決戦前夜
翌日もまた、オーク駆除を終えて帰宅した。
四の山は再び占拠されていて、まずはここから片付けた。数は少なくなっていた。そして五の山を襲撃。すべて合わせて二十二頭を駆除した。
「あまり本気になっとらんな」
長老はいぶかしんでいた。昨日の今日なら徹底抗戦に出てきてもおかしくないと言う。
「戦力の温存ですかな?」
「あるいはこちらの人数に対抗するため、増員を考えとるかもしれん」
「それはつまり?」
「明日以降、これまでに無い戦力で対抗してくるかもな」
ニヤリと浮かべた笑みは、毒の笑顔だった。帰宅してもなお、その毒が頭から離れない。
長老の笑顔が意味するのは、「いよいよ決戦」だからだ。
覚悟が無い訳ではない。しかし俺たちの肩に町の命運、国の命運がのし掛かっているかと思うと、自然と気は重くなる。
「なんだいダンナ、元気ないなぁ」
「一軍の大将にもなると、元気はなくなるモンさ」
「いよいよだろ? マミ姉の猟師デビューは」
「必ずしも明日から出れる訳じゃない。人間の体のことなんだから、あんまり負担になることは言うなよ?」
鉄砲を担いだまま、店のドアをくぐる。
「お帰りなさい親分、ライゾウ君」
店にはマミがいた。顔色が良い。笑顔も生き生きとしている。
「お、マミ姉。元気になったのかい?」
「おかげさまで。ありがとうございました、ライゾウ君」
「と、なるとマミ……明日は……」
ハイと言って、マミは頭を下げた。
「お待たせしました、親分。明日から復帰です!」
よしきた! いよいよ本格的にオークたちを攻めることができる!
「たよりにしてるぞ、マミ」
「はい、おまかせ下さい」
……なにやら咳払いが聞こえた。
「オークなんざブッ飛ばしてやろうぜ、マミ姉」
「ふっふっふっ、ライゾウ君の分まで、オークが残るでしょうかね」
また咳払いが聞こえる。はて? 一体なにがあったやら?
「ちょっとあんたたち、あたしのことワザと無視してるでしょ」
もちろん標準装備の冗談である。
今日からのプランを考え、あるいはライゾウと二人きりを経て感じたのは、やはりチームしおからは欠員があると機能しなくなる、ということだ。
「あら、アタシはメンバーに入ってないの?」
妖精リンダがマミの肩に止まった。こいつは今までどこにいたやら?
「ずっと私と一緒でしたよ? ちょっとつらいときでも、私のことをはげましてくれてたんです」
「えっへん! えらいでしょ?」
「うむ、その心遣いや良し! 明日からのオーク駆除、お前にとっては敵討ちになる。働きを期待しているぞ!」
「わかりました! たいちょー!」
そして正規メンバーではないが、この人を外す訳にはいかない。
きしむような音を立てて、工房のドアが開いた。薄汚れたツバ広帽子にエプロンドレス。徹夜か睡眠不足と壮絶な闘いを繰り広げながら、装弾作りに取り組んでくれたマスターきららだ。
くたびれきってしなびた彼女は、よろめくように呟いた。
「……よかった……お肉はまだなのね」
「そのヨレ具合で肉を要求するマスター。その在り方にシビレても良いですか?」
弾がある。
鉄砲が並んでいる。
そして射手が揃っている。
チームしおからの復活である。
「さあみんな! お風呂に入ったらご飯の支度よ! マミちゃんはイノシシ肉買ってきて! フランカさんはお酒! 男どもは火をおこせ! そして金を出せ!」
「ちょっと待て! なんだ最後の理不尽はっ!」
「そうだそうだマスター! オイラたちから搾りとってんだから、マスターが一番金持ってんじゃん!」
「……ライゾウ君?」
マスターきららはライゾウの肩を掴んだ。そしてジッと瞳をのぞき込んでいる……ように見えた。
「……ライゾウ君? あのことをバラそうか?」
「支払わせていただきます」
「何があったよ! お前たちの間に、何があったってんだよ!」
俺でなくとも叫ぶだろう。唯一無二の男同士、ライゾウが陥落したのだ。これで俺は支払い拒否組の、生き残りになっちまったじゃねーか!
「さ、独身。茶色は死んだわ、次はあんたの番よ」
ジリッとデコがにじり寄る。
「すみません、親分。なんかこんなことになってしまって……」
殊勝に謝るマミではあるが、二人を止めたりはしない。つまり、支払いの意思は無いということだ。
「おのれマスターきらら、悪の権化め! 俺は決して屈したりはしないぞ!」
と言いながら財布を出し、金貨を並べた。
「さあ、受け取るがいいさ! このっ、金の亡者どもめっ!」
まあ、俺たちは生理休暇で休んでた二人とは違い、たんまりと稼いでいる。支払いは当然のことだ。それになんだかんだで、マスターきららには世話になっているしな。
つまりここまでの一連は、ちょっとした茶番。コミュニケーションの一環に過ぎない。このノリについて来られない者は、チームしおからでは生きてゆけない。
「でもマスターきらら、オイラたちの弾作りで徹夜してんのに、大丈夫なのか?」
「ライゾウ君、人間は徹夜をしてもお風呂で血行をよくして、お肉でエネルギーを補充すれば、また立ち上がれる生き物なのよ」
マスターきららの言い分は無茶苦茶だ。みなさま、くれぐれも鵜呑みにしたり真似したりしないで下さい。
……宴は続いた。だが宴の主旨は戦さの開幕祝いである。明日の戦いのために、マミが寝床に帰った。ライゾウも退く。マスターきららは帽子で顔をかくし、ソファで横になった。
必然的に俺とデコが二人きりになる。
「……眠らないのか?」
デコは目を伏せた。
「……ん。なんだか、たぎっちゃってね」
「初めてだったよな、オークみたいな大物は?」
「……うん」
「緊張するか?」
「カムイはしなかったの? オークを前にした時……」
どうだったかな? 俺自身隊長業務で目一杯だったからな。
「それどころじゃなかったような気がする。いや、オッサンの可愛げなさで、余裕があったような……」
「あたしはダメ。怖いものは怖いし、お父さまや叔父さまの領地が、豚のモンスターに荒らされることを思うと……」
自分の肩を抱いて、デコはカタカタと震え始めた。強がりや生意気を言ったりするが、まだまだガキである。大戦さや決戦の前には、誰でも怖じ気づくのだろう。
「心配いらないさ」
子供をあやすみたいに、後頭部を撫でてやる。
「チームしおからには俺がいる。ライゾウもいる。お前の大好きなマミもいる。お前の親父さんが魂込めて鍛えた鉄砲もある。マスターきららの鉄砲なんて、三丁だ。そのうちの一丁は、マミなんだぞ。……俺たちはきっと勝つ。いや、すでに戦わずして勝っている。……オークなんて、目じゃないさ」
「不思議ね」
「何が?」
「まるで口説かれてるみたい」
「お前の気分が晴れるなら、本格的な口説き文句を並べてやるぜ」
「だめだめ、笑っちゃうよ」
肩の力が抜けたようだ。グラスに火酒を注いでやる。
東の空が、明るくなるまで。




