女冒険者がいない理由
野郎の入浴シーンなどサービスに非ず。
信念と呼ぶべき宇宙の真理に従い、俺は湯を上がり衣服を着けた。今は湯に火照った身体を冷ましているところである。
マミが出てきた。
服は元通りなのだが、濡れた髪とほんのり染まった頬が、ちょっと女を訴えていた。
「あ〜〜待っててくれたんですか〜〜? 嬉しいです〜〜」
「そりゃまあね。向かいに住むったって、不案内な土地なんだ。勝手がわからないだろうからね」
「ありがとうございます〜〜」
ふむ、マミは飲んでなくてもこんなしゃべり方なのか。どこか間延びしてるというか、のんきそのものな口調だ。
そろって湯屋を出て、マミは一階の部屋へ。チラリとのぞくと、すでにベッドと箪笥が用意されていた。
「飯がまだだろ? 今つくってやるから、待ってな」
「え? いいんですか、そんなにしてもらって……」
「いいってことよ。この仕事をすすめたのは俺なんだし、まだ稼がせてないし。どうせ酒でスカンピンなんだろ?」
「ううう……人の情が身に染みます……」
「そのかわり、肉がダメとか魚がイヤだとか、好き嫌いは許さん」
「ははぁ〜〜っ、ありがたく頂きます」
ということで、俺の部屋から干し肉とパンを。マミに小銭を与えて、マーケットで卵と牛乳と野菜を買いにいかせる。
「大家さん、キッチン借りるよ!」
「私の分も作っておいて〜〜っ!」
「あいよ!」
職人の朝は早い。
ガンスミスきららもまたしかり。毎日朝飯前の作業をこなしている。
すなわち、山に出てない時は俺が彼女の朝食を賄っていたりする。
とはいえ、そんなに凝ったものは作らない。あぶったパンにあぶった干し肉をのせて、目玉焼きをのせるだけ。あとは簡単な野菜炒めをつけるだけ。
俺が山に行く日は、クラッカーやビスケットにバターをぬったものが、朝食になる。
で、食卓を囲みながら。
「マミ、今日は午後から出猟しようと思うんだ。飯が終わったら、すぐに仮眠をとってくれ」
「午後からですか? わかりました」
やっと仕事の話になったとばかり、マミの表情が明るくなる。
「獲物は里山に出てきたゴブリン五匹。正直夕方のワンチャンスで、全部しとめ切ることはないと思う。後日再挑戦になると思うけど、ガッカリしないで欲しい」
「ゴブリンですか……恐ろしい相手ですねぇ……」
なんと新鮮なリアクションか。そうだよな、男ならタイマンで負けることが無いだろうけど、女の子からすれば恐ろしい相手になるよな。
しかも季節は秋。繁殖シーズン一直線。つまりこの時期女の子がキノコ採りで山に入ると、ゴブリンの集団に手込めにされることもある。
まあ、本来ゴブリンなんかの魔物は、もっと山奥深くにいるんだけどね。そんな事例は、そうそう無い。だけどたまにある。
そしてもうひとつ。俺としては気がかりなことがある。
しかしこれを直接訊くのは、少々はばかられるのだが……。
「マミさん、生理は大丈夫ですか?」
おぉ、さすがマスターきらら。訊きにくいことをダイレクトに訊いてくれるぜ。
「は? せ、生理ですか……?」
「そ、生理。血の匂いに熊やオオカミ。肉食系のモンスターなんかが寄ってくるから、割りと危険なのね」
「あ、そういうことですか。それならまだです。たぶん来週からです」
「カムイさんからすると、女人禁制に近い山や森に貴女を連れ込むことになるから、色々気を使うことになるんですよね。ですから貴女も距離を測るばかりでなく、猟師そのものを目指した方が良いと思うんですが」
「……私が……猟師ですか」
「獲物を捌いたり食品として売るにしても、女性がいた方が何かと便利でしょうし。いかがですか?」
「……でも鉄砲を撃つって、大変なんですよね?」
「そこはガンマスターきららにおまかせを」
ふくらみの兆しさえ見えない胸を、ドンと叩いた。
「マミさん専用、マミさんの魔法を最大限活かした鉄砲を、私が作ってあげますよ」
いいんかいな、そんな安請け合いして。と思ったが、俺の新型鉄砲を思い出した。
実はすでに出来ているんです。
とかいう仕込みも万全なネタを披露してくれるかもしれない。いや、この毒商人のことだ。少なくとも試作品の二丁や三丁、すでにストックしているに違いない。
その証拠にマスターきらら、口元が微妙にゆるんでいる。
野菜炒めを口の中で咀嚼しながら、マミは元々細い目をさらに細めて考えている。
「もちろんマミさんの都合もあるでしょうし、鉄砲も安いものではありません。何より、カムイさんに愛想を尽かしてコンビ解散、新しい仕事につくこともあるかもしれません」
「何故そこで俺が出てくる」
「じっくり考えて決めてもかまわないと思います。……ですが、マミさんの魔法は猟師なら、誰でもうらやましい魔法なんですよ」
マミの糸目がパカッと開いた。案外タレ目だ。
「私の魔法が……うらやましい……?」
マスターきららは口角を吊り上げてニッコリ……してると思う。マミにうなずいた。
ニヘラ。
おぉっ、もともとゆるいマミの顔が、煮込んだモチよりゆるくなったぞ。恐るべし、商人の口車。マミはすでに撃墜されたも同然だ。
「生まれて初めてです〜〜……人からうらやましがられるなんて〜〜……」
食事中だというのにデレデレとろとろ。頬を両手で押さえてニタニタしている。
しかし……。
マミが猟師か……。
どうしても俺たち猟師は、食肉処理を手早く手早くと考えてしまう。
しかし肉屋のブッチャーなんかに聞くと、「肉の処理は速いに越したことはない。だけどそれだけじゃない」と言う。
「肉に旨味を閉じ込める作業ってのもあるのさ」
と言うのだ。
野郎ではできない作業を、マミならやるかもしれない。
猟師マミの捌いた肉だけが高価で取り引きされる。そんな日が来るならば、それはそれで楽しい話だ。
しかしマミにはハンディキャップがある。やはり女の子である、ということだ。先ほどマスターきららが訊いてくれたが、女性には生理がつきもの。
そうなるとマミの出猟は、大物ねらいということになる。少ない機会で太く稼ぐ。そんな猟師にしてやるべきだろうか?
いやいや、やはり一週間なりいくらなりのブランクは、猟師として致命的だ。山の勘を取り戻すだけで、平常期間を終了してしまうかもしれない。
「う〜〜ん……」
「どうしたんですか、親分?」
「いや、マミが猟師として稼ぐためには、どんな方針で指導するべきかと思ってね」
「やややや親分、まだそんな! 話が独り歩きしてますよ」
「でもマミは、その魔法を活かしたくはないのか?」
うにゅ〜と、マミはしおれる。
「確かに距離を測る魔法を、活かすことができれば嬉しいですけど……」
「やっぱり踏ん切りがつきませんよね?」
ガンマスターが微笑む。
「もちろん、結論を急ぐ必要なんかありませんよ。じっくり考えてカムイさんを観察して、それから決めればいいんです。マミさんがするべきことは、御飯が済んだら眠ること。そして午後の出猟に備えること。オケ?」
「は、はい! オケです!」
「よし、それじゃ歯を磨いて寝るか! 起床は正午。出発準備が整い次第出猟する」
「わかりました、親分!」
ということで、それぞれの部屋に別れる。
俺の部屋は工房の二階。マスターきららが鉄を鍛えるのに金づちを振るえば、その音が直撃する場所にある。そして部屋とは名ばかり。ベッドとスリムなクローゼットを置けば、ほとんど空きスペースが無くなるという素晴らしい狭さ。
そのスリムなクローゼットに鉄砲と猟具を突っ込み、俺自身はベッドに横たわる。
鉄砲が薬莢式の新型に変わったことを考える。そうなると旧式の時に使っていた、火薬入れや突き棒といったオプションが不要になる。
まあ、マミが鉄砲使いになって旧式を使うのならば、その時にプレゼントしてやればいいか。
いや、体力を考慮したら、新型……それも俺の想像できないような、ハイスペックは鉄砲になりそうな気がする。
そんなことを考えながら、眠りの船で旅に出た。
なんとなく目を醒まして、太陽を見る。正午前だ。鉄砲と猟具を準備して外に出る。俺の部屋は外へ剥き出し。一階に降りるにも、雨に濡れなければならない。
階段を降りて工房へ。
マスターきららは、またもやヤスリで鉄の塊を削っている。
♪ラリゴ〜〜ラリゴ〜〜
バナナは皮ごと食べるよ♪
相変わらず、変な歌を歌っている。というかあの人、本当にゴリラが好きなようだ。
「マスター、昼の準備しとくよ!」
「あ、お願いね!」
店舗の方に目をやると、今日も客はいない。本当に大丈夫なのか、この店?
と思うだろうが、鉄砲使いの数自体が少ないのだ。客が少ないのは当然である。その分、鉄砲が高価なものになっている。一丁売れれば一年食っていける。二丁売れれば店舗をかまえられる。三丁売れたら金持ちだ。マスターきららが、そう言っていた。
店舗裏、共用の井戸にマミがいた。
「あ、親分! おはようございます〜〜!」
「おう、おはよう!」
昼前におはようも、おかしな話だけどな。
手桶で顔を洗ったあとか、タオルで顔を拭いていた。
「昼にするからな、ちょっと待っててくれ」
「はい! お手伝いします〜〜」
「そっか、じゃあキッチンで大鍋に湯を沸かしてくれ。スパで軽く済ませよう!」
「はい! わっかりました〜〜!」
という訳で、昼前のマーケットへ。乾麺と、職人が和えたソースを購入。店に戻る。