スラッグ
ドリームな弾wが姿を現します
室内の空気が、硬く厳しくなった。マスターきららはデコの鉄砲をこと細かくチェックしている。外観、鉄の鍛えと質。グリップの握りと全体のバランス。銃口のクラウンと呼ばれる、発射ガスの踏ん張り場所。
そして鉄砲を折る。射手側から銃腔を除き込んだ。撃鉄は起こしてある。薬室に空薬莢を入れて、鉄砲を組み直した。二つある引き金に指をかけ、重さを確かめながらそれぞれ引いた。
ふたたび鉄砲を折り、空薬莢を抜き出す。これは撃針を痛めないための工夫なのだ。
またもや銃腔をのぞき込む。
「……………………」
無言だ。
マスターきららだけではない。ライゾウもマミもデコも、固唾を飲んで見守っている。
マスターきららは、また鉄砲を組んだ。そしてそのまま、じっと何かを考えている。とてもではないが、声をかけられる雰囲気ではない。
が、目を覚ますような唐突さで、「眼福でした」と鉄砲を返す。
「さすがマスター・アンジェロの鍛えた逸品。素晴らしいものでした」
「ですがマスター」
デコもマスターと呼ぶようになった。
「父とマスターきららが、同じ時期に同じ元折れ式薬莢鉄砲を作るなんて、不思議ではありませんか?」
「あぁ、なるほど。フランカさんにとって、お父様の鉄砲は誇りですものね。似たような鉄砲を私が作っているのは気が気ではありませんよね」
「い、いえ……そのようなことは……」
だが不思議でもなんでもないと、マスターきららは言った。
「何故なら薬莢式鉄砲は、私とマスターアンジェロの共同開発だからです」
お互いに文のやり取りをして、ここはこうじゃないあそこはああだと、あれこれあれこれ。
再装填の簡略化を目標に、意見を交換しまくったということだ。
「そして私たちはもうひとつのテーマ、射程距離の延長というものに、それぞれ取り組んだんです。貴女の鉄砲は、そのひとつの解答。銃身長を伸ばすことで発射速度を上げ、結果的に距離を伸ばす。マスターアンジェロは、そのように考えたのでしょう」
だが俺とライゾウの鉄砲は、銃口……弾の出口をわずかに絞る、狭くすることで飛距離を稼いでいる。
「散弾の特性を活かした作品の完成度、というのなら私の方が上でしょうね。……でもマスターアンジェロが見ていたものは、散弾だけではない……『鉄砲全体』だったんです」
引き出しから、マスターきららは何か取り出した。カウンターの上に並べる。
「なんだい、コリャ?」
「変形したキノコみたいですね♪ 可愛らしいです」
マミの発想はこっちに置いておくとして。
その一粒を摘まんでみた。
「……十二番径よりは小さいな、わずかながらだが」
「さすがカムイさん。これが何なのか、もうわかっているみたいですね」
「一粒弾……スラッグだね?」
「正解。これに糸で尻尾をつけるのよ。そうすると真っ直ぐ弾が飛ぶ、と」
「マスターきらら、それだけであの『当たらないマスケット』が当たるようになるってことなのかい?」
「ライゾウ君やカムイさんの鉄砲じゃダメよ? 出口が狭いんだから。それに既存のマスケットは、みんなマズル・ロード……先込め式の旧式だから、薬莢は使えないわ」
そのキノコ状の弾を先込めするというのも有りだが、実験してみたらあまり精度が上がらなかったとマスターは言う。
そうなると、このキノコ型一粒弾を撃てるのは、世界で一丁ということになる。
……俺は見た。ライゾウも見た。マミも見ている。マスターきららにいたっては、最初から彼女を見ていた。
キノコ弾を撃てるのは、フランカの鉄砲しか無い。
「え? あたし? あたしの鉄砲?」
「そう、距離五〇で握りこぶし半分の範囲に。一〇〇でも十分お釣りがくるだけの精度を持っているのは、貴女の鉄砲だけなのよ」
「わぁ〜〜すごいですね、フランカさん! 親分よりも飛ぶ鉄砲ですよ!」
マミは我がことのようにはしゃぐ。しかし、大好きなマミからの賛辞のはずなのに、フランカ・フランキは己の相棒を見詰めるばかりだった。
「あ、あたしの鉄砲が……お父様の作った鉄砲が、国内最高精度の逸品……」
「その通り、現段階でフランカさんの鉄砲にかなうものは、ファンベルク王国に存在しないわ。私が断言してあげます」
すごいですねぇ、とマミは間の抜けた声。
「親分、このお店に今、最高の鉄砲が三丁もそろってるんですよ! すごいすごい」
「このデコが本当にオイラたちのチームに入ったら、最強の鉄砲隊になるぜダンナ」
「そうでした!」
思い出したように、マミがポンと手を叩く。
「マスターきらら、お部屋は空いてませんか? フランカさん、今夜の宿が無いんです!」
ということで、マスターきららは『定住を前提に』賃貸の交渉をはじめた。マミの時もそうだったが、このデコのことも手離すつもりは無いらしい。
「そうねぇ、お父様……アンジェロ・フランキには、私からも一筆、手紙を書いておくわ」
「重ね重ねありがとうございます、マスターきらら」
「よかったですね、フランカさん。手続きはまだですけど、これでフランカさんもチームしおからの一員です」
「ありがとうございます、おねえさま! あたし、おねえさまのために頑張りますね!」
……一見良い雰囲気に見えたが、マスターきららはコンロの準備を始めていた。マミの左手には、どこから取り出したかウイスキーのボトルが握られている。
「ライゾウ、俺は肉を買ってくる」
「じゃあオイラは野菜だね」
瞳に星をきらめかせ、マミの胸に抱かれるデコは、これから始まる惨事を知らない。
まあ、夢を見ておけ、今ひとときは。どうせこれからチームしおからの洗礼を、イヤでも受けることになるのだから。
そして、三〇分後……。
「回しぇ回しぇ! お酒を回しぇ! もっと回転を上げるにょーーっ!」
「弾丸好調っ急上昇ーーっ! やっちゃえやっちゃえーーっ!」
「ダンナ、モツがいいカンジで唐辛子に漬かったぜ!」
「間髪入れずに投入っ! いけいけドンドンの精神だっ!」
脂をはねて肉が焼ける。麦酒火酒を問わず、酒もまた進む。
「食べるにょろっ、フランカしゃん! 飲むにょろっ、フランカしゃん!」
「しょーしょー、食べる女に不美人無し! 飲む女にゲスは無し! 飲んで食べてマミちゃんみたいに、立派なお胸を築き上げるにょろっ!」
おぉ、マスターきららの両手が、マミの胸をリフトアップしてるじゃないか。しかし、バストはマミも自慢なんだろう。普段はおとなしいクセに、ここぞとばかりオホホとか笑ってやがる。
「おおおおねえさまっ! ふふふフランカにもひとつ、そのたわわな実りを支えさせていただいてもよろしいでしょうかっ!」
「んーー……」
マスターきららには、あれだけあからさまにセクハラタッチを許しておきながら、マミは勿体をつけるように考え込んだ。
「フランカしゃんには、マミのおっぱいはまだ早しゅぎましゅ。まらまら精進が足りておりましぇん!」
「そんな、おねえさまっ!」
マミはボトルを突き出す。
「まずは飲むことからでしゅよ〜〜……」
ウヘヘと笑いながら、デコに絡みついてゆく。まったくもってタチの悪い酔っぱらいだ。
まあ、俺たちにからんでくることは無いから、ゴリゴリ食ってグビグビ飲むことに専念できる。
「飲ってますか、カムイさん?」
マスターきららだ。先ほどまでの酔態が、ウソのように素の顔になっている。
「あぁ、こっちはこっちでボリボリいかせてもらってるよ」
マスターは俺の隣にちょこんと腰をおろす。
「……嬉しそうね、マミちゃん。妹分ができて」
「弟分のライゾウもいいが、やっぱり女の子は女の子同士なんだろうな」
……ふっと、マスターはため息をついた。
「……なるのかしら、マミちゃん」
「ん?」
「いや、マミちゃんは猟師になってくれるのかしら、ってね」
自分は測距要員。マミは常にそう言っている。猟師見習いという言葉は、一度も使ってない。
「マスターはどう思う?」
「わからないわね。挙銃練習は続けてるみたいだけど、あの娘『これをやれ』と命じたことは、素直に続けちゃうタイプだから」
やれと命じられて素直に続ける。逆に言うならば、そこに自発性は無い。
「カムイさんはどう思ってるの?」
「ならなければならないで、そのうち良い縁ができて嫁に行く。それはそれで幸せになれるだろう。猟師になったらなったで、食うことには困らなくなる。それもまた幸せを掴む手段だ」
「案外薄情なのね?」
「さよならだけが人生さ。人との関わりには、あまり固執しない主義でね」
私はマミちゃんに執着するわよ。
マスターにしては、珍しい発言だ。
「あの娘、いいモノ持ってるわ。私の次回作に、なんとしても欲しい逸材なのよ」
「鋭意製作中ってとこかい?」
「八割九割出来上がってるわ。あとはマミちゃん専用に調整するだけ」
いつの間にそんなモノをと思ったが、本体はかなり前から作っていたのだろう。調整とは木製部品を、マミ専用に削ることだと思われる。
「マミちゃんにしか使いこなせない、人類にはオーバースペックな鉄砲なんだから……」
なんか物騒なことを言い出したな。
だがもしそれが本当なら、ガンマスターという人種がマミに執着するのもうなずける。
人類にはオーバースペック。
一体どんな鉄砲になるものやら……。




