マタギのサンペイ
「御免」
そう言って若者が入ってきた。俺はその若者を知っていた。いや、正確に言うとその若者個人を知っているのではなく、若者のような種族を知っていた。
笠と呼ばれる帽子をかぶっていた。簑と呼ばれる藁をまとっていた。和服と呼ばれる着物を着ていて、ハカマと呼ばれるズボンを履いている。
腰には二本の刀。背中には布でくるんでいるが、鉄砲らしきものを背負っている。
マミもデコもライゾウも、若者の異様な風貌に驚きを隠せない。彼らからすれば、まったくの異人種に見えただろう。ただし、俺とライゾウは彼と同じ人種なのだが……。
そこで年長者の俺が口を開く。
「お客さまですか?」
「左様、拙者奥州アキタ領アニ村鉄砲隊郷士アキヤマ・シンベイが倅、サンペイと申す武者修行。ガンマスターきらら殿の店舗は、こちらでよろしいか?」
笠をとり、簑を脱ぎながらの挨拶だ。この辺りが郷士の倅。躾はもうひとつ、というところか。
笠を取るとウチのデコと同じ、伸ばした髪をすべて結い上げる『マゲ』が現れた。そう、奥州アキタ領には、サムライと呼ばれる種族が住んでいるのだ。この若者、アキヤマ・サンペイも郷士という、下級ながらもサムライであった。
とりあえず対応役は俺だ。
「御丁寧にありがとうございます。こちらがガンマスターきららの店に相違ありません。ただいま店主は工房にて作業中です故、こちらでお掛けになってお待ちください」
「かたじけない」
若者は一礼して、店のテーブルに着いた。
マミに目配せする。呆けていたマミは我に返り、奥へコーヒーを煎れに行った。
「してアキヤマさま、本日は如何様な御用で?」
「うむ、先日立ち寄った村でこちらのガンマスターきららが、世紀の大発明をされたと聞きつけまして。後学のため、ひとつお見せいただけぬかと無理を頼みにうかがいました」
「そのためにわざわざ。主人もさぞやお喜びになるかと」
まあ、こんな堅苦しい言葉遣いができるのは、年の功というやつだ。決して俺に学がある訳ではない。そんなもの期待しないように。
「ところでそこもとは?」
「こちらの店で厄介になっております。鉄砲猟師のカムイ。そしてこれらは、隊をともに組んでいる仲間にございます」
「ほう! 娘の身で鉄砲を!」
「これなるフランカ・フランキは、かの名匠アンジェロ・フランキの娘にございます」
「お見知りおきを」
デコはおとなしく頭を下げた。
「なんと! あのアンジェロ・フランキの娘御とな! これはものすごい所に来てしまったな」
「つかぬことをおうかがいしますが」
デコの言葉遣いは学によるものだ。こちらはそれなりに期待しても良いと思う。
「アキタ領アニ村となれば、アキヤマさまは高名な、マタギと呼ばれる方々の一員でしょうか?」
「マタギなどとはとてもとても、拙者のような小童。名乗れるようなものではありませぬ」
「御謙遜を」
と言ったのはマスターきららだ。作業がひと段落ついたか、コーヒーの香りに誘われたのだろう。はたまた猛者の気配にうずいたのかもしれない。彼女はすでに店舗へ戻ってきていた。
「アニのサンペイと言えばカモシカ撃ちの名手と、このキアッパにも聞こえていますよ」
「そこもとは?」
「私はきらら、当店の主にしてガンマスターの称号をいただいた者です」
珍しくマスターきららは、帽子を脱いで一礼した。明日からは豪雪かもしれない。
改めてアキヤマ・サンペイが名乗る。そして来訪の主旨を述べた。
「マスターきららの高名は、かなり広く知れ渡っているようで御座る」
「お恥ずかしいかぎりです」
マミがコーヒーを煎れてきた。
「マミさん、アキヤマさまが鉄砲を見たいと仰せです。お手数ですが……」
「わかりました、マスターきらら」
「なぁダンナ、どうせならオイラたちの鉄砲も、アキヤマの兄ちゃんに見てもらおうか?」
「それもそうだな。散弾専用だが、あれもまたマスターきららの傑作だ」
「あたしの鉄砲も持って来ようかしら?」
「おぉ、マスターきららとマスターフランキの作品を、同時に拝見できると! まさに盆と正月が一度に来たようなものじゃ!」
「ボン? ショーガツ?」
俺たちの風習に疎いマミが、頭の上に「?」を浮かべる。
「オイラたちの重要な祝日さ、マミ姉」
「なるほど、聖誕祭のようなものですね?」
納得いったところで、それぞれ鉄砲の御披露目だ。
まずはデコがフランキの名機を差し出す。
「……………………」
まずアキヤマ・サンペイは、口をつぐんだ。フランキの作は繊細を旨としている。結合部分や機関部、引き金の形状などを詳細に眺め、ホウとため息をついた。
「素晴らしい……三二インチの銃身を持ちながら、少しも重さを感じさせない。撃ち手に対する作り手の、深い愛情を感じまする。……もしかすると、この一丁は他に無い無双の一丁とか?」
「お恥ずかしい」
「そして何より、先込め式では無い。……これはよもや」
「はい、鉄砲をこのように折りまして」
アキヤマ・サンペイにとっては、驚きの連続のようだ。
「弾と火薬を巻いた薬莢を装填するのです」
「先込め式よりも、再装填の時間を短縮できますな」
「父とマスターきららの、共同開発だそうです」
デコは謙遜した。しかし口元は自慢気にゆがんでいる。
「フランカどの」
「はい?」
「弾を拝見してもよろしいか?」
「かまいませんが」
この時、マスターきららの瞳が、ギラリと輝いた。……気がする。なにしろ前髪越しだから。
「それでしたら、こちらを」
マスターきららが立ち上がった。カウンター背後の弾棚を、ゴソゴソと引っかき回していた。ゴソゴソと引っかき回しているのは、普段から整理整頓を心がけていないからだ。
「こちらの弾が、アキヤマさまのお眼鏡にかなうかと……」
紙薬莢に「S」と書かれた弾。スラッグ弾の二〇番だ。
「割ってみてもよろしいか?」
「御随意に」
マスターきららの言葉に、アキヤマ・サンペイは遠慮なしに、紙薬莢を解いた。そして弾頭を見て、「うっ」と唸る。
「……こ、これは……きららどの」
「はい、弾頭に尻尾をつけて、直進性を良くしました」
「三二インチで飛ばすのだ、かなりの精度で御座ろう?」
「一〇〇フィートで、拳半分にまとまります」
デコはすでに鼻高々。どうかしら、ほめてもよろしくってよ。ってな具合だ。
「ぬぅ……さすがマスターフランキ。恐ろしい逸品に御座る」
「も、もちろんマスターきららとの合作なんだからね!」
照れ隠しにもほどがある。聞いているこっちの方が、顔を赤くしてしまいそうだ。
「じゃあアキヤマの兄ちゃん、今度はダンナとオイラの鉄砲だ。こっちもマスターきららの作品だぜ」
「うむ!」
臍下丹田に気合いをこめて、サムライ・アキヤマは鉄砲を受け取った。
外観、元折れ、機関部、ストック。しげしげと眺めたところで、「ん!」と唸った。
「……こ、これは……。このようなもの、拙者ごときに……」
「どうぞ、存分に眺めて下さいませ」
「いやしかし……このような鉄砲がアニにあれば……というか、なんと恐ろしい……。マスターきらら、そなた鬼神に御座るか!」
「アキヤマさまの目に、私はどのように映りますか?」
「……………………」
しばらく黙りこくったあと、重い口を開く。
「……たとえ身は郷士なれど、そのような恥ずかしいこと……申しませぬ!」
「いいんですよ、ホントのことなんですから」
されば、と断りを入れて、アキヤマ・サンペイは断言した。
「……人々に救いの手を差しのべる、女神に御座る」
「私の救いは、モンスターや野生動物には、爪長い鬼の手に見えるでしょうけどね」




