冒険者は卑怯なりけり
オーク一頭の脅威が、どのくらいのものか? 分かりやすく説明しよう。
オークが一頭いれば、一晩で農家が一軒全滅する。畑を荒らされ、その年の農作物がすべて胃袋の中に収まるのだ。
そんなのが、二〇頭以上……。まあ、若い頃に経験した危機よりは少ないが、それでもオークは脅威の対象だ。
一晩で二〇戸の農家が消滅する。二晩で四〇戸。七日間で考えると、フランキ侯爵の領地が傾くダメージだ。
その脅威を知っているライゾウは、茶色い顔を青くしていた。そしてデコに耳打ちする。するとデコも、顔を青くした。
「……マミ、そのブタの化け物たちがどんな動きをしているか、妖精に訊いてくれ」
喉がカラカラだった。ようやくの思いで声を出した。それくらい、俺も追い詰められていた。
つまり、ブタの化け物たちは国を傾けるくらい、恐ろしい存在なのだ。
その緊張感が伝わっているのだろうか? マミの表情は相変わらずゆるい。ゆるい顔のまま、妖精に問いかける。
「そのブタの化け物たち、これからどうするつもりだと思いますか?」
「どんどん縄張りを広げるつもりよ! 仲間を集めてるみたいだわ!」
ということは、三〇頭くらいいるのか? それはどこに? そしてどっちに向かって縄張りを広げているんだ?
「それは、人の里に向けて、縄張りを広げているってことかな?」
「いずれはそうなるわね! だって、人里にはたくさん食べ物があるもの。それに奴らが人里に向かってなければ、アタシもゴブリンも、こんなに人間に近づいたりしないわよ!」
ポケットをまさぐった。コインが何枚か出てくる。それをマミに与えた。
「……親分?」
「リンダに金平糖を買ってやれ。素晴らしい情報だ」
クソッタレと言いたいくらいに、素晴らしい情報だ。オークが群れを作っているだと? それも、人里に着くのは時間の問題と来たもんだ!
チームの若造たちの前だってのに、苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。これじゃリーダー失格だ。だけどこんな時、ほかにどんな顔ができるってんだ?
「どうする、ダンナ?」
事態の深刻さを知っているライゾウは、俺に問いかけてきた。
「ギルドに報告するしかあるめぇ」
「だけど、妖精の話だぜ?」
「妖精の話だと笑って、国を傾かせる訳にはいくまい」
「あたしから言うわ!」
デコが名乗り出た。
「少なくとも、貴族と所縁のあるフランキ家の者が申し立てるのよ! ギルドだって無視はできないわ!」
「だがその根拠が、妖精の証言だぞ。お前の家に迷惑がかかる」
「だったらどうすんのよ!」
「それを今、考えてるんだろうが!」
思わず怒鳴ってしまった。子供たちが怯えてしまっている。
……くそ、俺、本当にリーダー失格じゃないかよ。いい年してんのに……。
だが、俺の怒鳴り声もなんのその。心臓に毛が生えたような女が、妖精に問いかけている。
「ん〜〜……オークが人里に攻めてくるのねぇ。……それは困ったなぁ、良い手は無いかしら?」
「あ、いや、人里に攻めるって言ってもいつになるかわからないよ? なにしろ山には、まだ食料がたくさんあるから」
「そっかぁ……じゃあオークたちは、どのくらいの縄張りを持ってるのかな?」
んとんと、と指折り数えて、妖精リンダは答える。
「この山は人里から三つ目の山でしょ? ここの日陰の麓にゴブリンの群れがいて……」
お? ゴブリンの群れはここにいたのか?
「向こうの山の棚に、オークたちはいるのよ? 縄張りの広さは、奥に向かってあと山ふたつかな?」
つまり六の山辺りまでが、オークの縄張りということになる。そのオークが南の縄張りを広げると、人里まですぐそこ。ゴブリンや妖精は、追い立てられるように人里へ逃げてくる、という訳だ。ゴブリンたちが群れを作っているのは、あくまで防衛手段ということになる。なにしろ動く要塞オークたちが、縄張りを冒してくれるからだ。
「ね、リンダ? 私たちがオークをやっつけたら、ゴブリンも妖精も、山奥に帰るかな?」
「当たり前じゃない! アタシたちはなにも好き好んで、人里に近づいてる訳じゃないのよ!」
「……だそうですよ、親分?」
いきなり俺に振るのかよ? 受けの準備なんて出来てねーぞ?
だが人の里を守るためには、ゴブリンよりもオークの群れを倒すことの方が、より確実なようだ。あくまで妖精がソースの情報だが。
「……ゴブリン相手と思いきや、より強力なオークが相手か」
オークはデカいだけあって、ゴブリンよりも頑丈。分厚い皮膚に革の鎧まで着込んでやがる。
つまり、大物用の弾……デコにいたってはスラッグ弾が必要になってくる。
「やりましょう、親分!」
「領地を守るためなら、仕方ないよな、ダンナ」
「ここで立たなかったら、フランキ家の名折れよ! あたしは行くわ!」
まあ待て待て、若者どもよ。
「なにしろまだ未確認。オークの集団を見てなけりゃ、ゴブリンの群れも見ていない。とりあえずこのふたつを確認して、ギルドに報告。俺たちが行動をとるのは、その後だ」
なにしろ今日は偵察オンリー気分。軽い弾しか持ってきてないし、時間もよろしくない。これから六の山まで攻めて、日没前に帰還は難しいだろう。それなりの準備が必要だ。
「マミ、ゴブリンたちの拠点はどこにある?」
もちろん、妖精に訊いてくれという意味だ。
「この山の麓、東側の沢に着いているみたいですよ」
「よし、それじゃあそこの斜面をくだろう。あまりゴブリンを刺激したくない」
指差したのは、西側。比較的ゆるやかな斜面。それから四の山を目指す。
「それにしてもあんた、よくこんな場所まで知ってるわね?」
「ベテラン猟師だからな」
そう、こんな場所まで普通の人間は、足を踏み入れない。木こりや薬草採取の冒険者たちでも、二の山がせいぜい。大物ねらいの猟師たちが、三の山。
では四の山を目指す、イカレた連中とは?
答え:レベルを上げることに必死な冒険者たち。
五〜六年前に、そんな冒険者たちと契約して、六の山辺りまでは入ったことがある。その時の記憶を元にしているのだ。
「へぇ〜〜……でも、そんなにレベルの高い冒険者たちが、こんな町にもいるのね? ぜひとも話を聞いてみたいわ」
「いや、もういないさ」
「なによ、よその街で勇者でもやってるの?」
「俺との契約が切れた途端、全滅した。帰ってくるのが日没を過ぎたんだろうな、オオカミの群れにやられたみたいでさ。遺留品は、一の山の北斜面で見つかった。……あとちょっとで生還できたのになぁ」
当時、彼らの行動スケジュールを管理していたのは、俺だった。一の山を未明に踏破しても、二の山に入る頃には日が昇っているように調整した。どんなに好調でたくさんの経験値を獲得していても、日没には一の山を下るようにしていた。だが事故当日、不幸なことに急な雲が天を覆ったのだ。
辺りは急に暗くなった。野生動物たちの領域が、急速に広がったのだ。その結果オオカミたちは活発に動き出し、惨劇は起こってしまったのだ。
そう、あと少し……。あと少しだけ、帰還の判断が早ければ、この惨劇は避けられたのだが……。
「それだけレベルの高い冒険者たちが、そんなに簡単に殺されるんですか? モンスターでもない、オオカミなんかに?」
マミが不思議そうな顔をした。冒険初心者ならば、普通にそう考えるだろう。わかるわかる。
「マミ、拳闘家……ボクサーは強いよな?」
「はい! とっても強いですよね♪」
「そんな強い拳闘家と俺が、リングで闘ったらどうなる?」
「……私は失業者に逆戻り。親分の菩提を弔って暮らすでしょう……」
殺されるの確定かい。ま、色男には金と腕力は無いものだがな。ここは嫌な気分を取り直してだ。
「そうだな、俺がリングに上がったところで、拳闘家に殴り殺されるだろう。だがマミ、両者鉄砲を持って、山の中で殺し合いをしたらどうなる?」
「食卓にボクサーのステーキが上がります。重量級の選手なら、食べごたえがありますねぇ……」
お前にかかったら、人間でも頭からムシャリなのな? ……まあ良い。本題はそこじゃない。
「そうだ、ファイターにはそれぞれ、自分に合ったリングとルールがある。それをわきまえないで闘った者は、どれだけの強者であっても命を落とす」
「なによ! その場面が冒険者に不利で、オオカミに有利だっていうのっ?」
「なあ、デコ」
ライゾウは大人びた眼差しで、フランカを見た。
「お前がどれだけ冒険者を尊敬しているか知らないけどさ、オイラたちが野生動物やモンスターを仕留めることがでかるのは、寝込みを襲うからなんだぜ」
「その通り、フランカ・フランキ。お前が鉄砲を抱いて寝たとして、グッスリ眠った頃合いに襲撃されたら、反撃できるか?」
「……うっ……クッ……!」
「無惨に殺されるだけだろ? 人間がモンスターを退治するのは、敵の寝込みを襲うのが常套手段なんだ」
それに逆らった者は、死ぬ。そういう想いを込めて、若い猟師に向き直る。
「わ、わかったわよ。猟師……人間はどこまで行っても卑怯。そうしなければ生きていけない。肝に命じておくわ」
これから先お前がマミと行動を共にし、俺の指示に従うのなら、卑怯な指示はいくらでもする。それがリーダーの責任だからだ。
悔しければお前もリーダーになれ。俺の気持ちがわかるはずだ。
「よし、じゃあ行くか」
俺たちは四の山を目指した。




