巻き狩り
という訳で、東の森。
途中、カモの減った貯水地の脇を横切ってゆく。秋に猟をしたあの池だ。カモが減ったというのは、本格的な寒波ミス・シベリアが下りてきたからだ。その寒波に耐えられず、カモはさらに南へと渡ってゆく。
池を越えてしばらく歩く。この辺りまで来ると、ボブスレーの重みやスキーの歩行にもなれていた。
そしてポイズンラビットの目撃例があった、東の森に到着する。
森は平地ではあるが森林地帯なので、積雪は思ったほどではない。張り切って履いてきたスキーは、全員荷物用のボブスレーに積み、引き続きライゾウが曳いた。もちろん靴もスキー用から、猟用の防寒ブーツに履き替えてだ。ただ、購入しておいたカンジキは装着する。さすがにスネ丈の積雪は、歩行に困難を生じる。
「カンジキを履くと、猟師気分全開ですねぇ」
マミがゆるく笑った。
「これで焚き火にあたったりすると、さらに気分が盛り上がるぞ」
すでにサンペイが、小枝や薪を集めている。俺は雪をかき分け、簡単なかまどにした。
冬の日の出は遅い。実はまだ星が出ている。正直言って、早朝というより未明。未明というよりまだ夜と言える。ついでに言うならば、冬の二四時間の中で一番冷え込む時間帯だ。
「なんでこんな時間に出てくるのよ」
「わからないか、デコ? モンスターとはいえ、野生動物の一種なんだぞ? まだ夜も明けぬ時間帯、ここで行動を開始すれば、当たり前にポイズンラビットと出会えるだろ……ちょっとシバレてるけどな」
「ちょっとどころじゃないじゃない! 指がシビレてきたわよ!」
「フランカさん、寒ければ息を止めて足踏みすれば……ほらポッカポカですよ?」
「おねえさま、さすがです! でもフランカは寒さのために殉死してしまいそうです!」
ちょうど焚き火ができた。みんなで寄り添い火を囲む。
「おぁあぁ……生き返るわぁ……」
「隊長、デコどのは我らがチームの生命線になりそうですな」
ほう、そう来たか。なるほどな。
「ちょっとマタギ、それどういうことよ?」
「いやなに、デコどのが寒い凍えると言ったら、みんなで引き返すので御座る。そうすれば我々は遭難せずに済みます」
「すげぇじゃん、デコ。伊達に広々としてないな」
「うるさいわね、あんたなんて茶色いから太陽光を集めまくって、寒さなんてわかんないんでしょ!」
「よくわかったな」
「本当なの?」
与太話をしながらポットで湯を沸かす。そして簡易コーヒーの準備をした。
「……親分……そんなものまで持って来たんですか?」
「荷物がかさばるだけじゃないの」
「馬鹿言っちゃ困る。雪山猟は当たり外れが多いんだ。まったくのボウズになっても、俺たちにはコーヒーがあると思えば、元気になれるもんだぞ」
沸騰した湯をそそいで、まずはデコに紙コップを渡す。
「飲んでみな、元気になれるぞ」
「あ、ありがと……」
それからマミ、サンペイにライゾウと配って、最後に俺が一杯。熱々のコーヒーで唇や舌を火傷しながら、最低な環境での最高の一杯を飲み干す。
「さて、ポイズンラビットのことだが」
本来ラビットは犬を使って攻める。しかし俺たちに犬はいない。
もともと俺は単独猟のとき、ポイズンラビットを待ち伏せでしとめていた。あきらかに毒草地帯、あきらかにポイズンラビットが現れるポイントでだ。
しかしこの人数で待ち伏せは効率が悪い。かといって犬もいない。
そこでポン太は考えた。
「待ち伏せと攻めにわかれて、巻き狩りをしようと思う」
勢子がラビットのいそうなところで大きな音を出し、ウサギたちを追い立てる。
そしてあらかじめ待ち伏せている者たちが、ラビットをしとめるという猟法だ。この場合、勢子は未踏の雪を漕いで歩くため、大変に疲れる。できれば男性陣で担当したいところだが、雪山に娘二人ポツンというのも気が引ける。
「ライゾウとマミ、待ち伏せ役で入ってくれ。ポジションのチョイスはライゾウにまかせる。残りは俺と勢子役。二回戦はサンペイとデコが待ち役、俺と残りで勢子だ」
「さすが隊長、大変な役を買って出ますか」
「疲れたら帰るけどな」
焚き火を処理して、話の途中から吸っていた煙草も消し、足にカンジキを装備する。
「ライゾウ、この先に溜め池があったのを覚えてるか?」
「ライギョの池だね? 知ってるよ」
「あそこの手前は毒モミの群生地だ。おそらく一〜二羽はいるだろう」
「どっちから攻めてくる?」
溜め池は林道の北側、つまり左手にある。
「できれば南から池を舐めるように……それから南西方向からも一人。その中間からも一人で、岬を目指して攻め込みたい」
「了解! じゃあオイラたちは先回りしてるよ」
林道をそれて、ライゾウは吹きだまった雪にヒョイとのぼる。それからマミに手を貸し、登坂を手伝う。
「じゃあ、行ってくるよ」
「お先に失礼しますね」
「足元に気をつけてな」
ラッセルはライゾウ、三歩下がってマミがついてゆく。
ここで俺は煙草を一服。吸い終わるまで時間を稼ぐ。まともに歩けば、やはり林道の方が早い。ライゾウたちが準備できてないのに、巻き狩りを始める訳にはいかない。
十分に時間をとったところで……。
「さあ、俺たちも出発だ」
ろくな道も無い雪の中に、足を踏み入れる。
ラッセルは俺。道先案内人だから当然だ。二番手はサンペイ。ボブスレーを曳いている。しんがりはデコ。一番歩きやすくなっているはずだ。
雪の大森林は音もなく静かなものだ。時折シカの、「ピーーッ」という鳴き声がするだけである。そして未明の風景は、青ざめた雪の色と濃い藍色の空。真っ黒な落葉樹の姿しか無い。
人によっては死の世界を連想するだろうが、どっこい森というのはこの時間こそ、生命の躍動にあふれているのだ。
ふと、群青色という言葉を思い出す。一時期若者たちが、「グンジョウ色って、言葉の響きが汚ないよね」と笑うのが、流行していたのだ。もちろん俺にはその感性が理解できなかった。群青……すなわち青の中に青が溶け込む、青の中に青が寄り添う。実に素晴らしい言葉だと思うのだが。
藍色の空は日の出が近づくにつれ、やがて群青へ。この景色を知らない者たちが、群青という言葉を笑うのだろう。
一度この風景を目にしてごらん。
心優しい君たちならば、そう言うかもしれない。だが俺は、絶対にそんなことは言わない。
にわかの猟師気取りが山を荒らし、獲物を乱獲して理を乱すに決まっているからだ。第一、そんな連中がわざわざ好き好んで、極寒の雪山へ来る訳が無い。




