オークからすれば人間の方が侵略者
日は高くのぼりつつあったが、あせる必要は無い。駆除活動とはいえマミとフランカが欠員なのだ。結果が出ていなくても問題は無い。せいぜいが、日没までに里へ戻らなくてはという、ごく基本的な要素しかあせる必要は無いのだ。
北側斜面の高い場所にある棚を、西から東へ。少し山をおりて、今度は東から西へ。丁寧にひとつひとつ調べて回る。
するとオークたちの暮らしが、少しだけ垣間見えてくる。奴らは寝床にうるさいのか、毎日棚を移動しているようだった。巣という考え方はしないようなのだ。おそらくは気温の変化、あるいは風向きを考慮して、もっとも快適な場所を選んで寝床を作っているらしい。
寝床といっても、ちょっと細工をした程度のものだ。辺りの草や葉を踏みつけて、そばに生えている低木を傾けて屋根を葺いたり。
「昨夜からの雨だ、今日は屋根つきの寝床かもしれないな」
「ゴブリンなんて野ざらしで寝てんのに、オークは屋根つきかい? ずいぶんいい身分だね」
その通り。一般的に遭遇できるモンスターで比較するなら、オークの生活環境は上の部類になるだろう。なにしろ服を着ていたり革鎧をつけていたり、蛮刀や戦斧を担いでたりするのだ。かなり人間に近いモンスターだと言える。そうでなければ、粗末とはいえ屋根を葺くなど出来はしない。
オークたちの足跡、獣道が濃くなったところで、ライゾウは人差し指を立てて「シッ!」と言った。
聞き耳を立てている。こいつの耳には、何か聞こえているらしい。
ライゾウが指を差した。その先では低木が傾いている。距離は、二〇〇メートルくらいか。
「……寝てるね」
「いびきでも聞こえるか?」
「うん、ブヒブヒって鳴き声と……寝息が三つ」
合計四頭、見切り(足跡などの痕跡から、獲物の状態を読むこと)通りの数だ。
北側斜面を見上げた。どの位置までアプローチできるか? どこから撃てばすべて討ち取れるか? 可能ならば、四〇くらいまで近づきたい。風は吹き上げ、奴らの真上に配置できれば、まさに注文通りだ。
考えていても仕方ない。足音をひそめながら、ゆっくり静かに距離を詰めてゆく。
コツは以前、マミにカモ撃ちで教えた通り。風が立って木々の枝葉が騒いだとき、その音に紛れて歩を進めるというものだ。
距離が詰まる。
ライゾウが、「そろそろ行くかい?」という仕草を見せた。俺は、「まだまだ、もっと詰めろ」と先を指差す。
真上とは言わないまでも、棚の上方、すぐそばでアプローチできた。オークたちの姿が見える。勘のするどい奴なのか、一頭だけ目を覚ましていた。
ライゾウは身を固くする。俺はその肩を叩いて、リラックスをうながした。
「まだ大丈夫、オークは鼻が効くけど視力は弱い」
そして獣をベースにしたモンスターというのは、足元や下方に注意は向いても、頭上を見上げることはほとんどしない。現在の状況こちらに有利、というのは変わり無いのだ。
ただ、足音と落石にだけは注意した。ほんの些細な変化、あるいは兆しとしか呼びようのない変調でも、奴らは危機を感じ取ったりする。
……うまく真上にポジションできた。ライゾウをその場に配置して、俺は十歩ほど移動。棚をあらためてのぞき込む。
棚は案外広い。目を覚ました一頭は、棚の中を二本足でうろうろしている。ただ、傾いて屋根の役割をした木の枝葉が邪魔だ。
「撃てるか?」
ライゾウに手信号で聞く。ライゾウは静かにうなずいた。
ならば俺が移動する。少なくとも俺が担当しなければならない、二頭の姿が見えるまでは。
距離、三五メートル。ジリジリと動いて、そこまで詰めた。振り向くと、ライゾウの姿も見える。
「お前のタイミングで仕掛けろ。俺は後を追う」
もちろん手信号だ。ライゾウはうなずいた。鉄砲をかまえる。俺も木製部分に頬をのせた。
眼球の真っ正面に、眠りから覚めそうなオーク。鉄砲の先についた照星が、視界の下から上がってくる。オークの耳の下、骨が薄くなった急所を捕らえた。
ライゾウのアタック。オークたちは跳ね起きた。しかし俺の銃口は、急所を追いかけて逃がさない。
俺も攻撃。黒色火薬の噴煙で、目の前は真っ白になる。
が、俺の銃口は次のオークに向いていた。すでにオークは逃亡の姿勢に入っていた。その後頭部に、必殺の一撃を見舞う。ちょうどライゾウも、二の矢を放ったところだ。背中にバックショットを浴びたオークが、血を吐きながらもがいている。
ライゾウの突入。動きが素早く、俺も追いつけない。
ライゾウはすでに鉄砲を背負い、ナイフを抜いていた。うつ伏せで暴れるオークを押さえつけ、後ろから頭の付け根……延髄に刃を突き込む。
俺が棚に到着したのは、オークが事切れた後だった。
死骸となったオークが四体。念のために俺もナイフで一頭一頭、頸動脈に切り込みを入れていく。抵抗も反応も無い。この四体は間違いなく死んだ。あとは山の土へと還り行くのみだ。
息絶えていても、血液は傷口から流れ出る。棚に生臭い血の香りが満ちた。
一度木の幹でナイフの血を拭い、亡骸となったオークを転がす。
オークのズボンには、尻尾の穴が開いていた。ピンク色の尾をナイフで手応えなく切り落とす。ライゾウはナイフをしまい、オークを転がしてくれていた。俺が尻尾の回収をしやすいようにしてくれているだ。
「よし、帰るぞ」
「うん」
四本の尾を回収し、急いで斜面を登る。時間に余裕があり、あわてて帰らなければならない用事は無かった。しかし俺たちは血の臭いにまみれている。そして生臭い尻尾を回収袋に入れて歩いているのだ。
襲ってくださいと言わんばかりの状態である。
まあモンスターでも肉食動物でも、先ほどの銃声に驚いて、しばらくは四の山に近づかないだろうが……。
里におりた時にはランチタイムが終わっていた。ライゾウも俺も空腹だったが、とりあえずギルドに顔を出す。
受付で若い娘に、ちょっとだけ不快そうな顔をされた。……生臭い臭いがついていたのだろう。心なしか他の冒険者たちも、俺たち二人から距離を置いている気がする。
オークの駆除をしてきたと告げると、二階に招かれた。普段は上がることのないフロアだ。
階段をのぼると薄暗い廊下に出た。上品な香でも焚いているのか、一階とは雰囲気がまるで違う。柱も床板も羽目板も、高級感あふれる木材が使われている……気がした。なにしろ俺は、高級な木材を使った建物には、入ったことが無い。だから木材の良し悪しなど、まったくわからなかった。
「こちらへどうぞ」
受付のお姉ちゃんが、俺たちなんぞにうやうやしく頭を下げる。調子に乗ってふざけることができたなら、「うむ、下がっていたまえ」などと言って迷子になってやったところだが、とてもそんな雰囲気ではない。
ライゾウを振り返った。
馬鹿みたいに口をポカンと開けている。
心の中で舌打ちした。その表情は、俺の方がしたかったからだ。
ドアが開いて、黒髪長身の美人が現れた。
「あらマリン、お客さま?」
美人さまはお姉ちゃんに微笑みかける。うむ、大人の貫禄と余裕が漂っているな。
「はい、オーク駆除の……」
「鉄砲猟師のカムイです」
「オイラはライゾウ」
とりあえず名乗ると、美人さまは「あらまあ」という顔をした。
「はじめまして、チームしおからのお二方。私は室長秘書のアドリアです」
現金なものというか年頃のスケベ心というか、ライゾウはうっとりした眼差しで、「ほう……」とため息をついている。
そしてまたもや俺は、心の中で舌打ちした。そのため息もまた、俺がもらしたいものだったからだ。




