冬の訪れ
オーク駆除も終わり、川の復旧が進み、荒れた山をどうするか。そんな頃になると雪の季節だ。
幸い山の荒れ方はトラウトやサーモンの遡上に影響は無く、今年もまた「川に竿を立てれば鮭鱒の密度で倒れることがない」というまでに豊漁だった。
初冬。そろそろシカたちも交尾の季節が終わっただろうか。交尾の季節ともなれば、雄は朝から晩まで子作り子作りまた子作り。尻肉がげっそり痩せるまで、不眠不休で盛り上がるため肉質が落ちてしまう。
雌は雌で雄を誘うフェロモンを出したり、飲料水は自分たちの尿のみという有り様だから、はっきり言って山全体が臭くなるような勢いだ。
その子作りシーズンがおさまり、尻肉が回復した頃。それがシカ肉の季節になる。
御存知、きらら鉄砲店。その店内に誰が呼び掛ける訳でもなく、俺たちチームしおからは、三々五々と集まった。ここには、ストーブがあるからだ。
「は〜〜い、みなさ〜〜ん。暖かいコーヒーがはいりましたよ〜〜」
本日の茶坊主はマミだ。店内にトレイでコーヒーを運んでくる。
みなさんとは言ったが、マスターきららは工房。ライゾウは暑いのが苦手とかで、あの寒い部屋から出渋っている。
オッサン、カモ撃ちはどうした? そんな疑問を持たれる方もいよう。我が町キアッパは冬になると、湖も川も凍りつく。ミスター・ダックの群れは北から吹き付ける寒波、ミス・シベリアに乗っかって、すでに南下してしまったのだ。
オークが山を荒らしてくれたおかげで、モンスター駆除の仕事も入っていない。この秋は珍しく、野生動物の駆除も依頼が少なかった。平和と言えば平和。そのうちのんびりと、ウサギやキジを撃ちに出るのが、俺たち散弾猟師の冬なのだ。
だが今年は勝手が違う。俺には仲間がいて、マミにはスナイパーという能力があるのだ。こうなるとリーダーとしては、大物を狙わせなければならなくなる。犬のいない我々チームしおから。やるならばイノシシ(ボア)ではなくシカ、ヘラジカ(ムース)、あるいはトナカイ(カリブー)だろう。
とはいえ、大物はどこまで行っても大物。倒した後の運搬が困難だ。チームしおから、自慢じゃないが半分は女性。というか小娘。雪山を踏破するだけでも大変なのに、二〇〇ポンド(約一〇〇キロ)を越えるシカを運ぶのは不可能だろう。
「はてさて、どうしたものか?」
「どうしたのよ、カムイ? あんたにも悩みなんてあったの?」
「そりゃあねぇ……。この冬、どんな活動をするか? もちろん大物だろう。だがどうやってその大物を運搬するか? そこが大問題な訳だ」
マミがクスクス笑っている。その視線は、俺の前にあるテーブルに注がれていた。そこには妖精リンダがいる。おそらく俺の顔マネでもしているのだろう。こいつのマイブームが俺のモノマネだと、マミから聞いたことがある。
「前から言ってるけど、現地解体。順次運搬じゃよくないの? みんなで力を合わせたら、二〇〇ポンドだってなんとかなるわよ」
撃ったシカを解体する時、一番最初に外すのは内臓だ。できれば傷みやすい肝臓まで取り出したい。ま、それはいいんだが。問題はその重量だ。軽く一〇〇ポンドくらいある。しかも胃袋には未消化の草、コケなどが詰まっていて、これまたレア物。ディア・サラダ、カリブー・サラダなどと呼ばれて好評なのだ。捨てるのはもったいない。
ついでにいえばキアッパでは、血抜きしない肉も好評である。野趣があって大変にヨロシイ。これぞジビエ。と、好事家が喜んで食べるのだ。
俺はノーサンキューだけどね。当然血液を抜いていなければ、その分だけ目方は増す。生還の難易度はピョンと跳ね上がってくれたりするのだ。
このように、キアッパの奇っ怪な風習のおかげで、シカの運搬はさらに困難となっているのが現状だ。
だから俺は言う。
「なんとかなるわよなんて、簡単に言ってくれるなよ。雪ん中って大変なんだぜ」
「あらそうなの?」
「まずは、歩くだけで困難」
「スノーシューがあるじゃない」
「靴で深雪に挑むよりはマシだろう。だけどいちいち足を上げて歩くことには変わりが無い。それってどんな鍛練よ? ってくらいキツイぞ?」
「ならスキーがあるわね。それなら水平に足を滑らせて、スイスイ〜〜って」
「股まである深雪の中、スイスイ歩けるならやってもらいたいもんだ。山の中に入るんだぞ? 高低差だってあるんだ。一人五〇ポンドを背負って、我らがデコちゃんは歩き抜けるかな?」
「あんたも文句が多いわね」
「文句のひとつも言いたくなるさ。それくらい大物猟は大変だし、大物をしとめることは誉れなんだからな」
「大変なのね」
「他人事かよ?」
「他人事よ? リーダーは大変なのねって意味なんだから」
「せめて男手が、あと一人いてくれたら」
「意外と紳士なのね。あたしたち女の子を気遣ってくれてるの?」
「……女の子に荷運びを期待できるかよ」
「言うじゃない、ジェントルマン」
「遭難されたくないって言ってるんだ」
ドアにつけた鈴が鳴った。反射的に「いらっしゃいませ」と言いそうになった。しかし言わない。店に入って来たのは、タンクトップにショートパンツのライゾウだったからだ。くるぶしを隠す丈のブーツだが、黒いハイソックスを履いている。細身の身体なものだから、一瞬だけ女の子が入ってきたように錯覚した。
「いやぁ、今日は暑いねぇ」
「ンなこと言うの、あんただけよ」
「あ、今日のお茶はマミ姉か」
「美味しいコーヒーがはいりますよ?」
「じゃあ一杯いただこうかな?」
「少々お待ちを」
妖精と遊んでいたが、肩に止まらせてマミは奥に消えてゆく。
「ダンナ、何の話してたんだい?」
「それよりライゾウ、お前その格好……寒くないのか?」
「オイラの家はいつも寒かったからね。それよりダンナ、なんか大物猟の話、してたみたいだけどさ」
「お前はどう思うよ?」
「ん〜〜……やってはみたいけど、やっぱり運搬に男手がもう一人欲しいよな。何をするにも、あと一人。人手はあるに越したことはないよ」
ライゾウも女手は期待していないようだ。
「ん〜〜……マミさんの鉄砲も、活躍の場がありませんねぇ」
「あたしもスラッグ弾をマスターきららに作ってもらったけど、宝の持ち腐れだわ」
「ダンナ、なんとかならないのかい?」
「やってやれないことは無いが……」
空振りが多い。というかシュチュエーションが限定される。
「なによ、ちゃんと手があるんじゃない」
「あまり良策とは言えないぞ。……簡単に言うとだ、運搬が楽な場所でだけ撃つ。そしてソリに乗せて、自分たちがつけた足跡の上を帰ってくる」
「それ、かなり猟場が制限されない?」
「だから言ったろ? ボウズ……空振りが多いのさ」
「……あの……親分?」
これまで発言の少なかったマミだ。ひょいとライゾウをお姫さま抱っこする。
「一応、私は力持ちですが」
そのままひょいひょいとスクワット。
だが、俺の目では不合格。
「雪の中で歩く、雪の中で作業するってのは、床板の上とは訳が違う。全然踏ん張りが効かないんだ。慣れとかコツも必要になる」
「あれダメこれダメって言ってたら、何も出来ないじゃない!」
「だからって無謀に突撃したら、全員遭難するぞ」
さて本当に、どうしたものか?
思い悩んでいると、店のドアが開き鈴が鳴った。




