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転ばぬ先の下準備で転ぶ男


 尾根ではオークたちが残した体毛を、あちこちで発見できた。それらをハンカチに包み採取する。ギルドに提出する証拠として集めているのだ。

 マミは四の山に残された、オークたちの痕跡を丁寧にマッピングする。その時には、マミの測距魔法が有効に働いた。実際の距離を縮小して書き込んだおかげで、綺麗なマップが出来上がったからだ。

「さすがマミ姉、こんな綺麗な地図、売り物でもそうそう無いぜ」

 早速ライゾウがほめている。

「しかもおねえさまなりの所見が書き込まれて、親切この上ない地図になってるわ! これなら冒険初心者も安心ね!」

 デコも負けていない。実物は見てないが、きっと二人が絶賛する通り。すごい地図になっているのだろう。

「ねーねー、こんなお絵かきしてて、アタシたちの住む場所、ホントに取り返せるの?」

 そしてお勉強が苦手そうな妖精は、地図の価値をまったく理解していなかった。

「リンダさんにはわからないかもしれないけど、この地図はとても重要なんですよ。鉄砲の弾がどこまで届くか? 弓矢がどれだけ有効か? この地図を見れば、一目瞭然なんですから」

「へぇ〜〜……人間って不便なのね。もっとすごい魔法が使えるかと思ってたのに」

 ……マミの魔法はこれしか無いというのに、子供というのは容赦が無い。だがマミは気にするでもなく微笑んでいる。

 マミのマッピングが済んだら、さあ下山だ。なりふりかまわず山を降り、また山を登る。おかげでまだ日のあるうちに、ギルド庁舎に飛び込むことができた。

 情報収集課の受け付けに立つ。男性職員が事務的に対応してくれた。

 今回の事案はゴブリンそのものを駆除するのではなく、奥の山にたむろするオークを駆除するべきだと主張した。大量の体毛と、マミの描いたマップを提出。マップに関しては、すでにもう一枚複写してある。

「……どうだろう? ギルドはゴブリン駆除を、オーク駆除に切り替えるだろうか?」

「わかりませんね。私はあくまで受け付けですから、ギルドの方針決議には関与してませんから」

「それもそうだな」

「ですがこの資料は、すぐボスに提出します。なんらかの反応があると思いますよ。なにしろオークの群れなんですから」

「早急に願いたいね」

「善処します」

 マミの肩の上で、妖精が「さっさと対応しなさいよ!」とか、「お役所対応反対っ!」などと騒いでいたが、俺たち以外には見えないように魔法を使っている。おかげで誰一人、リンダの声に耳を貸す者はいない。

 ギルドを後にしたら、まずは銭湯。体と清め衣服を改めると、マミは雑貨屋に出かけた。妖精に金平糖を買ってやるためだ。

 俺たちは洗濯。明日はマヌエル氏のガイドをしなければならない。

 そして夕食。マカロニをトマトソースで和えたものに、チキンのソテー。サラダとスープをみんなで囲んでいる時だった。

「オークの群れ?」

 今日の戦果報告に、マスターきららが食いついてきた。

「はい! 妖精さんが教えてくれました!」

「ほほう……そしてその妖精とやらは、マミの肩に止まっているのが、そうなのね?」

「はい、リンダさんと申します!」

「アタシがリンダよ! 今日からマミと一緒に暮らすわ!」

 いつの間にそんな話になったやら。おそらくは風呂の中の話なのだろうが。

「それはかまわないけど、あなたは何か魔法が使えるのかな?」

「リンダさんは幻術を使えるんですよ」

「なるほどなるほど、じゃあモンスターを探すのに有効な魔法なんかは、使えるかな?」

「魔法なんか使うまでもないわ!」

 妖精はエッヘンと胸を張る。

「アタシたち妖精は最弱だから、いつもビクビクしながら暮らしてるのよ! 魔法を使わなくても、気配だけで化け物の存在がわかるわ!」

 んなことで胸張るなや。

 心の中でだけツッコミを入れる。

 妖精はテーブルに降りて、マミから食事を分け与えられていた。

 お前さっき、金平糖たべたんじゃないのか?

 またまたツッコミを入れてしまう。

「それにしてもカムイさん、ゴブリン駆除がオーク駆除に格上げですか」

「まだ決定じゃありませんよ」

「でもあなたの目は、最悪の事態に備えた緊張感が漂ってますよ?」

「やっぱりやるのかしら、オーク駆除?」

 デコはナイフとフォークを止めた。

「お前は『やるものだ』と考えて準備しておけ。マスター、フランカ用のスラッグは、何発手に入りますか?」

 今日なら二発、三日待てば六発増えるとマスターは答えた。スラッグに限らず、薬莢式装弾はすべて近所の錬金術師……便利な発明屋さんに発注していると、マスターは言った。

「……錬金術師か」

 ライゾウは複雑な顔をする。錬金術師という人種が苦手だと、以前もらしていたのを思い出す。

 錬金術師という職業は、理屈や理論で成り立っている。ライゾウは野生児。別な言い方をすれば、感覚とか勘を主体に判断するタイプだ。

 子供の頃錬金術師に意見したら、理解不能な理論理屈でやりこめられ、敗北感を刻みつけられたことがあるらしい。

「あぁ、それなら心配ありませんよ、ライゾウ君。あの錬金術師は私の子分ですから」

「あんた善良な錬金術師に、なんかヤッたんですか?」

 先手を取ってツッコむと、マスターは不満そうに口をへの字に曲げた。

「なんかヤッたって、人聞きが悪いですね。彼とはちょっとポーカーで遊んだだけですよ」

「出たな、理論を超越した天才ポーカー」

 俺の知る限り、マスターはギャンブルで負けたことが無い。おそらく錬金術師はマスターきららに、泣きと詫びを入れたに違いない。

 それはそれとして。

「で、カムイ。オーク駆除では、あたしのスラッグが有効って考えてるのね?」

「あんな頑丈なブタの化け物、できれば近づきたくないからな。長距離でも有効なスラッグを、是非とも活用したい」

「なるほど、そうすると……」


 距離感が掴めないフランカ。ほとほと困り果てているところへ、マミがお手伝いにくる。

「どうしたのかな、フランカさん?」

「あ、おねえさま! ……実はあのブタを狙いたいのですが、距離感が掴めなくて……」

「それならマミにおまかせです! しゃらんらぁ〜〜♪ ……と、距離は八六メートルです、フランカさん」

「あ、ありがとうございます、おねえさま」


 フランカの妄想終了。

 まあ、個人が頭の中で考えることだ。そこは自由の園であり咎めることはできない。

 しかしその妄想が口から駄々漏れになっていて、しかもだらしない顔でうっとりとされたら、これはもう迷惑行為でしかない。

「そして二人の間には、禁断の姉妹としての絆が結ばれるのよっ! キャーもう馬鹿スケベ!」

「馬鹿はお前だろ」

 さすがにライゾウがツッコんだ。

「なによ茶色、乙女の白昼夢に土足で踏み込まないでよ」

「いやお前、全部口に出してるから」

「あら、これは失礼」

 こんなんで大丈夫かよ? これでもオーク駆除では、チームしおからの主力を勤めるんだぜ? どうにかしてくれよ……って、どうにかしなきゃならないリーダーは、俺だったか……。

「でもカムイさん、フランカさんの妄想も、あながち間違いじゃないわね。駆除隊鉄砲班の成果は、フランカさんの腕にかかってるわ」

 マスターきららは苦笑いしながら言った。

「なあマミ、その妖精は偵察なんかもできるのか?」

 マミは妖精と言葉を交わし、「できるそうですよ」と答えた。

「それじゃあオークの群れの中で、ボスとかリーダーを見つけてくれるよう、頼んでもらえるかな?」

「報酬は?」

 妖精は直接俺に訊いてきた。

「何が欲しい?」

「ハチミツよ、このくらい大きな瓶に入ったやつ」

「よし、まかせた。明日の晩飯までには、一度戻って来いよ」

「わかったわ」

 妖精は姿を消した。

「……ダンナ、本腰入れるつもりだね?」

 ライゾウはナイフとフォークを置いて、ナプキンで口元を拭った。

「あぁ、一発かましてやろうと思ってな」

 妖精にオークのボスを探させたのは、もちろん敵の出鼻を挫くためだ。これはギルドの方に強く申し出て、俺たちがゲリラ的に動けるよう進言しておかなければならない。

 初っぱなからフランカのスラッグでボスを倒し、オークたちを混乱させるのだ。

「でもカムイ、あたし来週は都合が悪いわよ?」

「え? 何をいまさら……」

 あの、実は……と、マミもこっそり手を上げた。

「私もちょっと、山には行けません……」

「ブルータス、お前もかっ!」

「仕方ないじゃない! 都合が悪いものは、都合が悪いんだから!」

「カムイさんカムイさん……」

 マスターきららが袖を引いてくる。

「女の子には都合の悪い日があるんですよ」

 どうやら二人は、来週揃って生理らしい。


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