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負い目はあります


 オークたちは逃げ出した。一〇頭はいるだろうか? その群れが背を向けて、まさにトンズラという奴である。

 その脊髄目掛けて引き金を引く。ライゾウもだ。二人でなんとか四頭を討ち取る。それ以外はすでに射程外だ。

「……………………」

 もう、いいだろうか? 油断が許されるだろうか? 油断なく目を配り、五の山全体を眺める。

「……カムイ」

 しわがれた声。長老だ。

「もう油断してもいいぞ」

 ベテランの信頼できる言葉だ。俺は肩の力を抜いた。ライゾウなどは尻餅をついて、大きく息を吐いた。ヤコボも座り込む。というか、二人とも腰を抜かしているようだ。

 仕方ないことだ。ヤコボにとっては初めての大物、しかも二足歩行。ライゾウにとっては、初めて見るオークの軍勢。しかも殺気をまとって追いかけてくる、とても物騒な連中だ。本音を言うとこの俺も、腰を抜かして座り込みたいくらいなのだ。

「マタゾウはいるか?」

「なんですかい?」

「何頭ヤッた?」

「四の山でヤッたのも合わせると……三〇頭はいますな」

「三〇頭か……」

 最初に聞いていた数を、軽く越えている。いや、昨日苦情したものも合わせれば、四〇頭を越える。

 このままではきっと、総数五〇を越えるだろう。というか、五の山本隊にはいまだ接触していない。本当にどのくらいの数が、俺たちを待っているのか?

「……ダンナ」

 ライゾウだ。怯えたような顔で、五の山を指差している。

 目をむけた。すると、明らかに他のオークとはサイズの違う一頭が、尾根に現れた。続々と他のオークたちも現れる。その数は……。

「……七〇は、いるな」  オークの平均的な身長は一八〇センチか、プラスα程度。そのオークの群れから、頭ひとつ飛び出しているのが、最初の個体だ。

「あんな化け物みたいのがいるんだ。いくらでもオークが集まるだろうよ」

 マタゾウが呻く。

 巨体の一頭……仮にキングと呼ぼう。キングは河原に転がる同胞の死骸を見渡した。それから遠吠えを、長々と響かせる。五の山の子分たちもそれに続く。恐ろしい咆哮が山を覆った。

「カムイさん、あれは仲間を集めているのかい?」

 ベルナルドの質問に、「おそらくな」と答えた。

「それじゃあいくらオークを叩いても、数は減らないぞ?」

「わかっている」

 そんなこと、言ってくれるな。俺がつらい。

「……しかし」

 口数の少ないナバホが言う。

「……あのキングを倒せば、オークは群れを解散する。……山は元にもどる」

 口数が少ないだけに、言ってることは説得力があった。

「……オークは夜行性でしたね、カムイさん」

 ヤコボも五の山を見ていた。

「もしかしたら今夜中に、損失した数を補うかもしれませんね」

「その心配も今日明日のものだよ、ヤコボの兄貴」

 ライゾウの眼差しは、誰よりも力強い。まるで「こんな事態なんざ、ピンチの内には入らないよ」と言ってくれているようで、とても心強い。

「明後日にはうちのマミ姉とデコが復帰するんだ。でかいだけのオークなんて、物の数には入らないさ」

「ほう?」

 長老の目が輝く。

「カムイ、マミと言えばお前のとこの、あの立派な乳したねーちゃんかい?」

「……えぇ……そうです」

 苦々しい気分だった。このジジイ、マミに色目を使うつもりじゃないだろうな?

「……そうか。ならワシも」

「ワシも、何ですか?」

 年を考えれや、このヒヒ爺。

「いや、連れ合いを亡くして久しいからな。ひとつ若返ってみようかと」

「うちの踊り子には手を触れんでいただきたい」

 老人はシャッシャッシャッと、おかしな笑い声を上げるだけだった。


 全員揃って山を降りる。ギルド庁舎で報酬を受け取り、皆で均等に分け合った。まあ均等と言っても、最初に消費した弾代をさっ引いてからの均等だ。俺とライゾウの取り分は、少しばかり多くなる。

「帰って風呂入って、飯食って飲むか」

「そうだね、ダンナ」

 なにかこう、どっと疲れた。戦闘もそうだったが、キングオークの存在がでかい。「あんなの相手にしなきゃなんないのかよ」という思いで一杯だった。

「カムイさん」

 受付を後にしようとしたら、声がかかった。室長秘書のアドリアさんだ。

 目配せしてきた。室長室まで、という意味だ。

 ライゾウと顔を見合わせる。

「……いいのかい、ダンナ?」

「なにが?」

「室長、今日あったことを報告しろってンだろ? ホントのこと言ったら、腰抜かすぜ?」

「聞きたいってんだから話してやるさ。あぁ、泣こうがわめこうが、座り小便三リットルだろうが、俺ぁ容赦しないぜ」

「ケッケッケッ、オイラ臭いのはゴメンだよ」

 品の無い会話をしながら、品のある二階へ。

 室長ワイは苦虫を噛み潰したような顔で、俺たちを迎えてくれた。

 もたれこむようにソファに腰を降ろした。マッチで煙草に火を着ける。肺の奥まで煙を吸い込み、ニコチンが血管に回るのを待ってから、煙を吐き出した。

「……今回は、大猟でしたね?」

 こちらの顔色をうかがうような目付きだ。

「まあね……こんなに支払いして、ギルドの金庫が空っぽにならないか、俺の方が心配してるよ」

 つまらない俺の軽口に、室長ワイは愛想笑いした。

「ずいぶんといたようですね、オーク……」

「持ち帰った尻尾の倍くらい、まだ残ってるぜ」

 愛想笑いしたまま、ワイの表情は固まった。

「それだけじゃない。奴らにはキングと呼びたくなるような、巨体のオークがついている。奴のカリスマで、オークが集まっているんだ。……もしかしたら今夜中にも、欠員が補充されるかもしれない」

 叩けども叩けども、人の暮らしは楽にならず。オークは増えるばかりなり。

「……そして、ジッと手を見る」

「……早急に対処したい……というか鉄砲隊を増員したいところですね」

「そうはいかんでしょ」

 俺が決めつけると、室長ワイはうなずいた。

「おっしゃる通りです。大物相手の鉄砲猟師が、少なすぎですから……」

「いや、当たるも八卦なマスケットでは、多少数を揃えたところで役には立ちませんな」

「そうなんですか?」

「訂正しましょう。丸めた鼻紙程度の役には立ちます」

 そう、俺が言ってるのは、マスケットが役に立たないということではない。俺たちはもっと良い鉄砲を持っている、ということだ。

 もっとわかりやすく言うならば、マミとデコの二人が復帰してくれば、確実に戦況を変えられる。

 だがそんなことは、このホワイトカラーに教えてやらない。戦力をあてにされて、こいつの出世の片棒を担がされたくないからだ。

「まあ、今は苦しい時だが駆除をやめる訳にもいかん。早速帰って明日に備えるから、これで失礼するぞ」

「え? あぁ、ありがとうございました」

「明日も同じメンバーで出る。明後日はうちのチームメイトが復帰する。こちらも戦力は上がるんだ。なんとかするさ、心配するな」

 陰で不必要な動きをされてもかなわないので、一応釘を刺しておく。オークとの戦いは、持久戦に入ったのだ。ここはいつもの仕事をいつも通りにこなしてゆくのが一番。下手な手出しは無用である。


 部屋にもどり鉄砲を片付け、それから風呂。洗濯は生理休暇中の女性陣、マミとデコが済ませてくれていた。

「すまんな、二人とも」

「ふふ〜ん♪ おねえさまと二人で洗っておいてあげたんだから、感謝しなさいよね」

 デコが大きな顔をした。俺は手を取って感謝の言葉をのべた。

「ありがとう、助かるよ……マミ」

「あたしに感謝しなさいよっ!」

「じゃあオイラから感謝の言葉を……ありがとな、マミ姉」

「わかってたわよっ! こういうことになるって!」

 デコも本気で怒っている訳ではない。わざと道化を演じてくれているのだ。

 異様なまでに増えたオークの数が、この店にも聞こえたのだろう。俺たちの気分を和ませようと、頑張ってくれているのだ。今回のオークの数はそれほどまでに、絶望的なものなのだ。

 デコが怒りライゾウがぶたれる。そのとばっちりが俺におよぶ茶番。

 だが、マミが参加していない。ニコニコといつものように、お人好しのタレ目を細めているが、俺たちのバカ騒ぎに参加してくれない。

「ごめんなさい、親分!」

 顔を覆って、マミは頭を下げた。


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