しおから
「お? オジサン、これから飲むのれすか?」
「い〜〜や、仕事がおじゃんになったから、お家に帰るの。わかったら君も帰りなさい」
「おぉっ! はしご酒ですねぇ〜〜。わかりました! このマミ、御一緒させていたらきます!」
「舌まわってねぇぞ、お前! ついて来るなっ、酔っぱらい! つーか話きけやっ!」
「あーーっ! そうやってマミさんを邪険にするんですねっ! 男の人はみんなそーなんれすっ! やさしいのは最初だけなんれすよっ!」
「人聞きの悪いこと叫んでんじゃねぇーーっ!」
困った。これは本当に困ったぞ。
俺としては速やかに態勢を立て直し、未明ならぬ早朝の森に挑みたかったんだけど。これはそうも行かなさそうだ。
「で、マミちゃん。君としてはどうしたいの?」
「この悲しみを静めたいれす〜〜……」
俺にからんでいる姿は、悲しんでいるようには見えない。むしろ俺の方が、酔っぱらいにからまれた悲しみを背負ってんじゃね?
「よく聞きなさい、マミちゃん。悲しみから逃れたかったら、お酒はやめるんだ。酒は悲しみを増すだけだからね」
なんで俺は酔っぱらいに説教してんだか。その方がよっぽど悲しいよ。
「それじゃあどうすれば、悲しくなくなるのれすか〜〜?」
「大体にして、なんでそんなに悲しいんだよ? まずそこが問題だよな?」
「よくぞ聞いてくれまひた!」
あ、ヤベ。なんかのスイッチ入れちまったか?
「話せば長くなりまふが、マミさんはいらない子になっへしまったのれす……」
「あーー……男に捨てられたか、よくある話だよ。この人と決めてたのに、浮気なんかされちゃってねぇ」
「違いまふ! わらひにはそんな人いまへん!」
そっちの方がよっぽど悲しいぞ、お姉ちゃん。
「実はわらくひ……ヒック、距離を測る魔法が使えるのれすが……」
あ、もしかして……。
「田舎生まれの身れありながら、先日両親は事故れ他界。娘一人で町へ出てきて、魔法を活かした仕事に就こうと思ったのれすが……土木建築の世界に、女はいらない、と……」
うん、あの貼り紙の娘だな、こりゃ。
「思い余ってギルドに登録! 仲間にしてくらはい、お仕事くらさいと言ったのに、誰も返事をしてくれずなしのつぶてナリ、と……」
そりゃそうだ。こんな大トラ、誰も抱えたく無いやな。
「何故れすかーーっ! 何れ誰もわらひを必要としてくれないのれすかーーっ!」
「いいからとりあえず叫ぶのと酒はやめれっ!」
……まったく、素面で黙ってりゃそれなりに見てくれは良いだろうに。何がかなしくてここまで酔っぱらってんだか。いや、その理由はさっき語ってたか。
「オジしゃん!」
「なんだよ今度は」
「叫ぶのとお酒をやめたら、わらひを必要としてくれまふか?」
「あぁ、そうだね。マミちゃんはよく見りゃ器量よしだから、そういう男も出てくるかもね」
「オジひゃん!」
う、今度は酔眼じゃないぞ。えらく真剣な目で、俺を見詰めてくるじゃないか。
「そういう男というのは必要としてません! オジひゃんはどうなんれすかっ!」
「うん、まだ酒が抜けてないね? とにかく酔いを醒ましてから……」
ん? この娘、なにか魔法の気配が。
「あの横道まで、六三メートル!」
「ん?」
「突き当たりまで、一四八メートル!」
なに叫んでるんだと思ったが、なるほど。次の道まで猟師の目測では、五〇メートルは越えていそうだ。しかし距離という奴は、離れれば離れるほど目測が難しくなる。
それを約一五〇メートルとはせず、確かな数字を出してきた。
「むふん! オジひゃん、信じてまへんね?」
「いや、あの角まで五〇メートル以上あるのは、俺にもわかる。おそらく当たってるだろうな」
「おそらくれはありまへん! 間違いなく……」
「いや、大切なのはそこじゃないんだ」
今度は俺が真剣な目をする番だった。
「マミちゃん、君……その魔法は森の中や斜面でも、使えるのか?」
「はあ……見えるものは大抵距離がわかりまふケロ……」
使える。
いや、使えるどころか俺たち猟師にとったら、金の卵かそれを産むガチョウだぞ。
俺の鉄砲は散弾専用。散弾専用の鉄砲は、ある一定の距離で粒弾を「効果的に」ばら蒔く。つまり、ある一定の距離を正確に測る能力が必要だ。
これが平地なら、これが木や草が生い茂った森の中でなければ、俺もそれなりの自信がある。だが獲物やモンスターが棲む山の中に、そんな場所なんかありゃしない。
「……マミちゃん?」
「ふぁい?」
「君、冒険者になってみないか?」
ほえ? という顔をした。太眉、下ぶくれな頬、笑ってるみたいに細めた目。へなへなとウェーブのかかった髪が、軽く揺れる。
「……冒険者……れすか?」
「そうだ、君の魔法が必要なんだ。俺の相棒になって欲しい」
「お仕事、ですか?」
俺はうなずく。
「私も、必要としてもらえるんですか?」
「そうだ。俺の相棒は……君しかいない!」
「わかりました! 精一杯つとめさせてもらいますっ!」
「俺の名はカムイ。鉄砲猟師のカムイだ」
「私はマミです! 距離目のマミです! よろしくお願いします!」
そうと決まれば、早速ギルドでチーム登録だ。
千鳥足に肩を貸そうと思ったが、マミは遠慮した。もう酔っぱらいのマミではない。冒険者の相棒マミなのだそうだ。
まあ、本人まっすぐ歩いてるつもりらしいけど、時々あっちフラフラこっちヨロヨロとしている……。
なんにせよ、自分の足で歩こうとしているのだ。よほどの時だけ手を貸すだけにとどめるとするか。
東の空が明るくなってきた。
俺たちはふたたびギルドのドアをくぐる。案の定、受付のあんちゃんが「まだ出かけてなかったの?」という顔をした。
「よ、また来たよ」
「は、はあ……」
「今度はパートナー登録さ。仕事は午後から取り掛かる」
「それは構いませんが……そちらの女性とですか?」
「その通り。書類の準備をしてもらえるかな?」
簡単な書類が一枚ずつ。彼女はすでに冒険者登録を済ませて、メンバー募集までしていたのだ。だから書類も簡単に終わる。
俺たちが必要事項に記入している間に、受付のあんちゃんは彼女が出した募集の記事を剥がしてくれた。
しかし、ひとつ問題がある。
「パートナー登録ですから、一応お二人はチームということになります。チーム名を記載してください」
チーム名……。
どうする?
思わずマミを見た。マミはマミで、「どうぞ親分、決めてください」という目をしていた。
「なんでも構わないんですよ。チーム名の変更は、すぐにできますから」
と、こちらは受付ボーイ。言外に、「さっさと決めて、とっとと出かけてね」と言っている。
「マミ」
「なんれすか、親分?」
まだ酒が抜けてないな?
「マミ、君の好きな食べ物は?」
「しおかられす」
「……………………」
さすがにその名前はどうよ?
チームしおから。
あんまりじゃないか?
「チーム名にしおかられすか。それは妙案れすね」
「ちょっと待て、それでいいのか、はやまるな」
「七五調れすね、風流です。でも親分、このままらとチーム名はへべれけとか、飲んだくれになりそうれすよ?」
「だからってなぁ……」
「思い切りの悪い親分れすねぇ……カキカキ」
「うおっ、もう記載しやがった!」
「お待たせしました受付しゃん! 私たちはチームしおかられす!」
へい、毎度あり。とは言わないが、仕事が進んで受付ボーイも上機嫌。
しかし……それにしても……。
仕事の結果もしおからい、なんてことにならなきゃいいが……。
パーティー名はそのパーティーの将来を左右すると言われている。だから神官におうかがいを立てるパーティーなどもあるくらいだ。それくらい慎重に、かつ心をこめて、名前をつけるものなのだが。
マミを元気づける意味合いを込めて、「好きな食べ物」の名前にしようと思ったのだが……。
「何をしおれてるんれすか、カムイ親分! さあ、チームしおから出撃れすよっ!」
「あ、それはちょっと待て」
襟首引っ張って止めてやる。こんな酔っぱらい、そのまま山に入れる訳にはいかないだろ。
「いいか、よく聞けマミ。君は田舎経験豊富だろうが、田舎と山は別物だ。それなりに準備が必要になる」
「え〜〜っ、華麗なる初陣ですよ〜〜っ。はやく戦果を挙げましょうよ〜〜っ」
まずは酒を抜け。
これだけは厳しく言った。酒の匂いをただよわせて、山の中に入れることはできない。これは掟のようなものだ。
酒の甘い香りは野生動物を刺激する。
分かりやすく言うと野生動物やモンスターを、呼び寄せてしまうのだ。
それって好都合じゃね? とか思った君たち。
君たちは間違いなく、山に入れば死ぬ。
匂いにおびき出されるのは、なにも獲物とは限らないんだ。
甘い香りはさまざまな野生動物を引き寄せてしまうんだ。例えばオオカミ、例えばゴールデン・ベア。
モンスターだってそうだ。甘い香りは人や獣、魔物の区別なくみんな好むものなのだ。
もっとわかりやすく言うと、ここにいますよと宣伝して回る猟師はいないってことだ。