鉄砲談義
紙コップのお茶は、山歩きと駆除でくたびれた身体に、ジンワリと染み込む。苦労と疲労がトロけてゆくようだ。隊長の立場にある俺でさえ、ホッと一息ついてしまう。
しかし、気をひきしめなければ。戦いはまだ終わっていない。リンダの報告を待っているだけなのだ。
そしてもうひとつの戦い。「生還」という仕事がある。山歩きは登山よりも下山の方が事故が多い。猟師の事故も行きより帰りの方が、圧倒的に多いのだ。とくに今回のような、大仕事のあとは……。
リンダが帰ってきた。マミがペットを可愛がるようにして、妖精を出迎えた。
「親分! オークたちは四の山から出て行ったそうです! 生き残りは散り散りに逃げたのと、五の山に少数って!」
「マタゾウ、尻尾の回収は?」
「あとは斜面に転がったのだけだな」
「よし、これより斜面のオークから尻尾を、回収しながら四の山を占拠! それから五の山を偵察して、帰還する! 最後のひと仕事だ、気を引き締めていくぞ!」
おう! と返事は良いのだが、みんなの目には嫌気がにじんでいる。もちろん俺もうんざりだ。しかし、今回の漸減邀撃作戦。この詰めのために日数をかけてきたのだ。ここでヘマをやらかす訳にはいかない。
うんざり登山は尻尾の回収をしながらだから、遅々として進まない。とにかくモタモタのろのろと、俺たちは山登りを続ける。
そして、ようやく尾根。無残に荒らされた四の山を、全体的に見下ろした。
「……………………」
あまり山奥に入らないベルナルドは、その光景に息を飲んだ。
帽子を脱いで、フランカ・フランキに問いかける。
「まったく下世話な話なのですが、フランカさん。お父上の鍛えたその鉄砲、注文すればいかほどのお値段ですかな?」
「えっ? ……ううん、あたしも詳しくはわからないけど、最新式の鉄砲なのよね。……カムイ、あんたたちの鉄砲は、いくらだったのよ?」
「答えにくいこと訊くねぇ、お前さんも。俺のは大金貨三枚の値段を、小金貨三枚にマケてもらった」
「オイラの鉄砲も同じだよ」
「ちなみに、おねえさまの鉄砲は……」
正確には交渉をしていない。確か俺たちの鉄砲を値引きした分、上乗せする話になっていた。いやもちろん、今回の駆除でそれだけの値打ちがあると、証明済みなのだが。
ダイレクトに言ってしまうと大金貨の九枚や一〇枚、請求されても文句の言えない逸品なのだ。
もっとも、この鉄砲の性能は、半分はマミの魔法で出来ている。ならば価格もその半分。それでも大金貨四枚に小金貨五〇枚。日本円換算で四五〇万円という、庶民には手の届かない価格である。
「チャンピオン、やはりあなたも新型が欲しくなりましたか?」
「いや、私がというより、息子にね」
カモ撃ち記録の前保持者は語る。
ひとつはもう、鉄砲を二丁担いで歩く時代ではないと。
そしてもうひとつは、技術の進歩を目の当たりにしてしまった。いつまでもマズルロードの時代ではないことを、思い知らされてしまったと。
「いえ、長老。あなたが取り組んでいる狩猟の姿勢を、否定している訳ではないんですが……」
「わかっとるよ」
老人は気さくに笑う。
「本当のことを言えば、ワシも新しい鉄砲に興味が出とるんじゃ。カムイの鉄砲みたいのがあれば、ワシももう少しお嬢ちゃんたちに、イイ所を見せられたと思ってな」
いや年寄り、お前本当に自重しろや。
とにかく、時代は生きているし人間は後退などしない。古いものには古いものの良さがあるが、効率と成果を求めるのが人間だ。新しいものをしっかり取り入れておかないと、古いものに道を譲ってもらえない。
「新世代じゃよ、この人数であれだけのオークを、駆除できたこと自体が」
意外なことだが、最も古い人間が新しいものを取り入れることに、一番意欲的なのである。これは今まで鉄砲という技術の結晶が、改められては廃れてゆくという現実を生で見てきているからに他ならない。
興亡まさに夢のごとし。
それを知識ではなく、体験で知っているのだ。
「しかし長老、マスターきららも慈善事業で鉄砲職人をやっている訳ではありません。鉄砲には弾代がかかる」
「そこが値引きのポイントじゃな?」
「そうです、現在チームしおからはマスターきららから弾を購入しなければならない。この装弾は彼女の専売、他に作っているのはデコ……フランカ・フランキの父、マスターフランキの二〇番だけです」
「二〇番だと、取り寄せになるな」
「その通り」
「それにさ、ジイちゃん」
ライゾウが話に入ってきた。
「マスターきららも今は、新型の在庫が無いと思うよ? ダンナとオイラ、それにマミ姉の鉄砲をほぼ同時期に出したんだ。おそらく今は、新型の部品を削り出ししている頃さ」
最大の難点が、そこだ。道具は一人の職人により、手作業で製作されている。一丁の鉄砲が出来上がるまで、かなりの時間を要するのだ。
それに道具というのは、いつか必ず壊れる。そのため予備の部品も作っておかなければならない。そうなると新型の鉄砲が出来上がるまで、どれだけ時間がかかるかわからなくなる。
新しい鉄砲が欲しいです、ハイどうぞ。という訳にはいかないのだ。
ひどいことを言うならば、鉄砲を作るための道具。ハンマーやらネジ回しやらといった道具。これらひとつひとつまで、ガンマスターは自分の作る。職人というものは、そういうものなのだ。
「ホント、大変な仕事よね」
ガンマスターの背中を見て育ってきた、フランカ・フランキはため息をついた。
「これだけの鉄砲みんなに行き渡るように、どうにかできんもんだろうかなあ?」
「デコ式の三二インチなら、どうにかなるかもしれません。しかしマスターきららの二六インチとなると……」
「……何か……工夫……あるのか?」
もちろんナバホも、新型には興味津々だ。
俺は以前マスターきららから直に聞いた、新型の秘密を打ち明けた。打ち明けたくらいで、簡単に盗まれる技術ではないからだ。
マスターきららの新型、つまり俺とライゾウの鉄砲は、弾の出口が少しせまくなっている。それで散弾が遠くまで飛ぶのだ。
四の山は奪還できた。いよいよ奴らが拠点としていた、五の山を偵察だ。
妖精リンダに、もうひと仕事してもらう。その間に我々は四の山を降りた。もちろん弾のある者は再装填。マミは測量をしながら、マップの作成に余念が無い。
谷に降りた。こちらの水は少ない。そのかわり石と呼べそうなものは少なく、ほぼ岩で構成されている。
長老は岩のひとつを撫でた。
「この前まで水が流れていたようじゃな」
「せき止められた、ってことですか?」
「オークの仕業かのぉ?」
オークがあれこれひっくり返し、森を破壊し、その結果川が渇水するというのはよく聞く話だ。
「……だとすれば……人を派遣して……取り除かないと」
ナバホが言った。もちろんその人数は、一人や二人ではない。作業も一日二日では終わらない。場合によっては、現地に長期滞在。食料などを運搬することになる。
そうなれば、滞在者や運搬人を護衛する冒険者が必要だ。俺たち鉄砲猟師も、その中に含まれている。
「ひとつ仕事が終われば、また仕事が待っている、か」
マタゾウがつぶやく。
「ひとつ仕事が終わっていれば良い方でしょう。仕事は時として、ひとつ終わらぬうちに発生するもんです」
ベルナルドがうんざりと顔をゆがませる。
「だがしかし、我らが暮らし楽にならず」
「やはり、ジッと手を見る」
俺がトドメかと思ったら、ライゾウの言葉がトドメになった。
「絶望説いてどうすんのよ」
と思ったら、デコがトドメだった。
「しかし作業序盤ならば、オークがモンスターを追い払いまくったんだ。比較的安全でしょう」
「だったらマタゾウがやれよ、俺はノーサンキューだね」
「カムイさん、俺もゴメンだよ。オーク駆除で散々稼がされたんだから」
「……仕事選ぶと……新型鉄砲……手に入らない。……俺……やる」
「結局そこですな。我々は仕事から逃れられない」
ベルナルドは悲哀を込めて言った。
「俺はまだ独身でな、仕事と結婚した覚えは無い」
「でも世間は、ダンナをそうは見てないよ。猟師カムイは仕事か鉄砲を、嫁に迎えたって……ワイ室長ならそう思ってるはずだ」
「嫁にするなら仕事より、酒か煙草を嫁にしたいね」
無駄話は続いたが、俺たちはそれだけリラックスしていた。なにしろ山が死んでいる。モンスターどころか、小鳥の一羽も飛んでいない。
山はまったく静かなものだった。
「でもねカムイ、お仕事の話を蒸し返すけどさ。あたしたち滞在者の護衛もあるけど、冒険者たちの案内もあるんじゃないの?」
「お?」
「ほら、あたしたちが今やってるのは、あくまで漸減邀撃。これから剣士さまや魔法使いさまが乗り込んできて、レベル上げやら経験値稼ぎをするんでしょ? その護衛とか案内とか、とにかく人数の中に入ってんじゃないの?」
大仕事も大詰めのこのとき、うちのデコは俺たちにまったく容赦がなかった。




