怪鳥
冬のシカ猟に備え、まずは道具を揃えなければならない。翌朝、誰一人二日酔いになっていないという奇跡を山の神に感謝しながら、あれこれと打ち合わせする。
場所はいつもの、きらら鉄砲店。
「雪山と言ったら、やっぱりスキーかしら?」
「雪質にもよりまする。アキタ領では湿った雪質ゆえ、カンジキで主流で御座った」
サンペイが俺を見る。
「こちらはパウダースノーだ。逆にカンジキの歩行はつらい」
「でしたらスキーですな。あとは撃ったシカを積んで運ぶ、ソリなどは?」
「こちらでは、下駄履きは見ませんねぇ」
マミが答えた。その通り、雪質が湿っていれば踏み締められて固まって、下駄履きソリの方がスイスイ滑ってくれる。しかしパウダースノーで下駄履きを使うと、ソリはズブズブと沈んでしまう。
故に。
「でしたらボブスレータイプにしましょう。これを三基は揃えたい」
サンペイが言うには、モツ用に一基。肉用に一基、そしてみんなの荷物を積むのに一基だそうだ。みんなの荷物といっても、お弁当だお菓子だ飲み物だ、という訳ではない。いざというときの防寒着、解体道具。その他山登りに必要なロープなどなど。とりあえず必要最小限にまとめたい、とのことだった。
「まず大切なのは、チーム五人の無事生還。一人の遭難者も出さないことに御座る」
「それと、鉄砲事故の防止だな」
「左様」
シカ撃ちではスナイプが基本。つまりよく飛ぶ弾、よく飛ぶ鉄砲を使う。必然的に誤射のような事故が発生しやすくなる。
「発砲は決してあせらず。獲物の向こう側に弾止め(バックストップ)の斜面があることを確認して。シカの背後が空や谷の場合、絶対に引き金を落とさないこと。これは肝に命じていただきたい」
マミ、デコは真剣な表情。もちろん散弾の俺やライゾウも、関係の無い話ではない。バックストップの確認だけではない。ガサドンと呼ばれる事故もある。藪がガサガサ動いたからといって、確認もせずに引き金を引くと、実は人間でしたという事故も存在する。
「あとは服装かしらね。やっぱり厚手のコートを着た方がいいのかしら?」
「いえいえデコどの、冬山は案外薄着で行くものです。厚着で山登りをすると、汗をかきまする。汗が冷えて体温が奪われます。……死にます」
「薄着の方が寒いんじゃないの?」
「寒ければ動く。これが山の掟に御座る」
「案外原始的な発想ね」
だが、それで良い。山の中は野生動物の世界。人間が文明を振りかざす街の中とは、訳が違うのだ。
「だけどいきなり本番は危険だろうから、何度か別の獲物で訓練したいよな、ダンナ」
「その通りだな」
何か良い獲物はないだろうか? そう思っていた矢先である。
「ごめんください」
客が入ってきた。女性だ。しかもスーツ姿という、鉄砲店には似合わない服装である。
それもそのはず。彼女はオーク対策室長ワイの秘書、アドリア女史だからだ。
「いらっしゃいませ、マスターきららに御用……な訳ないですよね」
「もちろんです。今朝はチームしおからの皆さんに用がございまして」
ロクな用件じゃない。本能がそう告げた。
「用と言っても、オークの駆除は終わったんだ。ワイ氏も元の配置に戻ったのではありませんか?」
「えぇ、戻りましたよ。有害鳥獣対策室の方へ、ね」
悪戯っぽく、美女がウィンク。するとデコが俺の袖を引っ張った。
「ちょっと……ちょっとカムイ! どこの美人さんよ?」
「あ? そうか、お前やマミは知らなかったな。サンペイも知らないだろ?」
「いえ、拙者は先日マスターきららに連れられて、チーム登録をした折に」
「そうか、じゃあ娘二人に紹介しよう。こちらはアドリアさん。先日のオーク駆除で指揮をとった、対策室長ワイ氏の秘書だ」
「はじめまして、皆さん。アドリアと申します」
キリリと顔を引き締めれば、また絵に描いたような美女になる。マミデコの二人は、ポカンと口を開けるしかない。
「で、アドリアさん。我々チームしおからに、どのような御用で?」
「えぇ、実は……」
今度は東の森だそうだ。またもやポイズンラビットが目撃されたという。
「ぜひともそちらの駆除を、と思いまして」
「鉄砲猟師は俺たちだけじゃない。それをわざわざチームしおからを指名、しかも室長秘書が足を運んで。そこから導き出される解答は、ロクでもない依頼ということになるが。……どうかな?」
「さすがリーダー、話が早いですね」
「本当にロクでもない依頼なのかよ」
「実はポイズンラビットは、かなりの数が移動してきていると見られてます」
「俺の嘆きはガン無視なのな。……まあいい。かなりの数のポイズンラビットが移動、と言いましたね?」
「そう、先日ゴブリンたちがオークに追われていたので、もしやと思い調査団を派遣したのです」
基本的に駆除というのは増えすぎた有害鳥獣、人里に接近した危険なモンスターを倒すことを目的にしていた。だがオークの群れが効いたのだろう。今回は危険モンスターの接近について、原因を調査している。駆除というのも、変わってきたのだろう。
ま、それはそれとして。
「調査の結果はどうだったんですか? まさか今度も、ポイズンラビットの背後に彼らの天敵が存在したとでも?」
「……ニッコリ」
美女の微笑みを嫌う男など、どこの世界にいよう。もちろん俺も大好きだ。だが、含みのある微笑みほど気持ちの悪いものはない。
そしてその気持ち悪い微笑みは俺の目の前に存在して、なおかつ俺に向けられていた。
「何か、いたのですわね?」
訊くんじゃないよ、デコ。というかお前、この件すでに承知してるみたいじゃないか。
えぇ、とても厄介なのが、と秘書は憂いを見せた。もちろん演技だろうが。
「どんなモンスターがいたんですか?」
ってマミ、お前も乗り気かよ? 俺の気分は「ブルータス、お前もか!」だよ。
「実はここだけの話なんですけど……」
秘書は身を乗り出した。小声である。当然のようにチームしおからは、秘書に顔を寄せていた。これがアドリア女史の、「相手の興味を自分の話に引き付ける」ための罠だとも気づかずに……。
「現場には、カメロンの足跡が残っていたんです」
……………………。
なぬっ? カメロン?
「へぇ……これは珍しいよね、ダンナ」
「本当にカメロンだったんですか?」
「間違いありません。識者『ギルド認定』が、石膏で採った足跡を検分しましたので」
カメロン……双頭の怪鳥だ。カメではない。特徴としては、まずデカい。二メートルより低い背丈の者はいないと言われている。背丈と言ったがその通り。こいつは指一本の長い脚で、飛ばずに地面を駆けるという。その速度は馬より速く、長時間走り続けることができるそうだ。
二本の長い首に小さな頭がひとつずつ。クチバシが鋭く、突っつくのが得意。そして興奮すると吐いた毒を飛ばす。そのせいか、ポイズンラビットを好物としている、と聞いたことがある。
まあ君たちの世界で言えば、双頭のダチョウが凶暴になって毒を撒き散らす、と考えてもらえばよろしいか。
偉そうにあれこれウンチクを語ったが、実物は俺も見たことが無い。それくらいレアなモンスター……いや、神話クラスと言って差し支えない。




