和食の「わぁ、ショック!」
コーヒーついでに朝食だ。それぞれ味気のない乾パンやビスケットを、少量ずつ口に押し込みコーヒーで流し込む。
「マーマレドのひとつも欲しいわね」
「味気ないっちゃあ味気ないからな。熱いコーヒーがあるだけマシさ」
「それを言い出せば拙者、近頃とんと米の飯を口にしておらん。久しぶりに味噌汁でこう……ズズッといきたいものですなぁ」
「コメィ? ミ・ソシール?」
「アキタ特有の食材と申しますか、簡単に言えば主食に御座るよ、マミどの」
「ライゾウ君や親分はサンペイさんと似てるけど、そのコメィやミ・ソシールを知ってるんですか?」
俺は知っている。ライゾウは知らなかった。
「俺たちはサンペイと同じ種族みたいだが、生まれ住んだ場所が違う。文化や風習が違う。俺がサンペイの飯を知ってたのは、単に聞いたことがある。見たことがあるって程度さ」
「何か機会があったら、拙者包丁を振るいましょう。それなりに食べられる和食を、馳走しますぞ」
「気をつけろ、みんな。文化や風習が違うってのは、恐ろしいことだぞ」
場を盛り上げるためだ。ここはワショクに悪者になってもらう。もちろんサンペイも、ニヤリと承諾の笑みを浮かべている。
「俺も聞いた話でしかないんだが、ワショクでは鶏の卵の生で食べるらしいぞ」
「……卵を?」
「……生でですかぁ?」
娘二人は青くなった。
「おぉ、隊長どのは卵かけご飯を御存知か! あれは黄身の甘さと醤油のしょっぱさで、抜群に美味ですぞ。しかも栄養価が高く、滋養にはもって来いです」
否定しないサンペイに、デコもマミも気絶しそうな顔をしている。マミなどは飢えを知っているはずだ。そのマミでさえ、卵の生食には難色を示している。
「……オイラも半熟くらいならイケるけど、生はなぁ……」
なんと? 人でも頭からムシャリとやりそうなライゾウまで生卵を拒んでいる! 話題作りとしては、効果抜群じゃないか。
それくらいキアッパでは、卵の生食文化が存在しない。もちろん俺もノーサンキューだ。
「もちろん焼いたり茹でたり、蒸したりという調理方法も御座る。安心されよ」
「焼いたり茹でたりはわかるけど、蒸したりって何?」
「茶碗蒸しという食べ物で御座る。正月や結納といった、めでたい席で食するものに御座る」
甘くてたまらんですぞ、とサンペイは続けた。とたんに娘たちは、ワショクに興味を取り戻したりする。まったく現金なものだ。
「他には珍しい食べ物なんて無いのかい?」
茶碗蒸し効果はテキメン。ライゾウも興味を示す。
「……左様、ここだけの話なれど……海の魚を生で食べるのは、高級料理に御座る」
「海の魚?」
「それも……生……?」
おう、サンペイよ。その話ぁ俺も初耳だぜ。
「これに関しては我々アキタ衆の風習にあらず。もっと海沿いに住む、拙者たちと同じヤマトの民が持つ、食の秘術に御座る」
「そ……それにしても……」
「限りなく美味ですぞ、ライゾウどの」
そうは言っても、俺でさえ……というかライゾウでさえ、魚の生食に尻込みしている。
「な、生臭くないのかい?」
「多少は。しかし魚を活かすも殺すも、シメ方にあると申します。そう考えると、山肉もまた同じで御座ろう」
おやおや、そう来たか。山肉というのは、猟で得られる獲物の肉を指すのだろう。もちろん俺も大物初心者だが聞いたことはあるし、小物猟にも同じことが言える。
射獲あとの処理がどれだけ迅速で的確か? それだけで食肉としての価値が左右される。
血抜きもただ、逆さ吊りにして首を斬るだけじゃない。吊り上げた後脚さら血を揉み出すようにマッサージ。そして解体して剥離した肉から、清潔な布で血を吸い取る。もっとも血抜きも良し悪しで、人によっては野趣が損なわれると言って、血抜きを好まない方々もいらっしゃる。
……もちろん極寒の中で解体するならば、より良し。獲物が大物ならば、その体温で肉が蒸れ、品質が落ちないように放熱しながら鮮度を保つ。
そして血抜きの次におこなう、腸抜きも重要だ。射獲、即、腸抜きくらいの勢いでいきたい。何故なら最高級、猟師しか味わえないという肝臓を確保するためだ。肝臓は傷みやすい。びっくりするほど傷みやすい。だがこいつの鮮度を保って、肉屋まで運ぶことができたら、しばらく遊んで暮らせるのだ。それくらい、炭火で炙った肝臓は珍味とされている。
肝臓だけではない。というか、腸の内容物……いわゆる糞を素早く肉から切り離し、腸の中から絞り出さないと、せっかくの肉や腸に糞の臭いがついてしまう。腸を獲物から切り離すには、注意が必要だ。肛門から腸を切り離したとき、出口を縛っておかないと悲劇に見舞われる。腸の中身があふれて、肉についてしまうのだ。
以前シカの内容物をサラダとか言ったが、それは胃袋の中身の話。腸まで到達すれば、それは糞。とてもではないが、食べてよろしいものではない。
とにもかくにも、撃った獲物を美味しくいただくには、初期処理が大切なのだ。
それは海魚でも同じと、サンペイは言っている。マミがどれだけ長距離の獲物をしとめても、それを手早く処理する仲間がいなくては商品にならない。鮮度が落ちる前に、肉をギルドへ運んでくれる仲間がいないと、商売あがったりだ。
さすがマタギ。狩猟とジビエを、よく心得ている。
「拙者たちからすれば、最初は獣の肉を食する方がよほど奇異に映りましたぞ?」
「え〜〜? お肉、美味しいじゃないですかぁ〜〜!」
「それくらいヤマトの民とみなさんは、食文化が異なっているという話で御座る。……それとも、さらに奇っ怪なヤマトの食材を紹介して欲しいですかな?」
「あ、いやマタギ。あたしはギブアップ。もう許して欲しいわね」
「オイラはちょっと……興味あるかな?」
「マミさんは興味津々。異文化交流は大切ですよぉ〜〜」
不思議の国、アキタ。謎の民、ヤマト。もっとも、俺やライゾウもその端くれなのだが。
「実は納豆という珍味が御座るが、この臭いがまた雨の中を旅した靴下のごとし……」
おいおい、人類の食べ物かよ、それ。その後もひとしきり、異人種の食文化についての語り部で盛り上がった。
簡単な朝食を終えて、第二回戦。獲物は同じ場所では狩らない。南に向かって移動。ちょっとした距離だ。俺たちの銃声が影響していないくらいの場所まで移ってきた。
今度は斜面。雪を割って生える毒タンポポと呼ばれる花の群生地だ。斜面はかなり急勾配。普通は人間が立ち入らない場所だ。
斜面の上、尾根のようなポイントに、サンペイとデコを配置する。今度は太陽が出ている。お互いに安全を確認しながらの猟が可能だった。
ライゾウ、マミ。そして俺でウサギを追う。藪に木の陰、くぼみの中。出てくる出てくる。
俺とライゾウは散弾を、マミは小粒のスラッグを撃つ。しかしそれでも仕留め切れない。
「行ったぞーーっ! 数、一〇っ!」
俺たちとは別方向。ポイズンラビットたちがバタバタと撃ち抜かれた。
この猟場では、大猟八羽のラビットを撃つことができた。




