依頼・漸減邀撃
短め更新です
店に帰ると、店舗の留守番はライゾウひとりだった。
「おう、デコはどうした?」
「帰るなり、さっさと部屋にこもっちまったよ」
ライゾウもちょっと不機嫌だった。
「だってデコの奴、急に不機嫌になってオイラに当たり出したんだぜ。……そりゃねぇよなぁ」
唇をとがらせている。
俺はその肩を叩いた。細身だが、みっしりと隙間の無い筋肉の束が、手のひらに感じられる。
マスターきららの手によって、マミは自室に運ばれた。マミはライゾウに対して、「ただいま帰りました」と、弱々しく微笑んでいた。いつもなら、「どうした、マミ姉」と飛びつくところだろうが、マスターきららの迫力あるニラミが、それを許してくれなかったのだ。
だから、余計にスネている。
マミの部屋から、マスターきららが戻ってきた。
「ごめんなさいね、二人とも。今回はマミちゃんもフランカさんも、ちょっと重たいみたいなの」
「重たいって、何が?」
「生理痛よ」
これにはライゾウも、少し遠慮の態度を見せる。
「……そんなに酷いのか?」
「体調や体質によるわね。特にマミちゃんは、なれない猟師仕事に目一杯だったから、余計に大変みたい。……だからライゾウ君?」
「おう……じゃなくて、はい……」
「二人のことは気にしないであげて?」
結わえたおかげで頭に張りついた髪を、ライゾウは小指の先で掻いた。
「ん……マスターがそういうなら……」
ここも非常に素直なものだった。
時刻はこれから夕方へ向かうところ。夕方のカモをやるなら、急いで支度をした方が良い。
「ん〜〜……今日は気分が乗らないな」
誘ってみたが、ライゾウは気の無い返事。
「じゃあ俺もやめておくか。鉄砲の手入れを、ちょっと念入りにやりたいしな」
「あ、オイラも付き合うよ」
「じゃあ私は、工房で作業してるから」
マスターきららは奥へ姿を消した。
特に客も無く、日は夕暮れへと傾き、ランプの明かりが欲しくなる時刻。
「失礼します」
来客だ。ギルド職員の腕章をつけている。
「オーク対策室室長、ギルド職員のワイと申します。こちらに『チームしおから』のリーダー、カムイさんがいらっしゃるとうかがいましたが」
「カムイは私です」
さすがギルドの対策室長、若い男だったがなかなかの挨拶だ。
店舗の椅子をすすめると、ワイと名乗った男は一礼して腰掛けた。
「なにか私に御用でしょうか?」
つい俺も、よそ行きの言葉遣いになる。
「先日ゴブリンの調査を自発的にやっていただき、報告まであげていただきまして、まずはお礼を申し上げます。ありがとうございました」
「いえ、ギルドに協力するのは冒険者の義務ですから」
半分本当、半分は嘘だ。冒険に関する逐次報告は、一応義務になっている。しかし、苦労して見つけた薬草の群生地や鉱物の在処などという情報は、冒険者個人の財産である。いちいち真面目に報告する者はいない。
ただ、自分たちの手に負えない事案が発生した時だけ……この場合はオークの群れの発見……恥ずかしげもなくギルドに泣きつくのだ。もちろん俺だって、そうして生きている。ただ単に、薬草の群生地や鉱物の在処、あるいは抱え切れない宝石を飲んだ宝箱の位置などに、縁が無いだけだ。
「早速本題に入らせていただきますが、今回はオークの群れを発見されたそうで」
「直接は見ていません。痕跡から群れの存在を察しただけです」
「それでもかまいません」
ワイと名乗った男の唇は、酷薄であった。
「ギルドでも調査隊を出して、その位置と数をおおむね把握してますから」
地図を出してきた。マミの記したものほど詳細なものではないが、それでも良い地図だった。
「……五の山に、二重丸がついてますね」
そこがオークのねぐらだというのは、容易に推察できた。
「えぇ、ここがオークたちの拠点。数は二七います」
予想通りの答えと、予想以上の答えが返ってきた。
オークの数が増えている。
そのことは予想以上だった。
「なるほど、素早い調査ですね」
「ギルドですから」
「いえ、あまりに早すぎじゃありませんか? 俺がオークの報告を出したのは、昨日のいま頃だ。それを五の山まで調査するなんて、普通じゃ考えられない」
「プロを雇いましたから。偵察の専門家、攻撃は一切不可能。ただし、速度と探索に能力のすべてを割り振った、まさにプロフェッショナルをね」
「なんでもいるんですなぁ、ギルドには」
「ギルドですから」
ワイは同じ言葉を返してきた。
ライゾウがコーヒーを煎れてくれた。俺はブラックのまま飲む。ワイは砂糖をたっぷりと入れていた。
「それで、ワイさん。我々チームしおからに、どのような御用で?」
ミスター・ワイは、口元のコーヒーをハンカチで拭った。
「カムイさん、オークの数を減らしてもらえませんか?」
「対策室が設けられているということは、近々討伐隊を派遣するんでしょ? そちらにまかせた方が確実だ。俺たちも参加申請している」
ワイは何か言いたそうな眼差しを、俺に向けていた。そのくせ、口元はまったく動かない。そしてこの男は、まったくまばたきをせずに、俺のことを見詰めていた。
「……カムイさん。あなたはオーク五〇頭を駆除した時の話を知ってますか?」
「あぁ、覚えている。あれは死闘だった」
「カムイさんは実体験として御存知なんですね? 大変結構なことです。私は資料でしか知りませんから」
なにかこう、いちいち癪に触る物言いだ。
「ではカムイさん、あの時の駆除でどれだけの被害が出たか、御存知で?」
「現場を体験したものですから、後の資料には目を通してませんでした。どれだけの被害が出たんですか?」
「戦士、魔導師の参加者が、三割ほど戦闘不能になりました。……何故だと思います?」
「さあ? 俺は実践者であって、研究者ではありませんから」
ワイの口角が吊り上がった……ように見えた。
俺はすでに、この男は回りくどいように見えて、その実かなりダイレクトな人間だと踏んでいた。
「……カムイさん。あの時の資料を漁ってみた結果、当時はバカ正直に正面対決を挑んだことがわかったのです」
「正面対決の何が悪いのですかな?」
瞬間的に感情が沸騰した。資料を漁っただけの若造に、あの戦いの何がわかる! と叫びたくなった。
「怒らないで聞いてください、カムイさん。正面対決をする前に、敵の勢力を削っておくべきだ、と言っているんです」
「それは確かにそうですね。五〇の敵と正面対決するより、三〇の敵と正面対決する方が、被害が少ないに決まっている」
「カムイさん、漸減邀撃という言葉を知っていますか?」
ゼンゲンヨウゲキ。
もちろん無学な我が身には、縁の無い言葉だ。
「決戦前に、相手の勢力を削れるだけ削る、という意味です」
「それを『チームしおから』にやれ、と?」
「なにか問題でも?」
ワイの瞳は硝子玉のように、人間味が無かった。




