見たこともないモンスターについてあれこれ考察してみる
「で? 現在は資料の作成中ってこと?」
店に戻ると、マスターきららが昼食を用意して待っていてくれた。俺たちは帰るそうそう風呂に入り、着替えを済ませ、店舗兼たまり場である一階に集まっていた。当然ギルドに寄ってポイズンラビットを換金してある。その際、東の森の毒草地帯に関する情報を仕入れ、さらなるポイズンラビットやカメロンの目撃情報も仕込んでいた。……まあ、カメロンの目撃情報に新しいものは無かったんだけどね。
「男子! 洗濯物は今のうちに出してくれな!」
本日の洗濯係、男子はライゾウ。女子はマミが担当した。
あらかじめマミが作成した、妖精リンダによるカメロン目撃地図簡易版と、ギルドで仕入れた毒草地帯。これに我々の調査記録をたして、それぞれを照らし合わせる。
ヒラヒラと羽根を広げていた妖精が、地図の上に舞い降りた。
「アタシが見つけた、氷の割れた池はこの辺り。この羽根はちょっとこっち寄り、ポイズンラビットの亡骸のそばに落ちてたわ」
俺も知らない池を示し、ギルドで教えてもらった毒草地帯から外れた場所を、妖精は指差した。それは東の森のかなり奥深いポイントだった。
「ポイズンラビットは、他にも居そうだったか?」
「それはわかんない。何しろラビットも逃げ回ったみたいで、あちこち足跡だらけ。荒れてるにも程がある、って感じだったわ」
雪の中ですばしっこいポイズンラビットを追い回す。かなりの機動力がなければできない芸当だ。いや、小回りが効くというより、大きく大きく追いかけて、ここぞという時に瞬発力を見せるのかもしれない。もしも後者だとすれば、巨大な心臓にモノを言わせる長距離タイプ。前者ならば短距離タイプと見ることができる。
しかし笑っちゃうしかないことなのだが、我々は現在その判断すらできないでいる。そのくらいカメロンの情報は少ないのだ。
「カメロンの餌場、水場を森の奥深くと判断すべきで御座ろうか?」
「いいえ、ひょっとしたらあたしたちの早朝猟……あの鉄砲音を聞いて、ライギョの池をやめたのかもしれないわ」
ポイズンラビットにくらべれば、はるかに大型のモンスター。その縄張り、行動範囲はどのくらいか?
「オークの行動範囲を参考にしたらどうでしょう?」
洗濯中のマミが鼻の頭に泡をのせて、ひょっこり顔をのぞかせる。
「ふむ……機動力に差はあるだろうが、あてずっぽうよりはマシだな」
まずは身体のサイズ、もちろん推定で推し量る。そうなると、山ひとつ、あるいはふたつ分。
今度は食事量だけで推察してみる。範囲はぐっと狭まった。というか、ギャップがありすぎる。
「二メートルの巨体でラビット一羽の食事量ねぇ……。ちょっとあり得なくない?」
「不自然と申せば不自然に御座る」
「だとすれば、一度食事した場所から移動するのか?」
「あり得るわね。それくらい警戒心が強いとか?」
「もののけとは申せ、鳥の類。なるほどと言えばなるほど、納得いき申す」
「だとすれば、次の餌場は……どこだ?」
「……………………」
「……………………」
サンペイもデコも、口をつぐんでしまった。
疑い出せばキリが無い。考え出せば果てが無い。ホンに面倒レジェンド・チャレンジ、と来たもんだ。まったく方針の立てようが無いというのが困りものだ。
「別な方向から考えよう。推察できるところは、余すところなく推察するんだ」
「鳥の類なら、おそらく目は良いでしょうな」
「うむうむ、そんな感じで……」
「脚が長いって話とラビットを追い回すってとこから、足は速いでしょうね」
「あり得るあり得る。警戒心が強いとなれば、頭がふたつあるんだ。片方の頭で餌を食って、もう片方の頭で見張りをしてんじゃないのか?」
「おぉ、それ故逃走もすばやい」
「レジェンド級のレア度ってのもうなずけるわね」
真っ白な地図の前で眉間にシワを立てて唸るより、気楽にあれこれ話し合う。その方がよっぽど、いろいろなアイデアが生まれた。それもよりあり得そうな、リアルじゃね? と言いたくなるような、そんなカメロン像が浮かんでくる。
警戒心が強いのは、臆病な証拠。鉄砲の音なんて持っての他。自慢の脚でブッチギるように逃げてしまう。だから餌は、反撃の能力に乏しいポイズンラビット。もしかしたら立派に発達した足で踏みつけて、ラビットを押さえつけて食べるかもしれない。視力も自慢なら、きっと昼間に活動しているはず。雪の照り返しで、目をやられないのか? もしかしたら目を細めているのか? そうでなければ、長いまつ毛があるかもしれない。
と、様々な想像がふくらんだ。
では方針をどのように定める?
「……待つか」
「でも、ただ待っても面白くありませんな」
「ほう? 何か妙案でも?」
「待ちのポイントを甲とするならば、早朝のうちに乙や丙といった餌場を襲撃。さすればより確実に、餌場甲にカメロンは現れましょう」
「……………………」
「駄目ですかな?」
「いま考え中だ」
本命の餌場は、ライギョの池とするか。あそこは一番水量がある。つまり様々な角度から、水にアプローチできる。つまり臆病と推察されるカメロンからすれば、絶好の水場となるはずだ。もっとはっきり言ってしまえば、餌場など半分どうでもいい。より確実に現れるのは、水場である。
下拵えはどんなものが必要か? まずカメロンの餌場、水場になりそうな場所を東の森から、徹底的に調べ上げること。それも可能な限り広い範囲でだ。
「……下拵えに、馬を使うか」
「広範囲を捜索ですな? 下拵えということは、カメロンを甲餌場に追い詰めるためですかな?」
「カメロンを追い詰めたいなら、奴の水場をもっともっと知らなければならない。東の森の大探索のために使うのさ」
「なるほど、我々の知らない水場を見つけ出し、片っ端から鉄砲を鳴らして歩くのですな」
「すると必然的に、唯一鉄砲の音が響かない場所に、奴は現れる」
「ちょっと! 二人だけで納得してないで、あたしにも詳しく話してよ!」
デコの苦情はもっともだ。サンペイは俺と同じ視点で事態を考察していたが、デコはまだ子供だ。俺と同じ視点で、ものを考えることなど出来はしない。
馬を使って何日にも渡って、水場を探しては鉄砲を鳴らす。もちろんポイズンラビットを狙ってだ。しかし本命の水場では一切発砲せず、ジッと待っているだけ。そしてやがて来るであろうカメロンを、一撃の元に仕留めるのだ。
説明を終えると、デコは訊いてきた。
「その決勝の引き金は、誰が引くのよ?」
ガタリと物音がした。視線を向ける。
マミが立っていた。ライゾウが寄り添っている。
「……カメロンを倒すのは……やっぱり、私ですよね?」
最強の鉄砲、きらら・スラッグ・スペッシャルを所持しているのは、チームしおからでマミが唯一。
というか、最強の猟師は世界広しと言えど、マミの右に出る者がいない。
こればかりは、仕方の無い事実なのだ。
「……すまん」
「謝らないでください。……マミは……マスターきららの鍛えてくれた鉄砲のおかげで、最強の猟師なんですから……」
マミは肩を落とした。慰めるように、背伸びしたライゾウが頭を撫でる。
「キアッパの危機だ」
マミの心を踏みにじるように言う。
「頼んだぞ、マミ」
「……はい」
返事は、鼻声だった。
「何をショボくれてんの、みんな!」
パンパンと手を打ったのは、マスターきららだ。
「ほらほらみんな、席について! きららちゃん特製ミートソースが山盛りなんだから! モリモリ食べて元気出して! そんなんじゃレジェンド・チャレンジ、うまくいかないよ?」
取り皿にこれでもかっ! とパスタを盛りつける。
「食べる人間は生き残る! 食べる人間は強くなる! 食べる人間には決意と信念がよみがえるのよ! さあ、食べた食べた!」
小さな体、細身の体でパスタを頬張る。席に着いたライゾウが続いた。サンペイもパスタに取っ組む。デコがパスタをすすれば、マミもおずおずと卓に着く。
「……いただきます」
か細い声でありながら、マミもパスタを片付けにかかった。
食べる気力があれば良し。心の中で、そっとマスターきららに感謝した。




