侯爵の従兄弟の娘さん
独りカムイとは俺の通り名。つまり俺が呼び止められたということだ。
しかし俺には女の子の知り合いなどいない。
乏しい交友関係の中から、こういう声を出しそうな人間を記憶のページをめくり探し出す。
マスターきらら……は、商人だから猫をかぶっ声しか出さない。
マミ……は、目の前にいる。いやそれ以前に、こいつはこんな鋭いしゃべり方はしない。もっと間抜け声だ。
エルダさんはもっと品がある。
つまり俺には声の主が誰なのか、まったく思い当たらない。
よし、無視するか。
「ちょ、ちょっと! 無視するんじゃないわよ、独りカムイ!」
無視無視、どうせ関わってもロクなことにならない。
「いいんですか、親分? お呼びがかかってますよ?」
「だって俺、心当たりが無いから」
「いいのかい、ダンナ。ダンナの名前連呼しながらついてくるぜ」
「構わない構わない、無視しとけ」
と思ってその通りにしていたが、娘はなかなかガッツがあった。俺たちの前に回り込んできたのだ。当然、走る必要がある。そして当たり前に、肩で息をしていた。
「人を走らせるんじゃないわよ!」
「走ってくれとは一言も言ってない」
「だったら返事くらいしなさいよっ!」
「見知らぬ他人に声をかけるのに、そんな居丈高な態度があるか。無視されて当然だろ」
俺が正論を述べると、娘はカンシャクを起こしたように怒り出した。
おや? この娘……鉄砲を背負ってやがる。こんなのでも鉄砲撃ちなのか?
見てくれはライゾウと同じくらいの年頃か、背丈も似たようなものだ。赤い髪を結い上げてるせいか、ちょっと吊り目で勝ち気な感じがする。おデコも丸出しだ。細面のスレンダーな体型は、マミと正反対。手足が長く見える。
猟師用のロングコート、ロングブーツはいいんだが、太もも丸出しのショートパンツにニーソって……猟師としてそれはどうよ?
まあ、ジャリの見てくれなんざどうでもいい。問題はコイツが背負った鉄砲だ。
水平二連……それはいい。しかし銃身が槍のように長い。目測で三二インチ。長い銃身は弾を加速させる。つまりそれだけよく飛ぶ、ということになる。しかもその銃身が、細い。二〇番だろう。鉄砲の重量を軽減するのと反動を少なくすることで、コイツ用に鍛えられた逸品と見受ける。
あ、そうそう。二〇番ってのは口径のこと。俺やライゾウが使っているのは十二番。大きな口径で反動もキツイ。いわゆる男性向き。
エルダさんもそうだったけど、コイツの鉄砲も二〇番という口径で、ちょっと小さ目のものだ。
しかし、自分専用の鉄砲を担いでいるとは。この娘、何者なのか……?
「ちょっと! あたしの話、聞いてんのっ!」
「お、悪い悪い。全然聞いてなかった」
「うき〜〜っ、人のこと馬鹿にしてーーっ!」
そこからまた、ひとしきり説教タイム。しかし俺としては、お前が何者なのか早く知りたいのだが。
「で、お前さんは一体何者なんだ?」
説教の合間に思わず訊いた。
娘の怒りが止まった。
たった一瞬のことだったが……。
「なによあんたっ! 聞いてなかったのっ!」
そして怒りに再点火。炎はより大きく広がった。
「聞いてなかったのは悪かった。だが聞いてなかったからこうして、改めて聞いているんだろ?」
「いちいち正論吐くんじゃないわよ!」
「いちいち奇抜なことは言えないぞ?」
ライゾウは笑い転げていた。マミは壁に手をついて、身体を「くの字」に折り曲げてプルプルと震えている。笑いをこらえているのだ。
「……わかったわ! 改めて教えてあげるから、よく聞きなさい! 私はフランキ侯爵の従兄弟、アンジェロ・フランキの娘フランカ! あなたがカモ撃ちの記録を作ったと聞いて、勝負を挑みに来たわ!」
……アンジェロ・フランキ? さて、名乗るほどの人物だったろうか?
というか。
「フランキ侯爵の従兄弟ってことは、もはや貴族とは呼べない平民、ってことだよな?」
「それを言うんじゃないわよっ!」
「どうりで、名乗られても知らないわけだ」
「それはもっと言うんじゃないわよっ! 泣きそうになるじゃない!」
「で、そのフランキ・フランカさんが、何の用だよ?」
「フランカ・フランキよっ! ていうか、用件はいま言ったじゃないっ! あたしとカモ撃ち勝負をしなさいっ!」
ポニーテールの丸出しおデコに、頭突き一発。
「ぁいった〜〜……あたしのキュートなおデコに、何してくれるのよっ!」
「わからないなら、もう一発」
ゴツン。
さすがに二連発は効いたようだ。フランカ・フランキは足をフラつかせる。
「いいかい、よく聞きなさい。狩猟というのは、命をありがたくいただくものだ。遊び半分で取り組んではいけない。まして人間のつまらない見栄やプライドなんかのために、生き物の命を奪ってはならない。……わかるね?」
デコ娘は気合いで立っていた。少しだけ目玉が回っていたが。
そして歯を食い縛り、必死に俺の言葉を聴いていた。
「……言ってることはわかったわ、あたしが悪かった。ゴメンなさい。……でも、それじゃあたしの気が済まないわ!」
「……あの」
マミが間に入ってきた。
「……フリッカーさん?」
「フランカよ! フランカ・フランキ! 間違えるんじゃないわよっ!」
「あ、すみませんフランカさん。カモを撃ちたいなら、明日の朝、御一緒しませんか? 私たちも明日は、カモの予定なんです」
マミのお誘いに、デコは目をパチクリ。まさしく鳩に豆鉄砲だ。
「……い、いいの? あたしなんかが……」
「俺は別にかまわない」
「オイラも問題は無いぜ」
「ね、フランケンさん。御一緒にどうぞ」
緊張感という言葉までとろけたような、マミのモチ煮込みスマイルだ。
「で、でもあたし、今まで人から誘われたことなかったし……え、そんな……」
真っ赤になって狼狽えだしたデコ娘。っていうか、なんか痛いこと口走ってるし。まあ、この性格を見れば友達がいなかったのは明白だよな。
「い、いいわ。お誘いを受ける。……あ、あたしの自慢の新型鉄砲も、見せてあげる!」
「それは嬉しいですけど、ブランチさん。私はライゾウ君と一緒に、カモの追い立てをするつもりです。親分と一緒に、待ち伏せていてください♪」
「え〜〜っ、コイツと〜〜?」
コイツ扱いしてくれたな、デコ。いい度胸だデコ。もう二〜三発そのデコに、デコデコと頭突き食らわしてやろうかデコ。デコデコデコデコデコ。
っていうか、お前いま何って言ったデコ? 新型鉄砲だ?
「我慢してください、フランクさん。これで親分と仲直りして欲しいだけですから♪」
つーかマミ、そろそろ名前をちゃんと覚えてやれ。デコが不憫だ。
「ううう……あたし、おねえさまと一緒がよかったのに……」
おねえさまと来たかっ! おねえさまだとっ! 俺のコイツ扱いとえらい差だな、おい!
「大丈夫ですよ、フロイトさん。親分と仲直りしてくれたら、私たちはお友達ですから。ね♪」
「わかりました、おねえさま! あたし、頑張ります!」
頑張らないと、俺と仲直りできないってのかよ、このガキ。茂みに隠れて、一発シメてやろうか?
「ですが、おねえさま! アレに変なことされたら大声出しますから、すぐに助けに来てくださいね!」
「もちろんです、おねえさまにおまかせです!」
なにやら奇妙な縁というか、おかしなところで乙女同盟が成立している。
「……なぁ、ダンナ?」
「どうした、ライゾウ?」
「オイラもダンナのこと、お兄さまって呼ぼ……」
「是非やめてくれ」
デコには怪しい趣味や素質があるかもしれないが、俺にはまったく無い。そっちの世界に引きずり込まないでくれ。
そうだ、ンなアホなことよりコイツの言ってた新型鉄砲デコ式だ!
「で、仲直りはいいんだが、フランカ・フランキ」
「なによ?」
明らかに「二人きりの甘い時間を、邪魔するんじゃないわよ」と言わんばかりの、敵意むき出しな視線を送りつけてくる。
「お前さんの新型鉄砲ってのは、そいつかい?」
「フフン、その通りよ」
見るとレバーがついている。俺たちの鉄砲と同じ場所にだ。おそらくはあのレバーで鉄砲を折るのだろう。
つまり……マスターきらら製作、薬莢式鉄砲と同じ発想。というか薬莢鉄砲そのものだろ、あれは?
「つかぬことをうかがいますが、フランカ・フランキ……面倒くさい、デコよ」
「デコ言うな」
「その新型鉄砲、もしかすると弾の再装填がものすごく早いのが売りだとか?」
「あら、さすが独り者のカムイとか呼ばれるだけはあるわね。その通りよ!」
またフフンとか言って、無い胸を張る。
つーか「者」は余計だ、「者」は。それじゃ独身そのものじゃねぇかよ。実際その通りだけど。
「実はな、デコ。俺たちの鉄砲も、再装填が早いんだ」
街中だが鉄砲をケースから出し、レバーを操作。くの字に折る。
デコは目を丸くした。
「……そんな、お父様の鉄砲と同じだなんて……」




