ブリーフィング
オークと人間の、生存をかけた闘いは続く。
翌朝、ギルド前には鉄砲を抱えた男どもが集まっていた。欠員なく五名。すべて散弾、射程は三〇メートルほど。
旧式の先込め式、マズルロードと呼ばれる鉄砲だが、みな腕は確かだ。ただ、再装填に手間と時間がかかるだけである。
「よ、カムイさん」
「おう、マタゾウ。今日は頼りにしてるぞ」
「またまた……主砲はカムイさんとウチの馬鹿でしょ?」
ウチの馬鹿とは、せがれのライゾウのことである。
「確かに主砲は俺たちだが、無駄な人間を山に呼ぶほど、俺も酔狂じゃない。ここぞという時には、自慢の腕を披露してもらうぞ」
今回の駆除隊は、俺がリーダーということになっている。一人一人と言葉を交わし、コンディションや腕前を確認して回る。
「あんたが今回の大将かい?」
初対面でため口の者もいたが、それは気さくな証拠。その男は俺がカモ撃ち記録を作るまで、四羽の記録を保持していた。ベルナルドというベテランが息子のヤコボと参戦だ。
まあ、カモ撃ちの前チャンピオンというくらいだから、名前は知っていた。そして向こうも俺の名は知っていたらしい。
「俺のカモ撃ち記録を破ったってから、どんな山男かと思ったら、意外に優な見てくれじゃねぇか!」
そんなナメた風な口をきいてはいるが、目は鋭い。俺の優な見てくれには、騙されてくれない眼差しだ。
「名前は知ってたぜ、チャンピオン。俺にとっちゃあんたは、いまだに目標とする名射手だ。初めての共猟だけど、オークに目にモノ見せてやろうぜ」
「まかせておいてくれ! 俺の二丁鉄砲にねらわれたら、生きて帰れないことを思い知らせてやる!」
実に頼もしい男だ。その技術が口先だけでないことは、キアッパの町の猟師なら誰でも知っている。
「君がチャンピオンの息子だね?」
マミと同じくらいの年嵩、ニキビ顔のヤコボに声をかける。だがヤコボは、緊張のためか顔をひきつらせていた。
「は、はじめまして、カムイさん! オークの駆除記録を持つ方に会えて、光栄です!」
「気負わない気負わない、フレッチしちまうぞ」
フレッチとは簡単に言うと、引き金を真っ直ぐ引けないことだ。興奮や緊張のあまり拳に力が入り、引き金を引く時にマズルがずれてしまうのだ。
「楽に行こうぜ、ルーキー」
ポンと胸を叩いてやる。
新人なんて呼び名は、若者を馬鹿にする言い方だが、俺たち猟師は違う。命を預ける相棒が、また一人増えたという喜びを表した、祝福の呼び名なのだ。もしかしたらこのルーキーは、死にそうな俺を助けてくれるかもしれない。俺の仲間を救ってくれるかもしれない。そんな人間に育つかも知れない。
だから俺たちはルーキーを大切にする。厳しくシゴイて早く一人前の猟師に仕立て上げる。それが厳しい山で生きる者を、育む秘訣なのだ。
「チャンピオン、ヤコボは鉄砲を持ってどのくらい?」
「半年ほどだが、才能が無いね」
「あんたと比べて才能が無いってんなら、世界中から鉄砲撃ちが消え去るよ。……ライゾウ!」
俺の弟子兼相棒を呼ぶ。
「こちらはお前の先輩にあたるヤコボさんだ。よく従い、よく学ぶんだぞ?」
「わかったよ、ダンナ! よろしくな、ヤコボさん!」
名射手が気さくなら、ライゾウもまた気さく。ヤコボ少年の緊張が、ライゾウの気さくさでほぐれてゆく。
「……あんたがリーダーとは……どういう風の吹き回しだ、カムイ?」
赤い肌に大柄な筋肉質。ナバホは静かな瞳をしていた。
「俺がリーダーじゃ不満かな、ナバホ?」
「……不満は無い。ただ……」
「ただ?」
「……お前が他人とツルむなら……明日は雨が降る」
「好きなだけ言ってろ」
そっとナバホは微笑んだ。
そして、白髪をボサボサに伸ばして、眼光もきびしく力強い老人が前に出た。
「小ワッパのカムイが一隊のリーダーを張るとは、長生きもしてみるもんじゃのう」
小柄だが、筋肉がみっしりと詰まった身体だ。この老人は俺がルーキーのころから、いまだ現役である。
「どうも長老、本日はわざわざお越しいただきまして……」
「カーーッ! ヒヨッコが。一人前の口をききよるわい! 今日はお前の下手な指揮っぷり、キビシく採点してやるからな!」
つい首をすくめてしまう。まるで教師と生徒だ。そして横目で盗み見てみると、ナバホとチャンピオンのベルナルドも、俺と同じく首をすくめていた。
「すげぇ……親父を一喝だよ……」
「ハンパねぇな、ジイちゃん」
「なに、大したことは無いさ。まだ鉄砲のイロハを覚えた程度のくせに、チャンピオンだ隊長だと偉そうにしとるんだ。たまにガツンとやらるのも、良い薬じゃて」
ちきしょう、鉄砲妖怪め。若い二人には人気じゃねぇか。まあ、年寄りは若者が好きなのは、よくある話だけどな。
「さてリーダー、敵の状況はどうなんだ?」
立ち直ったベルナルドが、ブリーフィングを要求してくる。
「今回の目的は、大量に集まったオークの群れを駆除すること。ただし、最終的には剣士や魔法使いを投入して、彼らに手柄を稼がせる。いわば漸減邀撃が、鉄砲隊の目的だ」
「ふむ……それで、敵の数は?」
老人はもう、軽口など叩かない。
「不明です。推測ではありますが、奴らは五の山を拠点としているはずです。それなのに現在の戦闘区域は、四の山どまり」
「……四の山で……迎撃されたのか?」
「初日は迎撃というより、数減らしで四頭しとめた。翌日……つまり昨日、四の山に出向いたら、十四〜五頭が襲いかかってきた」
ナバホの質問に、そう答えた。
オークの数が増えていることが、伝わったらしい。そしてオークの群れが、こちらに対応してきたことも伝わったようだ。
「一気に三倍も増えるなんて……四の山にはそれだけのオークを養えるキャパシティは無いだろう」
「だから、兵隊オークだと俺は踏んでいる」
つまり棲みつくために四の山にいたのではなく、ボスの指示命令を受けて四の山にいた。と考えている。
「逆に考えてみろ、カムイ。兵隊のマネをした豚の怪物。かえってやり易いかもしれんぞい」
そう、酷評するなら中途半端な軍隊だった。だから俺とライゾウの二人で、十二頭も狩れたのだ。そのことを長老に伝えた。
「それで?」
どうするか? 長老からの質問だ。みんなを集めてどう使うか?
「みんなには四の山を占拠してもらいたい。その隙に俺とライゾウで、五の山へ威力偵察に行く」
「……五人十二門。……敵は先日十四〜五。……再装填には時間がかかる。……それ以上オークがいたら……俺たち、死ぬ」
「そこで俺も考えた。別行動を取るんじゃなくて、俺たちも一緒に四の山を攻撃する」
「五の山の偵察はどうする?」
ベルナルドが訊いてきた。
「みんなが四の山を占拠した上で、俺とライゾウが行く」
作戦はこうだ。四の山南斜面のオークは、俺とライゾウで撃つ。北斜面から尾根を越えてきたオークは、増援の五人にまかせる。数が足りなければ、俺とライゾウが手を貸す。
リロードを終えたら、四の山を占拠。そこから俺とライゾウが五の山へおもむく。
「四の山北斜面から、想定以上のオークが現れたら?」
老人の目が、厳しく光った。やはり長老は、常に最悪の事態を想定している。頼もしい存在だ。
「占拠は中止、逃げて帰る。生きて帰れば、また来られるからね」
「あ、そうそうジイちゃん」
ライゾウの声には緊張感が無い。
「ジイちゃん、オイラたちを逃がすために一人で残ろうとか考えたら、ダメだからな?」
長老はピクリと反応した。ンなこと考えてたんかい、ジイさん。
「オイラもジイちゃんも、全員揃って帰還。それが建前なんだからさ。ダンナの立案、台無しにすんのはやめてくれよ?」
フランクな口調だが、ライゾウの瞳は真剣だ。このジジイが、本気で覚悟を決めている証拠だ。
つまり老猟師にとってオークの増殖は、命を賭けるに相応しい事態。存亡を賭けた闘い、ということだ。
「わかったよ、茶色いの。なに、簡単に命を捨てる真似はしないさ。約束する」
「ホントだぞ?」
年寄りを逃さない、言い訳や言い逃れを許さない、真っ直ぐな眼差し。ライゾウの最大の武器だ。
「……約束だぞ、ジイちゃん」
「カムイ、お前の弟子は俺に厳しいな」
どの口がホザきやがった。あんたの言い分は理不尽だらけだろ。
その証拠に、ベルナルドとナバホが、腹を抱えて笑ってやがる。




