試験終了
ちょっと短め更新です
どれくらい時間が経っただろうか? と、素人ならば言うだろう。それくらいの時間は経ったはずだ。しかし実際にはほんの二〜三〇分程度だ。足元の陰は、あまり傾いていない。
しかし、ハトたちは戻ってきた。ポツポツと畑に降りて落ち穂や虫をついばむ。
畑のあちこちにハトが着く。しかし、取り決めたエリアには降りて来ない。
俺の右側にエルダさん、左にはマヌエル氏。どちらもジレていた。雰囲気でわかる。
しかし、我慢の甲斐はあった。撃ち頃の位置にハトが入ったのだ。
「……それじゃ、よ〜〜い……撃てっ!」
二人は立ち上がった。同時にハトも飛ぶ。そして、四度の銃声。
お見事! マヌエル氏は二羽、失中無しで撃ち落とした。エルダさんも一羽。初めての鉄砲で初めての獲物を得た。
犬係が猟犬たちに回収へむかわせる。我先にと獲物にむかう犬たち。
「……………………」
だがエルダさんの笑顔は曇っていた。
「……やはり、命を奪う行為が単なる娯楽になっているのは、納得いきませんか?」
「え? い、いえそんな……はい……」
犬たちが帰ってきた。マミも混ざって、仕事をしてきた犬たちを存分に誉めてやる。エルダさんもその輪にくわわる。しかしやはり、笑顔は輝かない。
そして。
「さあ、お前が墜とした生涯初の猟果だぞ」
骸となったハトを手渡され、複雑な顔を浮かべる。
愛撫を求めてはしゃぎ回る犬たちと、命を失ったハト。
乙女にとってあまりにも激しい落差が、目の前に存在している。
その様子に気づいたのだろう、マヌエル氏はエルダさんに寄り添い、肩を叩いた。
「美味しく食べてやろうじゃないか、エルダ。それが命を差し出してくれた者に対する、何よりの感謝というものだ」
「わかってます。……頭ではわかっているのですが、お父様」
「いいかい、エルダ。よく聞きなさい。カムイさんたちのような職業猟師ならばいざ知らず、私たちにとって狩猟は娯楽にすぎない。だから狩猟は残酷な行為で、生き物を虐待する行為だと言われたら、父さんは反対するね」
おや、マヌエル氏は一家言お持ちのようだ。
マミの袖を引き、「お前も聴いておくように」と促す。
「まず狩猟というのは、相手の立場に立たなければ成立しない。例えばハト。彼らは今、何をしたいのだろう? 餌を求めているのか、枝に止まってくつろぎたいのか? ハトの立場になって考えなければ、出会いすら無い。これは人間関係にも、そのまま当てはまるだろう?」
なるほど言われてみれば確かに。俺もそのようにして、仕事をしている。ただ、あまり意識はしていない。職業猟師ゆえに、息をするが如く行っているだけだ。
「じゃあエルダ、ハトの立場で物を考えるにはどのようにすればいい?」
マヌエル氏は自分のハトと娘のハトを、ポーターに渡した。
もちろんそのような問いかけをされても、エルダさんには解答の手がかりすら無い。瞳をパチクリさせているので、それと知れる。
「カムイさんなら、どうしますかな? というか、どのように教えます?」
マミに、どのように教えるか?
「俺の教わったことを、そのまま教えるだけですが……」
と断りを入れて。
「観察をさせます。ハトならハト、ウサギならウサギを、徹底的に一年も二年もかけて」
「そう、人間も観察することで真贋が見えてくる。大切なのは、観察だ」
狩猟、ハンティングという行為には学ぶべきことが、数多いとマヌエル氏は言う。
「そして何より大切なのは、命の尊さを学ぶということだ。殺しておきながら何を身勝手な、という者もいるだろう。だがね、エルダ。命の尊さを本当に知る者は、死と接した者だけなんだよ」
マヌエル氏もエルダさんも、正装とまではいかないが、きちんとした服装である。これから撃つ生き物、逃げ切る生き物に対して失礼が無いように。そのような配慮からだ。
獲物たちに感謝を。森や緑に尊敬を。
それを学ぶのがハンティングなのだと、マヌエル氏は締めた。
ポーターから、ワイングラスが配られた。
「それでは皆さん、祝福してください。私の娘が今日、初めての獲物と新しい経験を手に入れました」
ワインが注がれる。犬係もポーター自身も、エルダさんの門出を祝福した。
……………………。
軽い昼食をはさんで、いよいよメイン。キジ撃ちの始まりだ。
目の前にはボサまみれの、広めなフィールド。
マスターきららはすでに弾込めを終え、マヌエル氏とエルダさんに鉄砲を渡していた。
犬たちはすでにポイントしている。ピンと張った尻尾をピリピリと、小刻みに震わせている。
ボサの陰、射手二人とともに身を隠す。
マヌエル氏の横顔を盗み見た。フィールドを満喫する、おおらかで自信に満ちた父の顔だった。
エルダさんの笑顔も盗み見る。
迷いの無い、清々しい横顔だった。
「最後はお父さんの号令で、開幕といきましょう」
二人はうなずき、犬係もリードを解いていた。
「GO!」
鋭い号令、犬たちの突入。二人は立ち上がり、矢先の確認をする。
そして……キジが飛んだ! しかし雌だ。間髪入れず、雄が飛ぶ。
マヌエル氏の銃口から、二条の白煙が伸びた。撃墜だ!
犬の突入は、まだ終わっていない。ボサの中を走り回っている。
雌、雄と順に飛んだ。少し距離があるか?
しかしエルダさんは迷いなく鉄砲を肩につけ、頬を乗せる。そしてこちらも、二条の砲煙を伸ばした。
その結果は、初心者とは思えないものだった。マヌエル氏の食卓は、今夜二羽のキジが並ぶことになる。
そして、町に戻ってきた。マヌエル氏から、また三日後、ガイドを依頼される。今度は本番。アダム氏とその御子息ラウロ君を満足させて帰したい、ということだった。
「カムイさん、マミさん!」
背筋を伸ばしたエルダさんが、俺たちの前に立った。もう、憂いの乙女ではない。あれはあれで彼女の美貌を引き立てたものだが、明るい笑顔はやはり格別だ。
「今日は貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました」
「え? 私もですか? ……いや、私今回は活躍してませんし……」
「一緒に犬を撫でてたろ? 犬たちからも感謝の言葉をもらっておけ」
みなが笑顔になる。
「それはそうと、エルダさん! 本番は頑張ってくださいね!」
「はい、マミさん! ラウロさんの心、必ず私が撃ち抜きます!」
なにやら女の子同士で盛り上がっているが、マスターきららはその輪の中には入らない。
「いいんですか、あっちに行かなくて?」
「私あーゆー話題、苦手〜〜……」
「さいですか」
そんな気はした。四歳の頃に射撃大会で優勝。それ以来、学校もそこそこに鉄砲一筋。そんな生き方をしなければ、マスターきららは生まれなかったのだ。
マスターが結婚するとしたら、どんな相手とするだろうか?
漠然とそんなことを考える。
炊事洗濯、身の回りの世話。主婦のような男が似合うのではないかと、ふと考えてしまう。
逆に言えばマスターきららにとって、鉄砲以上の関心事は存在しないんじゃなかろうか?
本人がよければそれで良いのだが、それにしてもそれってどーよ? と聞きたくなる。
聞きたくなるけど我が身を振り返ってみたら、狩猟以上の関心事がほとんど存在しないのだから、俺もどーよ? というところだ。
「どうしたんですか、お二人とも? 早く帰って、カモに出ましょうよ」
マミが俺たちを見ていた。
そうだ、カモだ。
この時刻、ライゾウがデコイを仕掛けているはずだ。
「うむ、ライゾウ一人にカモを持って行かれる訳にはいかないな。……よし、行くぞマミ!」
「親分ガッテンだーー!」
ギルド前でマスターと別れ、俺たちは溜め池に向かった。




