マヌエル氏は豪商です
「おぉっ……こ、これは……っ!」
ライゾウは唸った。
「……さすがですねぇ」
マミはポカンと口を開いている。
「……ま、まあ……大した屋敷じゃないわね」
デコは強がりを言う。……顔をひきつらせながら。
そしてアンポンタンで有名な、妖精リンダは素直な感想を述べた。
「おっきなお家〜〜。きららのお家がいくつも入っちゃうねぇ〜〜」
そうだ、俺たちは身分違いなくらい巨大な邸宅にお邪魔している。
御存知商家のマヌエル氏。エルダさんの父君と言った方がわかりやすいだろうか?
町の郊外にマヌエル氏は住んでいる。そうでなくては、町の中から住宅街が消えてしまう。それくらいに豪邸であった。
粘土を塗った壁ではない。レンガ造りの三階建てだ。しかもどうやら、コの字型の建物かロの字型の建物である。
建物のまわりは芝生で敷き詰められ、所々に低木が植えられている。……というか、敷地の中に森が無いか? つーか川まであるぞ、おい!
「……マスターきらら」
「なにかしら?」
それでは、俺の感想を述べさせてもらおう。
「やり過ぎじゃねーか、これ?」
「お金持ちなんてこんなものよ。貴族なんて言ったら、これが別荘レベルなんだから」
俺たちは芝生を囲む塀の外を、徒歩でテクテクと歩いていた。
「フランカさんは知ってるわよね、貴族の生活ぶり」
「ととと当然ですわよ、マスターきらら。なにしろわたくし、侯爵家の親戚にあたるんですものことよオーッホッホッホッ!」
……俺は知っている。残酷な現実を。
侯爵家の親戚とはいえ、親族会議などに呼ばれるのは親父さんであり、デコは歯牙にもかけられない。いや、おそらく侯爵は、デコの存在を知っているだろうが、名前などは覚えていないだろう。そうでなければ親父さん、鉄砲職人なんぞに身を落としていないはずだから。
まあ、お嬢さま言葉がまったく板についていないデコは、妖精とライゾウにまかせておくとして。
「マミ、塀の一辺はどのくらいの距離がある?」
「……ん〜〜……わかりませんねぇ。微妙にアップダウンがあって、見えにくいんですよ」
微妙なアップダウンが人間の視界に影響する距離って、どんだけ離れてるのよ?
「まるでお城だよな、ダンナ」
「……うむ」
ライゾウの言葉に、改めて塀の内側を覗いてしまう。
植えられた低木が遮蔽物に見える。起伏に富んだ芝生が戦場に思える。敷地を流れる川は敵の進撃を阻み、あちこちからゲリラたちが矢と鉄砲を射かけるのに、適して見える。
「……そういう目で見ると、まるで要塞だな」
「あら、お金持ちにとって御屋敷は要塞よ?」
知らなかった? とでも言いたげな、マスターきららの口調だ。
「世の中には王さまがいて兵隊さんがいて。頼もしい限りではあるけれど、商家の基本的な考えは自主防衛。自分の財産なんだもの、自分で守るのが当然よね?」
「ま、マスターきららのおっしゃる通り! 身分が低くとも地位が高くなると、何かと面倒が多いんですのよ!」
「ねぇマミ、なんでデコちゃんは脂汗を流してるの?」
「さて、何故でしょうね? 私にもわかりません」
あぁ、マミよ。その理由に気づかないでやってくれ。そのままの君でいてくれ、デコのためにも。
やがて、門が見えてきた。ようやく屋敷の入り口だ。
が、その前に人影が。
正装に白手袋の老人。しかし背筋がシャンと伸びて、眼光が鋭い。もしかすると、口ヒゲも髪の毛もロマンスグレー。髪などはチックできっちりと、オールバックにキメた執事を想像したかと思う。
その想像は、ジャックポットだ。ファッキン・ジャックポット! 悔しいくらいに大当たりさ。
しかも執事のジイさま、体側に沿わせて鉄砲を立てていた。
俺たちが近づくと、執事のジイさまはうやうやしく頭をさげた。
「国内屈指……いえ、ファンベルク王国イチのガンマスター、きららさまでしょうか?」
「はい、この度は無理を言いまして、誠に申し訳ございません」
スカートの端をつまみ、マスターきららも頭をさげる。……しかし帽子くらい取れよ、マスター。
「いえいえ、お館さまもお嬢さまもマスターきららのおねだり、大変嬉しく思ってらっしゃいます。どうぞ、お気に召すまま」
上流階級のやり取りが続いて、俺たちは門を通された。
すると背後で銃声がした。驚いて振り返ると、ジイさまは軍隊の「捧げ砲」の姿勢で、空砲をブッ放したらしかった。
屋敷の方からも、銃声が届いた。……つまり、あまりに屋敷まで距離があるから、連絡用に鉄砲を使っている、ということだ。
まったく、どこまで金持ってんだか……。
「なぁダンナ! これ何だ、これ! 馬ぁくっついてんぞ、馬!」
ライゾウが騒いでいる。デコが「恥ずかしいわね、アンタ! 大声出すんじゃないわよ!」と、たしなめていた。そしてマミとリンダは、ライゾウの指差すモノをまたまたポカンと眺めている。
……馬車だな。
それも、ただの馬車じゃない。「立派な馬車」だ。当然のように、御者も正装であった。
「ライゾウ、御者さんもお仕事中なんだ。俺たちのような人間が、指差しちゃダメだぞ?」
「でもダンナ、御者さんニコニコしてるぜ?」
「そりゃまあこんな御屋敷だ。客に対するマヌエル氏の考えが、すみずみまで行き届いている証拠よ。怒られないうちに、とっとと行こうぜ」
「なに言ってるの、カムイさん? これに乗って行くのよ」
へ?
あんたこそなに言ってるのさ、マスターきらら。……って、もう馬車に足をかけてやがるし! 御者さんは御者さんで、マスターの手ぇ取ってお招きしてるし!
驚きのあまり口をきけないでいると、御者さんはジェントルマンの微笑みを。
「お館さまは趣味の鉄砲について、マスターきららにベッタリですから。時折屋敷へお招きしているのです」
あ、解説ありがとうございました。
……ってか、マスターきらら。さも当然ってな顔して馬車に乗ってるし。
これは国王に謁見できるとか、お城の晩餐会に招かれるとかいうフカシみたいな話も、まんざら嘘じゃなさそうだ。なさそうだが……。
それがいつもの作業着、エプロンドレスで来るってのは……それって、どうよ?
まあ、気後れしてても仕方ない。御者さんのお招きに従い、馬車に乗り込む。
マスターのとなりにデコとマミ。俺とライゾウは進行方向に背中を向けて。
馬車が動き出す。
歩かずに移動できるっていうのは、生まれて初めての体験だった。
妖精もマミもライゾウ、生まれて初めての体験だったらしい。異常なくらい固くなっている。移動だけでくたびれるんじゃないか? ってくらい緊張して、馬車は屋敷を逸れたコースに入った。
マヌエル氏が待っていた。どうやらそこは、射撃場のようだった。広大な芝生が目に眩しい。
「ようこそおいでくださいました、みなさま」
主らしい挨拶のマヌエル氏。それに返礼するマスターきらら。その辺りは割愛。
「マスターきらら、今日は新式鉄砲の試し撃ちだそうですね?」
「試し撃ちするだけの敷地を所有されてるのは、マヌエルさましかいらっしゃいませんので、甘えさせていただきます」
「かまいませんよ、マスターきらら。それも名射手のカムイさままでお越しとは……。猟師冥利に尽きます」
いや、俺はマミの後見人というか責任者という理由で、くっついて来ただけですから……。
なんて思ってたら、ガチャガチャと旧式マズルロードの水平二連が、四丁も五丁も出てきた。
「カムイさまは先日、カモ撃ちの記録を出されたそうですね?」
マヌエル氏が微笑む。俺としては、激烈に嫌な予感がした。
「ひとつその腕前を、披露してはいただけませんか?」
そう来たか。あまり鉄砲の腕前なんぞ、自慢するもんじゃないけど……。
視線をマスターきららにむけると、「やれ」という顔をしていた。
お皿を抱えた使用人たちが現れる。
「どのような技が、お好みですか、マヌエルさん?」
しゃーねーな、ちょっとばっかしやってやるか。マスターきららにとっちゃ、大切な客みたいだし。
マヌエル氏は笑顔で言う。
「これから皿を十枚飛ばしますので、何枚撃墜できるか見せていただけますか?」
なんだ、十枚連続クレーかよ、つまらん。
ライゾウ、マミ、デコ。俺を囲むように膝をつかせる。そして用意された鉄砲を立てさせた。
つまり、俺を囲むように、五丁の鉄砲が立っている。
「ではマヌエルさん、いつでも皿を飛ばしてください」
「わかりました。それでは……行けっ!」
馬鹿野郎っ!
心の中で叫んだ。
使用人の馬鹿ども、皿を一斉に投げやがった!




