エルダさんとラウロ君
そして翌日、マヌエル氏とアダム氏によるキジ撃ちのシェルパの日だ。
というのは表向き。マヌエル氏の娘エルダさんと、アダム氏の息子ラウロ君をくっつける、いわばお見合いのようなものだ。
まあ、エルダさんの方はラウロ君に対し、すでに首ったけな状態。彼の趣味がハンティングだからって、手にしたこともない鉄砲を「私も趣味です! 気が合いますね」なんて言っちゃう始末。
それでも予行演習というか、俺のテストでどうにかキジを落とせるくらいになったから、あとは若い二人にまかせて……。
「……親分、どうしましょう?」
「ん? どうした、マミ」
ギルド庁舎前、にこやかに握手を交わすマヌエル氏とアダム氏。その陰にかくれたエルダさんは……目を見開いていた。
「まばたきひとつしないんですよ……」
「なんか瞳孔が開き切って、全開状態なのな」
ふむふむなどとアゴを撫でながら、マスターきららが割って入ってきた。彼女はマヌエル氏側の弾込め係として同行している。アダム氏側も鉄砲職人も同行させていた。
「マミちゃん、これはマズいわね」
「どういうことですか、マスター?」
「エルダさん、愛しのラウロ君を見て緊張しまくっちゃってるのよ」
「そんなぁ……」
マミは情けない声をもらす。エルダさんは努力を見せてくれた。ラウロ君のために。エルダさんは好きでもないハンティングに、懸命に取り組んでくれた。ラウロ君のために。
そしとその努力が、今日、花開くはずだったのに。肝心の本番で緊張しまくり之助なのだ。
「いいじゃないの、初々しくて。可愛らしいわぁ」
「マスター……あんた、他人事キメ込んでるでしょ?」
「親分! あっちはあっちで、また大変です!」
今度は何さ? マミの指差す方を見ると、ラウロ君もまた目を見開き固まっていた。
「あんれまぁ……どうしよっか、マミ?」
「どうしよって、そこは親分の年の功というやつで、ひとつ……」
「いやいやここはマミの、少年少女の気持ちを推し量る、若い感性ってやつで……」
「親分、それはいまだに彼氏の一人も作れない、私に対するイヤミですか?」
「ハッハッハッ、君こそ独身四〇年を貫き通す俺に、期待しすぎだぞ?」
「やめてくれるかな、二人とも。その手の話は私の胸に突き刺さるわ」
マスターの一言で、醜い争いは終止符を打たれた。
しかしだ。
「本当に、どうしましょう、親分?」
「とりあえずラウロ君は俺が担当するか。マミはエルダさんを頼む」
「了解しました!」
さてここで、まずはマヌエル氏とアダム氏に、シェルパとしての挨拶を。マヌエル氏は先日のテスト狩猟の話を持ち出して、俺の技量が確かだと保証してくれた。するとアダム氏の目が輝く。これは猟果が期待できるぞ、ってね。
若い二人もこれくらい簡単にいけばいいんだが……。
端から見たって、お互い好き合っているってのは丸わかりなんだから、サッと行ってガバッとやってブチュッとしちまえばいいのに。
……ま、そんな簡単に行ったら俺も独身じゃねーよな。
とにもかくにも出発だ。こんな場面で頼りにしたいライゾウとデコは、仲良くカモ撃ち。今頃は部屋に帰って、早起き分を取り返すべく仮眠の最中だろう。
不安を抱えたまま、早速コジュケイのラウンドに入る。
ここで困ったことが起こった。俺は依頼主連中、つまりオッサンを相手にしなきゃならない。必然的にラウロ君とは距離を置くことになる。
う〜〜ん……より積極的にラウロ君と言葉を交わしたいのだが。
ちょっとあしらう感じでオッサンたちに対応してると、マヌエル氏が気をきかせてくれた。
「どうしたのかね、カムイさん。なにか気になることでも?」
「いえ、俺があまりにもこちらにいると、ラウロ君が一人になってしまうから」
本来の話し相手、エルダさんはマミにべったり。マスターもあっちの鉄砲屋さんもポーターも、ラウロ君の相手はしていない。
「それはいけませんなぁ、カムイさん。是非あなたが、ラウロ君の相手をして上げてください」
「いやいやマヌエルさん。そこまで気を使われては、息子が自立できなくなってしまいます」
アダム氏がスパルタンな方針を打ち出すと、マヌエル氏は片目をつぶって笑った。
「アダムさん、助け船は必要ですよ、特に若い方々には」
「なるほど、それもそうですか」
父親というのは、なかなか子供たちを見てやれない生き物だ。だがしかし、だからこそ、こうした機会には気を回してやるのだろう。
「行ってやってください、息子のもとへ」
「では失礼します」
アダム氏の言葉に甘えて、俺は後ろにさがる。
「や、ラウロ君」
「あ、ども」
少し手持ちぶさただったのだろう。ラウロ君は少しホッとした表情を見せた。
「なかなか使い込んだ鉄砲だね?」
「昔、父が使っていた物を譲り受けたんです」
ほほう、言葉遣いもしっかりした、真面目そうな少年じゃないか。
「キジ撃ちは、ずいぶんこなしてるのかな?」
「まだまだ初心者ですよ。父には及びません」
アダム氏の技量を、マヌエル氏と同等に設定したとして……アダム氏は、ボウズにならない程度の腕前と推察。ならばラウロ君、こちらはまともに当てれない初心者、ということになるか……。
実際に撃ち落としたキジは、まだ二羽しかないと気弱な笑みを浮かべる。
「心配いらないよ、キジ撃ちの鉄砲は近距離用。そんなに離れないうちに、弾が開くんだ。飛んだキジにサッと銃口をむけて、パッパッと弾幕をかける。するときれいに弾幕の中へ、キジが飛び込んでくれるさ」
サッときてパッ、というフレーズが気に入ってくれたか、ラウロ君の表情はさらに明るくなる。
「さあ、まずは小手調べ。コジュケイのラウンドで開幕だ」
マヌエル氏とアダム氏のはからいで、まずは若い二人から発砲することになった。
犬係がリードを解いた。セッターたちは一度飛び出して、それから近くのボサで臭いが嗅ぎとる。
マスターきららたち鉄砲係は、この間に銃口から火薬と弾を詰め込んで、雷管をセットする。
犬たちの動きが止まった。尻尾をピンと張って、小刻みに震わせている。犬係は、「まだまだ」と犬たちを止めていた。
静かに足音をひそめ、若い二人とともに配置に着く。目だけで矢先に人がいないか、危険はないかを確認する。
ラウロ君とエルダさんは、鉄砲を立てて「控え」の姿勢だ。
「それじゃあエルダさんの号令で、犬を飛び込ませてください。いつ鳥が出るか、わかりませんからね?」
耳栓をした二人は、神妙な面持ちでうなずいた。俺も耳栓を入れる。
「よ〜〜し……それじゃあ、ゴーッ!」
犬たちが飛び込んだ。ボサの中をグネグネと巡っている。コジュケイたちも走って逃げ回っているのだ。
二人の横顔を盗み見ると……。うん、いい具合に集中している。犬の航跡を追うでなく、全体に視線を向けている。
そして、フラッシュ……羽ばたいた。三羽だ。
レディファースト、まずはエルダさんが撃つ。二度発砲して……やった、一羽撃墜!
最後の一羽はラウロ君。こちらもパッパッと弾幕を開く。お見事、撃墜に成功だ!
大人たちは拍手した。もちろん俺もだ。犬係がコジュケイの回収を命じる。そして獲物を二人に渡すと、もう一度拍手が湧いた。
二人は息絶えた鳥を目の上に掲げ、少し頭を下げる。それからうやうやしく、荷馬車の上で釜番をしていたポーターに、宝物を預けるようにして渡した。
「おめでとうございます、若さま、お嬢さま。きっと極上のランチに仕上げますんで、期待しててくださいね」
ポーターも帽子を脱いで、獲物に礼を尽くしてくれた。
「よかったね、二人とも。見事な射撃だったよ」
まだ頬が紅潮して、興奮冷めやらぬ表情だ。いや、夢見がちと表現した方がいいかもしれない。
が。
我に返ったエルダさん。
「あ、あの、その……おめでとうございます……」
またもやギクシャクした動きに逆戻り。壊れた人形みたいに頭をさげている。
「あ、いやそちらこそ……お、おめでとう……」
ラウロ君の返事も待たず、逃げ出したエルダさん。マミの背中に隠れてしまう。
もしかしたら。
これは無理に二人の距離を詰めたりしなくても、良いのではないだろうか? 二人には二人の距離があり、二人には二人の歩む速度がある。
一足跳びなんかでなくていい。大人たちからすれば焦れるような速度でも、二人なりの速度が良いのかもしれない。




