マミ姉さんのミラクル鉄砲!
四一〇番のフルライフルって、こんなに飛ぶものなんでしょうか?
広大な敷地に、旗を持ったライゾウが一人。
「こんなもんかい! マミ姉!」
文字の表記だと分かりにくいだろうが、かなりの大声だ。
マミは赤旗を三回上げた。三歩離れろ、という意味だ。それに従って、ライゾウは距離をとる。
ライゾウは旗を上げた。マミは測距魔法を飛ばす。
そして白旗をくるくる回した。
その場所でOK。ちなみに、二〇〇メートル離れた場所だ。そこにライゾウは机を据えて、砂袋を乗せた。すでに五〇、一〇〇、一五〇メートルの位置に机と砂袋が設置されていた。残るは二五〇メートルのポイントだ。
マヌエル氏は良識ある大人だ。だから表立って胡散臭い顔はしない。しかしこれから射撃をするというのに、この距離はなかろう。という雰囲気は漂わせている。マヌエル氏の見解は正しい。一〇〇メートルならばまだしも、二〇〇や二五〇という距離は、あきらかに常識を逸脱している。
しかしマスターきららは、まったく動じていない。むしろ、もっと距離を伸ばせくらいなことを言い出しかねない、自信に満ちていた。
「あの、マスターきらら?」
エルダさんが不安げな表情を浮かべる。
「鉄砲って、こんなに弾が飛ぶものでしたっけ?」
「もちろん、普通の鉄砲じゃ無理よ。この天才きららちゃんの発明じゃなきゃ、絶対に無理でしょうね」
「はぁ……」
納得いかないでしょうな、エルダさん。それはそうだ、職業猟師の俺だって納得できないんだから。
「ちょっと、カムイ」
デコが俺の脇腹を突っついてくる。
「大丈夫なんでしょうね、あの鉄砲?」
「さあな、マスターきららの言うことを信じるしかないだろ」
「ないだろってアンタ! もしもおねえさまが失敗したり、マスターきららの名声が落ちることになったら、どうするつもりよ!」
「どっちも俺にはどうしようもない事柄だろ?」
「そんなことになったら、アンタの髪の毛むしって、丸坊主にしてやるんだからっ!」
「だから俺、カンケーねぇだろ!」
KSS/きらら・スラッグ・スペッシャルを肩に、マミはくすくすと笑った。
「フランカさんも心配性ですねぇ……。もしも的をハズしても、それは私の腕のせい。マスターきららは悪くないです。もしも鉄砲に問題があるなら、私は悪くありません。それだけのことですよ?」
「そうは言っても、おねえさま……」
「フランカさんは、なにも心配しなくていいんです。ここはマミお姉さんの見せ場なんですから」
ボインとふくらんだ胸をポンと叩いて、マミは大きな顔をした。
試作品というものは、完成や御披露目前に、相当数の試運転をおこなうものだ。もしかしたらマミとマスターきららは、すでにそれなりの回数、試運転を済ませているのかもしれない。
ライゾウが戻ってきた。
「で、マミ姉。あんなに距離を離して、これから何するのさ?」
ライゾウはまったく信用していないようだ。これからあの砂袋を、ここから撃つなどとは……。それくらいに、今回の御披露目会は常識はずれなものなのだ。
いつの間にやら、屋敷の使用人たちも集まってきた。御大層にも、マヌエル氏のオペラグラスを持ち出して、遠く離れた的をのぞいている者もいた。
マスターきららが前に出た。
群衆にペコリとお辞儀する。……だからマスター、帽子くらいとろうや。もしかしてアンタ、頭頂部に他人に言えない悩みでも抱えてるのか?
「いつの間にやらお集まりいただいたみなさま! これよりガンマスターの称号をいただきました、私きららの新作鉄砲。その試射会を行います!」
射手の紹介、マミが前に出た。群衆からため息がもれる。
俺は日頃から見慣れていたが、マミも黙っていたらなかなかの可愛らしさ。人前に出して恥ずかしくないレベルなのだ。
これが、「名射手カムイの一番弟子」などと紹介されたものだから、俺としてはケツ穴がムズ痒くなる思いだ。
そして的の紹介。設置された距離を、マスターきららが説明する。
「どうせならよ、お嬢ちゃん! 砂袋の前にガラス瓶を据えてみんかい!」
年寄りの使用人が言った。「そうじゃそうじゃ」「そりゃ見やすくてええわい!」と、オッサン連中がわめく。
で、頼んでもいないのに、オッサンたちは酒瓶を砂袋の前に置きはじめた。
これにはジェントルマン・マヌエルも苦笑するしかない。
「いきなりハードルが上がってしまいましたが、よろしいでしょうか?」
酒瓶は砂袋より小さい。標的が小さくなったのだ。
それでもマスターきららはニンマリしている。
「かまいませんよ。というか、むしろ私たちには好都合」
「大した自信ですな」
「それだけの鉄砲と、射手をそろえましたから」
マミが射撃位置についた。的に対して真横向き。脚を軽く開いて、「練習したな」と唸らせるだけの姿勢を取った。
落ち着いている。
見ればわかった。
不安も迷いも無い、的とマミだけ。二人きりの世界に入っている。
「まずは五〇メートルの標的です!」
マスターきららの口上に、マミはチビた鉛筆のような装弾を、くの字に折れた鉄砲に込める。そしてなにやら、銃身にくっついた板を立てる。門型の板には、目盛りが振ってあった。まるで定規だ。
マミはゆっくりと鉄砲を伸ばして、肩づけ頬乗せ。霜降るがごとく引き金を静かに、そして真っ直ぐに絞り……。
……パン! という発射音は、かんしゃく玉のようで頼りない。しかし標的の瓶は、中身の液体を撒き散らして粉々になった。
おぉ、という群衆のどよめき。ウムとうなずくマヌエル氏。
続いて一〇〇……一五〇。信じられないものを見たように、群衆は言葉を失う。
何しろ一五〇メートルも離れた瓶は、肉眼では確認できないくらいに小さいからだ……。
二〇〇。
冷やかすような言葉は、誰も発しない。
二五〇。
すでにマヌエル氏は、色を失っていた。
「……神よ……」
マヌエル氏は、ポツリと口にした。俺だって同じ思いだ。見えないくらい小さな的に、どうやって当てたのか?
待て?
そういえばマミは、見えない妖精を捕まえていたな。あの時は測距魔法を利用していたはずだが。
「どうしましょう、親分!」
情けない顔をしたタレ目が、俺にすがりついてきた。
「お辞儀をしても、誰も拍手してくれません!」
お前は大道芸人かよ? んな情けない理由で、俺の思考を邪魔すんなや。
「あらら、これは素人のみなさんには、刺激が強すぎたわね」
帽子の上から頭をかきかき。マスターきららも苦笑いだ。
「っていうかあなたたち、若い鉄砲猟師までポカンとしたら、ダメじゃない」
デコは口を開けている。ライゾウにいたっては呼吸も心拍も停止して、瞳孔全開なんじゃないかってくらいに驚いていた。
ただ一人、妖精リンダだけが「すごいすごい、マミすごい!」なんて、無邪気に喜んでいる。
そうだ、妖精だ。こいつを捕まえるときマミは測距魔法を使って、見えない妖精を捕獲していた。
つまり、もしかすると……。
「あら? さすがベテラン、というか年寄り(ロートル)。カムイさんは驚かないのね?」
「マスターきらら、俺は驚きの射撃術よりも、マミがどうやって当てたか? に興味があるのさ」
「それでしたら親分、測距魔法を使ったんですよ」
やはり。マミの魔法には、何かあるんだな?
「私の測距技術は魔法を飛ばして、跳ね返りを受け止めることで距離を測るんです」
だから姿の見えない妖精でも、魔法が跳ね返りさえすれば、そこにいるのがわかる。というのだ。
つまり肉眼で確認できない瓶でも、魔法の跳ね返りでそこにあるのが分かる、と言うのだ。
「もちろん集中して、跳ね返ってきた魔法を受け止める練習は、こっそりしちゃいましたけどね」
「……すげぇよ、マミ姉」
ライゾウの声は、思いの外デカいものだった。
その声に群衆は、我に返って拍手する。
パラパラと生まれた拍手は、やがて万雷の響きとなり、マミを称賛する声が生じた。
「素晴らしいぞ! 若い猟師さん!」
「これは今年のシカ肉、いただいたも同然だぜ!」
「俺ぁシカ肉ランキング、全部マミちゃんにベットするぜ!」
「あたぼうよ! こっちにゃ射撃の名手、カムイのダンナがついてんだぜ!」
おう、オッサンオッサン。シカ肉ランキングって何よ? つーか俺、小物専門の散弾猟師だから、シカは追っかけたことねぇぞ?
マミにベットして大損コイても、俺ぁ責任持たないからな。
「なぁ、マスターきらら?」
「なにかな、ライゾウ君?」
「オイラとダンナの鉄砲、大物は狙えないのかい?」
おう、ライゾウ。お前その気になって、大物狙いなんかに転向すんじゃねーぞ? シカなんぞ撃った日にゃお前ぇあのクソ重たい獲物、えっちらおっちら担いで来にゃあならんくなるんだぞ。
「なに言ってんの、ライゾウ君。あなたとカムイさんは、オークを四頭もしとめたじゃない。バックショットを使えば、大物だってイチコロよ」
……マンマミーア。
これで俺たちは、この冬シカ猟に出ること確定だ。
確かに大物猟は太い稼ぎだ。しかし中年には大変に酷なことである。
雪が山をかくすまでの、極短い期間。
その間に俺の肉体は、ビルドアップを完了できるだろうか?




