フランカ・フランキの鉄砲
ぽんぽんと、マミが手を打った。
「はいはい、親分もフランカさんも、道端の立ち話はそこまでですよ。物騒な鉄砲は、しまってしまって」
おぉ、まったくその通りだ。このデコにかまっていたら、帰宅が果てしなく遅くなってしまう。まったく、災難そのものなデコだ。
「鉄砲の謎、明日の仲直りカモ撃ち。話題は尽きませんけど、いま一番大切なことはライゾウ君が、私たちと一緒に住むことですからね?」
「あんですとーーっ!」
だからデコ、いちいちデカイ声出すなっての。
「お、お……おねえさま、この茶色いチンチクリンがおねえさまと一緒に……なんですって?」
「へ? ライゾウ君がひとつ屋根の下、一緒に暮らせるようにするんですけど?」
「ままままさかおねえさま……このゴブリンと大差ない茶色い生き物と、よもやネンゴロな仲であるとかお戯れを……」
うふふ、とマミは笑った。
何故かは解らないが、茶色いライゾウが顔を赤くしている。
「それはありませんよ、フランカさん。私はいま、お仕事を覚えるので手一杯なんです」
「ほぉう……よかった。どうなることかと思ったわ」
デコは広い額の汗を拭った。
そしてライゾウは、両膝両手を地べたにつけて、絶望のポーズを取っている。
「私もライゾウ君も、親分率いる『チームしおから』のメンバーですから、同じ下宿の方が便利だと思いまして」
「チームしおから?」
「はい♪ 私はチームの測距要員なんです」
「入ったぁーーっ! あたしもそのチームのメンバーに入ったぁーーっ!」
「だから気が早いって言ってんだろ、このデコがっ!」
やはり頭突きが出てしまったか。あまりつまらないことに腕力は使いたくないんだが。
しかし間抜けのマミをおねえさまと慕うアホは、挫けるということすら忘れたようだった。ダウン寸前の拳闘家が対戦相手にクリンチするように、デコはマミに抱きついて屈服を拒んだ。抱きついた時に、あざとく豊満なバストに顔を埋めたことは、この際問わないことにする。何故ならマミの胸は、古今東西老若男女を問わず、魅了する何かがあると俺も思うからだ。
「フランカさん、申し出は嬉しいんだけど、明日があるから。今日はこれでおしまい。明日の楽しみにしましょ?」
「そういえばマミ姉。このデコ、ここいらの人間じゃないよな? ダンナに挑戦したいってのはわかったけど、コイツ家はどこなのさ?」
俺に挑むため、はるばる旅を重ねてきた。ライゾウはそう読んでいる。よそから来た人間だから、宿を取っているに違いないと言っているのだ。
まあそのような読みを張らずとも、この町キアッパの鉄砲猟師はみな顔馴染みだ。そうなると見慣れぬデコは、よそ者ということになる。
「あたしはウベルティから来たのよ」
「ウベルティか、遠いな」
フランキ侯爵領地の、いわば首都。まさしくフランキ侯のお膝元というやつだ。キアッパからは馬車でも三日かかる。
「それで、デコ。お前の宿はどこよ? 明日の待ち合わせもあるから、教えておけよ」
「あら? あたし宿の手配を忘れてたわ〜〜こりゃラッキー……じゃなくって、どなたか泊めていただけないかしらぁ〜〜……チラッチラッ」
ライゾウはあきれていた。俺もきっと、抜けた顔をしていただろう。
そんな視線もなんのその。デコはマミにチラチラと視線を送っている。
「それは困りましたねぇ……。親分、どこかに宿はありませんか?」
「いやマミ、そこは空気読んでやれよ」
いくらなんでもそれはなかろう。さすがに俺も突っ込んだ。
「へ? どんな空気ですか?」
「いや、いい……。お前に変な期待をした、俺が悪かった」
マミの返事に魂が抜けかかったデコ。その細い肩をがっしり掴んでやる。
「いいかデコ、マミというやつは御覧の通りだ。ストレート勝負でなければポイントは奪えないものと思え」
「わかったわ」
チャレンジャーは再び前に出た。
「おねえさま!」
「はい、なんですかフランカさん?」
「あたし、うっかりして宿の手配を忘れてましたの! 今夜一晩、おねえさまのお部屋に、泊めていただけませんか!」
おぉ、上品な言葉遣いもできるじゃないか、デコ。やっぱり平民とはいえ、貴族の血はひいているんだな。
というか、これだけ直球ならぼんくらのマミでも、デコの要求が理解できるだろう。そしてお人好しのマミのことだ。宿無しの願いを断ることなどできまい。
って……マミさん?
「……うっとり、ぽわわわ〜〜ん……」
……なんだコイツ、呆けてやがる。……これは、もしや。
「なぁダンナ、マミ姉どうしちゃったんだい? 立ったまんま寝てるみたいな顔してるぜ?」
「……これはきっと、あれだな。田舎者で底辺に生きるマミにとって、デコの言葉遣いが夢の上流階級すぎたんだろうな」
「……マミ姉、不憫な人だったんだね」
なんだか自分の周りには、こういった残念な女性ばかり集まっているような気がする。……いやいや、出会いも別れも一夜の夢。たまたまこの時期に、こういった手合いが集まってるだけだろう。
「……マミ姉のこと、引きずっていこうか?」
「……そうしよう」
ライゾウとデコでマミの手を取る。俺は先に立って、店を目指した。
そして、きらら鉄砲店。いい時間になっているのに、マスターきららは接客に励んでいた。
本日のお客さまは……。
「おう、マタゾウじゃないか」
折よく、ライゾウの父マタゾウが来ていた。
倅が俺のチームに入ったということで、ライゾウをここに住ませたい、ということだった。
「さすが父ちゃん、話が早いぜ!」
「阿呆、お前がカムイさんのチームに入ったってのに、何の手配もしてねぇから俺が出張ったんだろうが! それからお前なんぞに部屋貸すことを快諾してくださった、マスターきららに礼のひとつも言いやがれ!」
父親というのは、大変なものだ。他人事のように、そう感じる。
息子のことをよろしく頼むと頭を下げ、マタゾウは帰って行った。
で、今度はデコに話が移る。
「そうなんです、マスター! フランカさんは侯爵さまの親戚にあたるんですよ!」
お、マミが帰って来た。デコの父親がフランキ侯爵の従兄弟だと熱弁を振るう。
「フランキ侯爵の従兄弟?」
マスターきららの目が光った……ような気がする。なにしろ前髪で、その存在が確認できないからだ。
「フランカさん?」
「なによ?」
「お父様の名は、アンジェロ・フランキとおっしゃるのでは?」
「あんた、父を知ってるの?」
マスターきららはうなずいた。そして椅子に、ゆったりと腰掛ける。
マスターきららは語った。
「ウベルティのアンジェロ・フランキと言えば、私と並んでガン・マスターの称号を授かった、数少ない一人です」
「えっ! あんたマスターって、店主って意味じゃなく、ガンマスター……えっ? えっ?」
デコがたじろいでいた。みるからに混乱している。
そして若いライゾウと鉄砲には縁の無いマミは、まったく動じていなかった。
マスターきららは店内にかけた額縁を、チョイチョイと指差す。
デコはひれ伏した。
「へへ〜〜っ……店主さまが高名なるガン・マスターとは知らず、数々のぞんざいな口のききっぷり……平に平にお許し下さいませですハイ!」
額縁に飾られた埃まみれの認定証は、ファンベルク王国の発行したガン・マスターの認定証である。もちろんその偉大な功績は俺も知っているが、どこまで偉いものかはよくわかっていない。一度マスターきららから聞いたのだが、王室主催のパーティーに誘われたり、御目見えの身分であるとかないとか。
では、何を以てガン・マスターの称号を得たのか?
それについてマスターきららは、何も語ってはくれない。
とにかくマスターきらら。
「お手をお上げ下さい、マスター・フランキのお嬢さま」
「いえ、もったいのうございます! 下賎の身でありながらデカイ顔をしてしまって、このフランカ・フランキ合わせる顔もありません!」
「あの……」
この場を救ったのは、やっぱりマミである。
「フランカさん? マスターが困ってますから、普通に話しましょ?」
「……ですが、おねえさま……」
「マスターが怒ってるなら、お姉ちゃんが一緒に謝ってあげますから、ね? ……マスターも怒ってなんかいませんよね?」
ちんちくりんのマスターきららは、おおらかな笑みでうなずいた。
「……本当ですか、おねえさま」
「もちろんです! マスターきららは、それはそれは心の広い方で、工房が汚れててもロクに掃除しない方なんですよ?」
「あ、マミちゃん。その辺りは省いてもらえるかな?」
……………………。
デコ、立ち直る。
「それでフランカさん。マスター・アンジェロは、あなたがこの町に旅立つことを知っていたのですか?」
「はい! お父様……父をカモ撃ち記録を破った独り者カムイに挑むと、宣言して来ましたから!」
「それでマスター・アンジェロは、貴女にその鉄砲を託したのですね?」
「はい! 私の自慢の、元折れ式薬莢鉄砲です!」
拝見してもよろしいですか?
マスターは言った。
デコは素直に、自分の得物をマスターきららに差し出す。
鉄砲を受け取ると、マスターきららは目線よりも高く掲げて一礼。
その瞬間から、店内の空気が変わった。




