最初の狙撃手
少し眠っていたようだ。焼き肉の残骸と酒瓶の転がるキッチン。蝋燭の灯火はすでに消え去り、夜明け前の闇に覆われている。
デコ……フランカ・フランキは、椅子に腰掛けたまま寝くたれていた。
すっきりとした都会的な頬を突っつく。「んあ」という声をあげて、フランカは目を覚ました。
「出かける準備をするか」
「あ、私、寝ちゃっ……わかったわ」
俺は二階へ、フランカは奥の部屋へ。服装を整え、道具を準備し、マスターきららが命を削って作ってくれた装弾を、腰の小物入れにしまう。
そして鉄砲を肩にかけ、表に出る。階段を降りた。小雨がパラついている。
店の前には、ライゾウがすでにいた。あまり濡れていないようだ。つい今しがた、出てきたところなのだろう。
マミとフランカは、店の玄関を使って出てきた。合鍵を持たされているのだろう、鍵を閉めている。
「おはよう、マミ姉」
「おはようございます。ライゾウ君、親分」
みんなで朝の挨拶を交わし、いざギルドへ。
「マミ、妖精は目を覚ましてるか?」
「いえ、まだ寝ているみたいです」
「そのうちドンパチ始まるんだ、ダンナ。嫌でも目を覚ますさ」
「ふむ、俺としては妖精に、ちょっとした偵察を頼みたかったんだが。……山に着いたら起こしてくれ」
「わかりました、親分」
オーク軍もこれだけ痛めつけられて、黙ってはいられまい。数が揃っていれば、領地を広げてくるだろう。もしかしたら二の山、三の山を占領しているかもしれない。準備も無しに鉢合わせは、御免こうむりたい所だ。
ギルド前に到着すると、メンバーたちが集まっていた。マミとフランカを紹介。俺たちと同じように、みんな小雨でしっとりとしている。
「みなさん濡れてますねぇ」
「御心配にはおよびませんよ、お嬢さん」
思わずもらしたマミに、長老が微笑んだ。
「我々のコートはオイルド・コットン……お嬢さんたちのマントのように、油を染み込ませているから、水をよく弾いてくれる。それに……」
帽子のツバをクイッと上げた。
「雨は良いものだ。臭いと音を洗い流してくれる」
……野郎、ヒヒじじいのクセしやがって。露骨に攻めの姿勢を見せて来やがる。つーかジイさん、あんたホンキでマミをモノにする気か?
「雨が良いものだとは限りませんわ、おじいさま。火薬や雷管が湿ってしまいませんこと?」
マミと長老の間に、デコのフランカが割って入った。
長老は目を細める。
「こりゃまた、可愛らしい娘さんの次は美形のお嬢さんかい? カムイ、お前さん両手に花じゃのぅ」
「両手に花ということは、持ちきれているということなので。持って帰ろうとか考えないでくださいね、長老?」
「一人くらい良いじゃろ、ケチ」
「ホンキで言ってるならホンキで自重してください、お願いします」
「……………………」
今度はナバホだ。
我らが輝ける太陽、サンシャイン・デコ。フランカ・フランキを見詰めている。
「あ、あの……いかがなさいました?」
「……鉄砲……すごく長い」
「あ、これでした? これは父が鍛えたもので、銃身長三二インチありますのよ?」
「……銘は?」
「フランキです。ウベルティの鉄砲職人、アンジェロ・フランキです」
おぉ、と一同から声がもれる。娘はポンコツだが、さすがマスターの称号を持つアンジェロ・フランキ。感嘆のため息まで集めていた。
というか、マスターきららも同じくマスターの称号を冠しているのだが、誰もため息つかねぇな。ちょっと不憫な気はしたが、うちのマスターのことだ。
「いりませんよ、そんなもの」
とか言い出しかねない。他人からの称賛を欲しないスタイルがやせ我慢だというのなら、これはマスターきららの日頃の言動が原因だ。同情してやる必要は無い。
とりあえずアンジェロ・フランキを中心にした、鉄砲談義もひとしきり。小雨も姿を消していた。
「そろそろ出発するか」
俺は言った。
「そうさな、今日は鉄砲猟師の寄り合いじゃないからな」
肌寒いを通り越した、雨の後の寒気。季節は晩秋、と言ってもおかしくないほどの冷え込みだ。みんなで白い息を吐きながら山を目指した。
郊外はさらに冷え込んでいる。霜が降りていないのが不思議なくらいだ。そして、かすかに霧が出ている。不快感はさらに上がった。
「マミ、妖精を起こしてくれ」
初っぱな、一の山だが、偵察をさせる。
「この山にオークはいないみたいだよ?」
「よしよし、あとでマミに蜂蜜でもおごってもらえ。それじゃみんな、行こうか」
「……………………」
なんだみんな、口をポカンと開けて?
「あ、あの……カムイさん。今のは、もしかして……」
ヤコボが目を丸くしている。
「あぁ、妖精を見るのは初めてかな? マミのペットのようなものでね、リンダっていうんだ」
「へぇ……マミさん、妖精を飼ってるんだ」
「飼ってるんじゃありませんよ、お友達です」
「あ、これは失礼……」
頭を下げたヤコボ君、それからもチラチラとマミを盗み見るようにして、猟に集中していない様子だ。
まずは一の山の尾根に到着。対面する二の山南斜面を眺める。……と言ってもまだ暗い。妖精の力が必要だ。
二の山を偵察させ、そこにもオークがいないとなると、また前進。しかし二の山の尾根に到着した時だ。
「三の山までオークが来てる!」
妖精が、恐怖に顔をひきつらせながら、報告してきた。
「数は?」
妖精は二〇以上の数を数えられない。そう知っていながら訊いてしまった。
「んとんと……いっぱい!」
つまり、二〇以上だ。
「オークたちはどの辺りにいた?」
「こっち側の斜面! 向こう側なんて怖くって、アタシ行けないよ!」
マミの肩に止まり、妖精はプルプルと震えていた。
「さて、どうするカムイ?」
「長老、まずは夜明けを待ちましょう。この暗闇では、まさしく闇夜の鉄砲です」
棚まで降りて、俺を中心とした円陣を組む。尾根側……というか山側にマズルロード隊、谷側にしおからチームを配置。霧も晴れて空気が乾燥してきた。全員に装填を命じる。
そして日の出が近づく。藍色の空の下に、真っ黒な山の稜線が型取られていった。
まだ日の出時刻ではないだろう。星も残っている。しかし、三の山南斜面は、肉眼で識別できるようになっていた。
「円陣を解く。マズル隊、一列目。俺とライゾウで二列目。女子部が三列目の隊型」
を命じた。
オークたちが蠢いているのが見える。
果たして、あの中ではどの個体がリーダーなのか?
長老に意見を求める。
「大抵のリーダーは山に陣取ったとき、最後尾頂上付近にいるもんじゃ」
「なるほど。……マミ、捕捉できるか?」
「ん〜〜……ライゾウ君、見えますか?」
「オイラは見えるけど」
ライゾウが斜面を登り、マミのそばに着く。
「……あれなんかリーダーくさくないか?」
ライゾウは驚異的に目が良い。マミの補佐を勤めている。
ピリッと魔法の感触があった。
「親分、距離一四二メートル! いけますよ!」
「よし、よければ撃て」
「はい!」
背後でカチャカチャという金属音がする。弾を装填している音だ。
「装填よし!」
「ねらってねらって、静かに引き金を落とせ」
「はい!」
と言っても、マミはもっと遠い的を射ている。一五〇未満のオークなど、鼻歌レベルだ。
パンという、カンシャク玉の炸裂音。俺たちの散弾のような、轟音ではない。軽い乾いた音だ。
「……当たった」
信じられない、という声を発したのはナバホだ。こいつもライゾウの類、驚異の視力を誇る種族なのか?
「やったな、マミ姉」
「親分、一頭仕留めました!」
「もう一頭くらいイケそうか?」
「はい! ……あ、ダメですね」
「……オークが焦って、ごちゃごちゃ動き出したよ」
ライゾウが言った。
そうか、それならば。
「隊を前進させる。谷まで降りるぞ」
この隙に前進だ。




