
「この時期の季節風みたいなものでな、三日吹く風さ。雪の降り始めには何日も空が荒れるんだ」
「やだ、それじゃ出猟できないじゃない」
その通り。だからこの時期は稼いだとしても、三日吹く風が去らないうちは無駄遣いができない。
「お〜〜……そのせいですか、マーケットがものすごい勢いで、安売りしてますよ」
「外にも出れなくなるから、備蓄のできる食料品が飛ぶように売れるんだよ」
そう、外にも出れなくなるから、この時期俺は店舗で寝泊まりさせてもらっていた。今年は俺だけじゃない。ライゾウもサンペイもいる。店もさぞや男臭くなるだろう。
「それってお客さんに迷惑じゃないの?」
「客さえ来られないくらい荒れるから、心配ないさ」
「あ、そうか」
隊長、とサンペイがコッソリと、俺の袖を引いてきた。
「男所帯ではこの先、何かと不便に御座る。……今宵はひとつ、ボインボインなパツキンのチャンネーで厄払いと行きませぬか?」
「ぬ、それは妙案」
「ダーメーよ! 二人とも! お店の人が言ってたけど、今晩から荒れるって話じゃない。遊びに行ったら遭難するわよ、町の中で。猟師が」
おのれデコ、男の都合に配慮のない奴め。しかし食料品の買い出し、水汲みに薪の準備。嵐に備えてヤルべきことは山ほどある。遊んでる暇が無いのは事実だ。
「よし! それではこれよりまず風呂! 後に飯! その後から荒天準備にかかる!」
「今の今までオッパイの話してた男が、急に態度を改めたわね」
デコの言葉はこの際無視だ。
「女性陣は食糧の買い出し、サンペイは水汲み。ライゾウは薪の準備、俺は窓の補強をおこなう! ではまず風呂じゃっ!」
「最初からその予定じゃない」
……おのれ、重ね重ねデコめ。大人の娯楽を邪魔するだけでは飽きたらぬか。
「それではおねえさま、猟具を片付けたら義姉妹水入らず、男子禁制の園でたわむれましょ?」
「たまには女の子だけというのも、いいですねぇ〜〜♪」
ということで風呂。しかしこの話は、俺の視点で進行している。当然のように入浴シーンは「男湯のみ」の描写となってしまう。
それは読者サービスにも、へったくれにもならないので割愛させていただいてきた。
しかし今回は禁断の扉を開き、男湯の実体を一部だけ披露したいと思う。
それでは、3……2……1……キュウ!
「……………………」
「……………………」
「……………………」
さすがにサンペイの身体は、猟師として完成の域に達しつつある。まずは膝から上の大腿部。これは山登りの際に、身体を持ち上げるための筋肉だ。サンペイは女性の腹回りほどに発達している。そして膝から下の下腿部……いわゆるフクラハギだ。これは足裏で地面を蹴るための筋肉。つまり歩く速度を上げる筋肉だ。こちらも毒蛇のエラのように張り上がっていた。張り上がっていたということはつまり、足首がギュッと引き締まっているということだ。
次に目をひくのは、胸板の厚さだ。我々サムライの血を引く者は、キアッパの民に比べて、骨格が貧弱な傾向にある。しかしサンペイの胸板は、キアッパの民に負けていない。肺活量は長距離の移動がともなう猟師にとって、必要不可欠な武器である。サンペイはそれが充分だ。
そして広い肩幅と、盛り上がった背中の筋肉。これは大きな獲物を背負い、長距離を移動できる肉体と言える。
では減点ポイントは?
ズバリ、脂肪が少ない。本人は完成の域に達しつつある思っているだろうが、身体が脂肪をまとっていないのは冬猟に向いていない。もっと食って脂をつけろ。俺からのアドバイスはそれだけだ。
次はライゾウ。全身褐色、しかし束ねた針金のように肉体は引き締まっている。だが、猟師としては引き締まり過ぎている。この年頃の少年と比べれば……同じくらいの年頃の少年は、銭湯に沢山いる……はるかに強靭な肉体だ。しかし痩せっぽっちだ。全体的な筋肉量が少なすぎる。小物猟師としては充分だが、それでは稼げない。食って食って大きくなれ。ただし、先ほども言ったように筋肉は鋼を束ねたように強堅だ。まだまだ発展途上というところであろう。これからの期待は大だ。
しかし、二人の視線は残念なものであり、その視線は俺……しかも腹回りに向けられている。
「……なにか、問題でも?」
俺が言うと二人はため息をついた。
「ねぇ、ダンナ……」
「隊長、その腹回りは……いかがで御座ろう……」
「何を言っているのかね、君たち……。この脂肪が俺を猟師たらしめているんだぞ。いかなる極寒の地においても獲物を待ち続ける。それが可能なのは、この腹回りあってのことだ」
元々俺は太りにくい体質だった。それが現在はかくのごとく、立派な猟師体形へと変貌できたのだ。その苦労たるや、いかばかりであったか……。とにかく食わされて食わされて、吐いてもまた食わされて。現在からすれば本当に笑ってしまう程度の量なのだが、それを食べ切ることがなかなかできず四苦八苦。水を飲まされ胃袋を広げられ、それで食わされてなお太れず。今度は鍛えろ、腹も減るはずと。猟具を背負わされ山の中へ。
正直に言おう。人間には思い出したくもない記憶が、誰にでもあるだろうが、あの日々がまさにそうだった。
「オイラもあんな風になるのかな?」
「日々の心がけに御座る」
おのれ若造ども、俺の苦労の成果を残念なものでも見るような目をしやがって。……まあいい、お前たちもやがては中年になるのだ、グヒヒ……。
という感じで、決して持ち物くらべやら竿自慢などしている訳ではない。もちろんこっそり盗み見て、メディカルチェックをするのは隊長のつとめ。
……うむ、生粋のキアッパ人に比べて小振りではあるが、そのぶん充実した健康的な逸品であると思われる。名刀かならずしも大刀ならず。
しかしライゾウが、まだまだ子供竿であるのは、少し安心した。今しばらくは欲望に耐えよ、修行に励め。猟師としては一人前と言って良いが、リーダーとしてはまだまだだ。こんなところで小さくまとまらず、大酋長を目指すが良い。それが若者というものだ。
身体を洗い湯船につかる。この銭湯には湯船が三つ。ひとつは客がはいる大湯船。もうひとつは水風呂。これは湯をうめるための水だ。そして熱い湯を満たした湯船。こちらは湯がぬるい時に足すためにある。
傷だらけの冒険者たちが、湯につかっていた。一般の大工、土木作業員もいる。昼間だというのに、客が多い。みんな三日吹く風にそなえて、冒険や仕事を切り上げてきたのだろう。そのほかにも、極普通の若者、家族連れがいたりする。家の荒天準備が終わったに違いない。
誰も彼もが、冬籠もりの支度をしている。
「……………………」
目をつぶって考え込んだ。いよいよ冬の猛威が迫ってくる。
「……サンペイ!」
「ここに……」
「そういえば嵐の間に飲む酒を決めていなかったな!」
「このサンペイ、手抜かりでした」
「湯から上がったら、オイラがひとっ走り買って来ようか?」
「うむ、そうしてくれるかライゾウ」
ただし……。
「女性陣には見つかるな。デコはうるさいし、マミはたかりに来る」
「マスターきららは?」
「あれはどこからともなく酒の匂いを嗅ぎ付けて、いつの間にか上座に座っているタイプだ。もちろん散々飲み食いした挙げ句、代金を払わないというトボケたオプションもついている」
酒はもちろんウイスキー。安酒をボトルで五〜六本、それにちょっといい酒を一本。
「安酒をデコイにして、男だけで良い酒を飲むのですな?」
「その通り」
若い娘っ子たちに、良い酒をカパカパ飲まれてはかなわない。ここは申し訳ないが、先に酔い潰れてもらうことにする。




