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美人局


「室長から話はうかがってます。どうぞこちらへ」

 来賓扱いの言葉ではないが、その方が気安くていい。もちろんこんな美人ならば、俺のことを尻に敷いてくれてもかまわない。俺個人の趣味としては、むしろバッチコイである。

 が、俺の願望はまったくかなうことなく、アドリア秘書はドアをノックした。

「室長、チームしおからのお二方がお見えです」

「うむ、入ってもらってくれ」

 返事があると、秘書は見るからに高そうなドアを開けてくれた。

 どれだけ悪趣味な調度品が並んでいるだろうか? 期待に胸をふくらませていたが、ワイ室長の執務室は実用一辺倒のものだった。マホガニーのデスクも無い。悪趣味な絵画も無い。ギラギラと金の輝きを放つ陶器も置かれていない。書類の束が山積みにされた、ただの事務所である。

「職員から聞いてます、さっそく出ていただけたようですね。まあ、お掛けください」

 ワイは一度立ち上がり、俺たちに椅子をすすめて、また腰をおろした。

「そう言えばまだ、オークの尻尾を納品してなかった。先に手続きを済ませてもよろしいかな?」

「それでしたら、係の者をここに呼びましょう。……アドリア」

「かしこまりました」

 美しく頭を下げて、秘書は執務室を後にした。

 その姿を見送ると、ワイは身を乗り出してくる。

「それで、何頭しとめてくれましたか? 二頭? もしかして三頭?」

「四頭です。証拠の尻尾を見ますか?」

「ぜひとも」

 荷物袋から巻いたボロ布を取り出す。ボロを解くと、中から悪臭を放つ尻尾が、四本出てきた。

「……これは素晴らしい」

 臭いごとき何のその。仕事熱心なのだろう、ワイは悪臭にもめげず、尻尾を食い入るように見詰めていた。

 検体官が入ってきた。「失礼します」と断りを入れ、オークの尻尾を摘まむ。この検体官もなかなかの強者だ。臭いなんぞどこ吹く風。マスクも手袋も無しで検視している。

「間違いないありません、オークの尻尾です」

 ワイのデスクの端を借りて、検体官は証明書を書いてくれた。

「下で報酬の金貨が出ます。お帰りの際にはお忘れなく」

 実に事務的に述べて、検体官は去って行った。

 検体官の退室を確認すると、ワイ室長は再び身を乗り出してくる。

「それで? どうだったかね、オークたちの様子は?」

「俺たちが入ったのは四の山、北側斜面だけ。この山にはこの四頭しかいないようだったな」

「なるほど、しかしオークは日陰を好むだろう? すると北側斜面一枚につき、四頭しか着いていないとなると……オークの数が減っているのかな?」

 それは違うと、俺は断じた。

「確かに奴らの縄張りは、四、五、六の山。ひとつの斜面に四頭ずつとすれば、十二頭しかいない計算になる。だが五の山以降は山の規模が違う。棲みつけるオークの数は倍増だ」

 そう、五の山、六の山は四の山に比べると、三倍以上の大きさだ。俺の記憶では棚の数も桁違いで、経験値を求める冒険者にとっては、大変にオイシイ猟場と言えた。

 楽観視できない点を、さらに。

「それに、四の山にオークが少ないと言っても見張りか前哨部隊かもしれない。明日の朝、また四の山に入ったら前線強化とかになっていて、オークが倍の数になっているかもしれない」

「もしそうなっていたら、カムイさんならどうします?」

 鋭いな、この男。すぐに楽観視を捨てて、最悪の状況に備えている。

 剣士魔導師を温存して危険な漸減邀撃に鉄砲使いを投入するという、あからさまに差別的な振る舞いに腹も立てたが……。ワイという男、仕事においては有能かつ信頼できる奴かもしれない。

 それはさて置き、ワイの質問に答える。

「まず考えられるのは、四の山の奪還。オークの前線を後退させるのは、絶対に必要だ。しかしここでモタつくと、本隊五の山の勢力がどんどん増えていく」

「ならば本丸、五の山を攻めますか?」

「人数が足りない。チームしおからは現状二人四門。一人カムバックしても、三人六門」

「あと一人、いらっしゃいますよね? たしか……測距魔法のマミさんでしたか」

「あれは鉄砲を持っていない。それに鉄砲を持ったところで、錬度が低ければ話にならん」

 やはり、まだまだ鉄砲使いに対する誤解は拭えないようだ。誰でも鉄砲さえ持てば、強力な戦力になると思っている。

 しかしそれよりも。

「それよりもワイさん。俺としては二面作戦を提唱したい。四の山奪還と、本隊襲撃を同時に行うんだ」

 マズルロード、先込め式の旧式鉄砲隊で四の山を攻め、チームしおからは五の山を攻める。それならば勝負になるかもしれない。……もちろんウチの主砲、デコのフランカが復帰してからの話だが。

「そうだよな、オイラたちだけでいきなり五の山を攻めても、四の山と挟み撃ちにされちまうよな」

 ライゾウの言葉が一番の懸念だ。五の山を攻めるためには、無傷で四の山を越えなければならない。そのためには、足音をひそめ気配を消してなのだが、五の山で轟音を発しなくてはならない。

 圧倒的多数な五の山勢力に追いかけられながら、四の山オークの相手もしなければならなくなる。

 うん、改めて考えると不可能が身に染みてわかるな。

「……どうでしょうか、ワイさん。一考してはいただけませんか?」

「……………………」

 対策室長は、腕を組んで考え込んでいた。おそらく予算やら申請やら、役人らしいことを考慮しているのだろう。

 瞑目して考え込んでいたが、ワイはうっすらと目蓋を開いて言う。

「……考慮しておきましょう。ですが考慮中でも四の山の前線部隊だけは、毎日叩いておいてください」

「わかりました」

 おや? 漸減邀撃の約束だったはずなのに、毎日駆除の約束に変わってしまったぞ?

 おいおい、こりゃどういうことだよ?

 そのカラクリをツッコんでみようと身を乗り出したが……。

「ではすみませんがカムイさん、私はこれから手続きがありますので」

「いや、それよりも訊きたいことが……」

「カムイさん?」

 美人秘書が微笑んだ。

「こちらへどうぞ」

「ハイ」

 素直に従ってしまった。もちろん呆けたライゾウも一緒だ。

 ただし、一階フロアまで。

 報酬の金貨を受け取り、そこからフラフラと屋外まで歩き出せば、恐るべきかな。この村の繁華街まで来てしまった。

「……ほぅ……キレイだったなぁ……」

「まあな、それよりライゾウ。腹は減ってないか?」

「あ、忘れてた」

 罠に落ちるように毎日駆除を命じられたことは、とりあえずこっちに置いておく。まずは飯だ。空きっ腹で考え事をしても、ろくなことは無い。


 腹を満たしたら湯屋で汗を流し、店に戻る。マミとデコの具合も心配だが、弾の補充も重要だ。とりあえず工房のマスターきららを捕まえる。

「……なるほど、オークの数が予想外ですか」

「そうなんですよ、それで弾の数を心配しなけりゃならん状態でして」

「それもさることながら、火力が足りないわね」

 現状マスターきららは、弾の製作を錬金術師に外注している。腕の良い錬金術師はまだまだいるので、弾の数は心配ないと言ってくれた。

 しかし。

「現状二人四門では、オークの数が多すぎるわ」

「マズルロード部隊の増援を頼んできたけどね」

「うん、でも多少数を揃えたところで、マズルロードは戦力のうちには入らないわ。フランカさんと……マミちゃんにも、鉄砲を握ってもらわないと」

「……………………」

 マミに鉄砲か。

 やがて、いずれは、とは思っていたが。アレは本当に何かを殺すことができるのだろうか?

「……できないと思ってる? マミちゃんに鉄砲」

「あまり似合わない」

「そうでもないわよ?」

 ちょいちょいと呼ばれる。工房の隅っこ。そこに小窓がついていて、裏の井戸端が見える。

 マミがいた。旧式鉄砲を使って、挙銃練習に励んでいた。

「……ん? あれは、旧式鉄砲じゃないのか?」

 よく見れば、俺たちのような二連式ではない。単筒である。そして鉄砲の背中には、俺たちの元折れ式みたいにレバーがついている。

「……もしかして、あれは?」

「そう、人類にはオーバースペック。マミちゃんにしか使いこなせない、新式鉄砲よ」


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