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室長にとっては予想外


 期待に胸おどらせて、山をおりる。ライゾウはイマひとつ、乗り気では無いようだ。

 だが、嫌だ嫌だ言ってても、どうせコイツも男。一度味をしめちまえば、むこうから誘ってくるようになる。男の世界とはそんなもんだ。

「だがライゾウ、旨い酒のんでキレイなおねーちゃんと遊ぶにゃ、金がかかる!」

「そりゃそうだろうね」

「まずはギルドで換金! そして下宿から離れた風呂屋に出向く!」

「そりゃまたどうして?」

「近所でうろついてたら、マスターたちに捕まるだろ」

「そりゃバツが悪いね」

「それだけじゃない、ライゾウ。女って生き物は、男の遊びにゃ恐ろしいくらいに鼻が効いてな。しかも女房でもないのに説教かまして来やがるんだ」

 そうだ、例えば家庭に入ったところで、男というものは蝶のように自由で、虎のように勇ましくなければいけない。それを理解せずに男を束縛するのは、それこそ大罪と断じなければならない行為だ。

 ってな訳で、まずはギルドで換金。受付で名前と駆除依頼を受けたと述べると、本日の担当メガ盛りグラマーちゃんは、巨大なヒップをゆすりながら奥に消えた。

 長くなるのかグラマーちゃんは、俺たちに待合室のようなソファをすすめてくれていた。話が上に……室長ワイに通じたら、呼び出してくれるそうだ。それまで臭いの強いオクの尻尾は、布にくるまれて肩提げ鞄の中。おかげで俺たちは、ソファを独占することができた。

 あまり描写や登場に恵まれない、紙巻き煙草に火をつける。もちろんマッチを使ってだ。

 若造たちのチームが目に入った。彼らは一斉に視線をそらした。おそらくは、「着火魔法のひとつも使えねぇのかよ」と嘲り笑ってくれてるのだろう。

「嫌われてるね、ダンナ」

「お前だって嫌われ者の鉄砲猟師じゃん」

「オイラはかまわないよ、これが仕事なんだからさ」

「俺だってかまわないよ。お前が生まれる前からの、鉄砲猟師なんだからな」

 一部御理解をいただけない連中からは、まだ嫌われている。しかし今回に関しては、鉄砲猟師が嫌われているのかオークの尻尾が臭いのか、判断しかねるところだった。詰まるところ、こんな臭いもの抱えてる俺も悪い。

 ダイナマイト・グラマーちゃんが戻ってきたのが見えた。グラマラスな肉体ゆえに、一目でそれとわかる。グラマラスという言葉は、「注目を集める」という意味らしいので、俺のネーミングは正しいと言えた。

 煙草を灰皿で揉み消した。呼び出しを待つ。声はすぐにかかった。

「そこの階段を上がって、室長室までどうぞ。秘書のアドリアさんが対応してくれます」

 礼を言ってライゾウとともに階段へ。こころなしか待合の空気が、ホッとしたものに変わった気がする。

 臭いもの持っててスマナイねぇ。

 心の中で詫びを入れる。しかし本音は、「お前らだって長期の冒険に出たら、風呂入らねーから臭ぇじゃん」、というものだ。だがもちろん、そんなことは口にしない。

 二階に上がる。一階受付にくらべると、相変わらず別世界の静けさだ。まるで教会か聖堂のような空間に、とても臭いオークの尻尾なんぞ持ち込んで、冒涜の限りではないかと錯覚してしまう。

 昨日おとずれた室長室、のドアが開いている。ライゾウと顔を見合わせた。

「えらく無防備だな」

「泥棒に入られても、知らないよ?」

 とりあえずのぞき込む。秘書のアドリアさんが、窓を開けていた。

「あら、いらっしゃい。お待ちしてましたよ」

「どうしたんですか、ドアも窓も開けっ放しで」

「あ、これ? 気を悪くしないでね。あなたたちの採って来てくれたオークの尻尾が、すごいニオイだって聞いたから。受付の娘も、ちょっと困ってたわ」

 非常に気さくな返答だった。

「どうぞお掛けになって。ボスを呼んでくるわ」

 ソファをすすめられて、彼女の言葉に従う。少し待たされた。奥の執務室のドアがひらく。出て来たのは室長ワイではなく、トレイにコーヒーカップをのせたアドリアさんだった。

 テーブルにカップを置く時、ライゾウの視線を追った。谷間をこしらえる豊満なバストに、熱い視線が注がれていた。

 俺は雷光のように素早く、視線を動かした。アドリアさんの膝と膝の隙間をねらう。今日の彼女はタイトスカートにストッキングという、中年には夢のような取り合わせだったからだ。

 美しく立ち上がると、彼女は勝ち誇ったように微笑んだ……ように見えた。俺のねらった獲物、スカートの奥は見えなかったからだ。

「どうぞごゆっくり」

 カップに口をつける。コーヒーは敗北の苦味が効いていた。

 カップの残りが半分になった頃、室長ワイが現れた。上機嫌だ。

「やあ、お待たせしました。なんでも今回は、大漁だったらしいですね?」

「あぁ、倒したオークは十二頭だ」

 テーブルの上に、ライゾウは肩提げ鞄をのせる。ワイは「よろしいですか?」と断りを入れて、それから鞄を開けた。

 俺でさえ眉をしかめてしまいそうな、悪臭が立ち込めた。これはなかなかキビシイ。しかしワイはまったく動じることなく、尻尾を包んだ布を解く。

 検視官が来た。すぐに包みを持ってゆく。部屋の中に風が入り、悪臭はすぐに立ち去った。

「素晴らしい成果です、カムイさん。これはやはり、五の山突入で獲得されたのですか?」

 俺は首を横に振る。

「四の山、南斜面に三頭。残りは次々と尾根を越えて、北斜面から現れたものだ。一〜二頭取り逃がしている」

 ワイは笑顔のままだったが、明らかに動揺していた。

「……つまり、どういうことで?」

「少なくとも四の山に、兵隊オークの増員がかかったんだろうね。悪くすれば、待ち伏せをしていたんだろうな」

「そうなると?」

「五の山にいるオーク本隊は、どれだけいるか想像もつかん。というか、まだ五の山に入ることすらできないでいる。ついでに言うと、本隊のボスオークは作戦立案ができるかもしれん」

 まあ漸減邀撃作戦というのなら、正しいあり方かもしれない。小出しにしてくる敵の勢力を、次々潰して数を減らす。

 ……だが相手の総数が不明で、いつ終わるかわからない漸減邀撃は悪手に思えてくる、いやすでに思っていた。何しろすでに、「女のケツでも撫でてないとやってらんねー」という気分だったからだ。

「……………………」

 室長ワイは腕を組んで考え込んでいた。真摯に、真剣に、熟慮しているようだ。……少なくとも、そう見えた。

「カムイさん、現場からの意見を聞きたいのですが、この漸減邀撃作戦。効果があると思いますか?」

「現在二連勝中、間違いなく効果はあると思っている。だがその効果がどれくらいのものか? 手応えはまったく掴めていない」

「チームしおからの女性陣が復帰するのは、いつ頃でしたか?」

「あと三日は休むはずだ。それでも早めに見積もっている」

 ワイは再び考え込んだ。今度はキッチリとセットした頭を抱えてだ。

「……漸減邀撃部隊の増員は、女性陣の復帰と同時にと考えていたのですが……」

「そうだ、そのことで話がある」

 マミが鉄砲を持ったことを伝えた。ただ、その能力については教えない。生半可な知識で誤解して、マミやチームに無茶な依頼を出されたくないからだ。マミとマスターきららの鉄砲は、コンビとしては最強だろう。しかし万能ではない。それにマミは、デコやライゾウと違い山の素人だ。無理はさせられない。

 しかしワイは、火力が上がったという点だけで、「ほほう」と目を輝かせる。

「手数が増えましたね、カムイさん」

「あぁ、だが狩猟についてはド素人だ」

「望み出せばキリが無いですよ。師匠というのは、誰でもそう言います」

「……意外だな」

「何がですか?」

「あんたのような役人が、師匠を語るのがさ」

 それには答えず、ワイはくすりと笑うだけ。

「とりあえず、明日には鉄砲隊を増員しましょう。それで五の山突入まで、果たしてください」

「何人増やせる?」

「女性陣の復帰に合わせて、五人の増員を考えていました。これをそのまま繰り上げれば……」

「最大で五人か。メンバーは誰と誰だ?」

 ワイの上げた名は、ベテランと若手が混ざっていた。その中にはライゾウの父、マタゾウの名もある。

「明日の夜明け前、ギルド前に集めておきます」

 ……どうやらおねーちゃんのケツを眺めるのは、延期になりそうだ。


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