山は死にますか?
三の山、北側斜面をゴブリンたちに気付かれぬよう、静かに静かに降りてゆく。途中至るところにゴブリンたちの痕跡を目にした。この斜面を生活の根城にしているらしく、かなり活発な活動を想像させる痕跡だった。
そして小さな沢を渡り、四の山に入った途端だ。
「……なるほど、こりゃゴブリンが嫌がる訳だ」
十二インチはあろう、ブーツの足跡を発見した。
もしも魔軍というものが存在しているのなら、奴らオークはその一員と見て差し支え無いと思う。なぜなら奴らはブーツを履きズボンを履き、革の鎧を着こんで刀を振り回すからだ。豚面人躯というのは伊達ではない。それなりに発達したモンスターなのだ。……ただ、それらの道具は上位のモンスターから譲り受けたものか、はたまた人里から盗んできたものか、オークそのものはたいそう頭の出来がよろしく無い。頭はとても悪い。自分たちの欲望に忠実すぎるモンスターなのだ。さすがブタの化け物、妖精に馬鹿扱いされるのもうなずける。
まあ、馬鹿で体力があって自分たちの欲望に忠実すぎるモンスターなど、迷惑通り越して害悪でしかない。国が傾く、滅びるまで農作物を荒らされるという俺の危惧も、理解いただけるのではないかと思う。
「ダンナ、あれ。……見えるかい?」
ライゾウが指差した。よく見える。斜面が一部掘り起こされて、簡単に言うと荒らされているのだ。もちろんこんな真似をするのは、オークどもであろう。地面を鼻で掘り起こし、地中の虫やその幼虫、あるいは草花の球根を食べた跡なのだろう。
「マミ、わかる? ここからじゃわからないけど、ブタの荒らした跡は、この山のあちこちにあるんだよ」
マミの肩に止まった妖精のリンダが、悔しそうに親指を噛んだ。
「アタシたちが楽しみにしていた、蜜がたくさんとれる花も、ほっぺたが落ちそうになる甘い果実の成る樹も、みんなあいつらが荒らしたんだ」
「む〜〜……それは困りましたねぇ……。どうにかならないんですか、親分?」
「俺たちにできる事と言えば、武器をそろえ人数を集めて、奴らを駆除することだけだ」
言葉が通じるならば、話し合いができる。約束ができるなら、利益を分かち合うこともできる。だが残念なことに、奴らは言葉が通じない。そして約束事が守れないから、話し合いにならない。利益を分かち合うことなど、夢のまた夢だ。
そうなると我々人間としては、自分たちの領土を守らなければならなくなる。
オークを滅ぼすのではない、駆除するのだ。二度とこのような、迷惑な集団を形成しないように、数を減らすしかない。そして人間の領土に近づかせないようにする。これしか策が無いのだ。
「ちょっと、カムイ。山に入ったら途端にブタと御対面、なんてことにはならないでしょうね?」
「奴らにとって、今は真夜中。グッスリ眠る時間だ、お見合いは無いよ。それに奴らの拠点は、次の五の山か六の山だ」
斜面を登る。そしてオークが掘り返した跡を指差した。
「見ろ、掘り返した土が乾いてるだろ? 数日前に掘り返した証拠だ」
少なくとも、これはマミと出会う前に掘り返したものだ。一度も雨を浴びた形跡が無い。マミと出会ってからこっち、雨は降っていない。
「なるほど、そうやって山を読むのね?」
「これだけじゃない、足跡に水たまりができているかどうか、踏まれた草はどんな感じか。そういった様子からも、山は読める」
「あーもーうっ! 難しい話はあとにして、早くオークをやっつけてよっ!」
リンダがマミの髪を叩いていた。こいつ、人さまから金平糖をせしめる身分のくせに、人間さまに指図する気かよ。
「妖精の言うことももっともだな、ダンナ。先を急ごうぜ」
ふむ、山では時間が限られていることだし、ライゾウの言うことも確かだ。
「よし、レクチャーはここまでにして、先を急ぐか」
水筒の水と乾パンで胃袋を騙しながら、斜面への挑戦を再開する。とはいえ、山慣れしたライゾウはともかく、女二人の体力も考慮しないとならない。行軍はゆっくりしたものだった。
そして尾根。
尾根の荒らされ方は、斜面の比ではなかった。ひどいありさまだ。巨木まで倒されている。
「……なんて酷い」
マミは絶句した。
無理もない。この山はすでにオークの縄張り。オークだけしか住めない、死の山になっていたのだ。
「……ね、これってマズくないの?」
「マズいどころの話じゃないさ。他の生き物が住めなくなってんだからよ」
デコの質問には、ライゾウが答えた。
そしてマズいのは、そればかりではない。このままオークの跳梁を許しておけば、樹は枯れ山は崩れてゆく。沢に流れた土砂は水を濁し、流れをせき止める。雨のたびに山は削られ、水を蓄える樹の根もなく、支えを失い姿を変えてしまう。
なにもかもが、滅んでしまうのだ。
山が滅びることは、人間の絶滅をも意味しているのだ。
「……………………」
お人好しを絵に描いたようなマミが、唇を噛み締めていた。この娘の過去は、本当のことを言うて、よくは知らない。俺の知っているマミと言えば、他には飢えと寒さを知っていとかる、そのために弟を失っているとか、その程度でしかない。
だが、それだけで充分なのかも知れない。
それほどまでに、マミの雰囲気は張り詰めていた。
「……親分」
「だ〜〜め!」
ポコンと頭を叩いてやる。
「な、なにするんですか親分! ひどいです〜〜!」
「お前いま、私も鉄砲を撃つ、って言おうとしただろ?」
「は? わ、わかるんですか、親分?」
「当たり前だろ、タレ目のマミがまなじり決してんだから。……だけど、ダ〜〜メ!」
「なんでですかっ、親分!」
「お前さ、オークのことが憎いって思っただろ?」
「だって、リンダや仲間たち、ゴブリンのことだってひどい目に逢わせてるんですよ!」
「だからオークを殺すのか?」
うん、我ながらひどい言い方だ。もう少し言い方ってもんがあるだろ、とは思う。
だがしかし、だ。
「いいか、マミ。お前が妖精に肩入れして、オークを撃つ。それはお前の弟を死に追いやった、飢えの原因を作った者たちを撃つってのと、大差は無いんだぞ」
「……………………」
不満そうな顔をしてるな。そりゃそうだ、こんな物言いで納得しろって方が無理だろ。
「いいかマミ、鉄砲を手にするのは感情を捨てた時だ。そうでなければ、判断を誤る。きっとお前は、生涯後悔し続ける一発を撃つことになるだろう。……奪った命は、二度と戻らないんだ」
それに、オークとて生きている。この山で生きている以上はこの山で果たす役割があるはずだ。そう簡単に滅ぼしてはならない。オークを滅ぼすことによりどのような弊害があるか? それは学者くらいにしかわからないし、学者の言うことだってまま外れるもんだ。
「そんなにガッカリな顔しなさんな」
またもやポコリと頭を叩く。
「今は誰かを救うことができないかもしれない。今は何の力も無いかもしれない。だがその気持ちを忘れず鍛練を積み、心あくまで正しければ、誰かのために何かできる日が来るさ」
ライゾウとフランカに目をやる。
「今日のところは、仲間にまかせておけ。頼りになる連中だぞ」
ここぞとばかり、デコはソソソとマミに寄り添う。
「そうですよ、おねえさま。頼りになるのはおねえさまのイチの味方、このフランカ・フランキです。あのわからず屋の独身オタンチンなんかではありません!」
「このガキゃ、好き勝手ぬかしやがって」
「乙女心もわからない独身男には、舌でも出しておけば御の字です! ほれほれ、アッカンベ!」
畜生、くやしいがマミのケアは、デコにまかせた方が良さそうだ。咎めておいてなんだが、今のマミには無償の味方が必要だ。
するとライゾウまで、スススとマミに寄り添った。
「悪いけどダンナ、今回はオイラもマミ姉の味方だよ」
「おっ? 俺、孤立かい? 味方無しかよ? 自分がリーダーなのに、なんですかこのアウェイ感はっ?」
鉄砲よ、お前はわかってくれるよな? 男の掟、猟師の厳しさ。聞いてくれよ、俺のブルース。
ちらりと盗み見れば、デコは「ざまぁ」という顔をしている。ライゾウは笑っていた。そしてマミは……?
よかった、マミも笑っている。
だらしないリーダーだと笑うだろうが、凡人の俺にはこれが限界だ。




