犬
さあ、南の農村部。本日の猟場に到着だ。背の高い黄金色のボサだらけ。刈り取りの済んだ麦畑。時折、藪。
手を取ってエルダさんが荷馬車から降りるのを手伝う。
「ありがとうございます」
男性に手を引かれるのは初めてなのか、少しはにかむような微笑みを浮かべる。
マヌエル氏にはマミが手を貸す。そしてマスターきららから、近距離用の鉄砲を二丁受け取った。
「あら?、カムイさんたち、私には手を貸してくれないの?」
「あんたいつも工房にこもってばっかなんだから、少しは自分で歩きなさい」
笑い声が上がった。
これでキジ撃ちチームの輪が出来上がった。
用を済ませた犬たちも準備万端。ちぎれるくらいに尻尾を振り、猟の開始を待ちきれないでいる。
「まずは軽い水分補給、それからそこの……」
朽ち果てた納屋を指差す。
「ボサに当たって見ましょう」
「先ほどから鳥たちが、すごい声で鳴いてますものね」
「というか、こんなに畑から近い場所にキジがいるのかね?」
「とりあえずそこにいるのはコジュケイです。ただ、キジがいないというのではなくコジュケイのポイントだというだけで、両方とも同じような場所に着くものなんですよ」
「カムイさんがガイドをしてくだされば、山奥まで行かなくて住みますね、御父様」
マスターきららが、エルダさんに鉄砲を渡した。手のひらで用心金全体を包むように隠している。実弾が装填されている証拠だ。
「小枝なんかに引っかけて、暴発させない工夫です」
そう説明すると、エルダさんも素直にマスターの執銃動作を真似た。
犬係はすでに先行して、納屋のそばにいた。まだリードで繋がれているが、獲物の気配は捕らえているのだろう。伸ばした尻尾がピリピリと、小刻みに震えている。
まずはレディファーストということで、エルダさんが近づいてゆく。筒先は上に向けて、身を低くして歩いた。
その間に俺は矢先……銃口の向きそうな方角に人がいないか、改めて確認。
「準備はいいですか、エルダさん?」
「は、はい! お願いします!」
「落ち着いて撃つんですよ」
「はい!」
犬係に目配せ。彼の手は、いつでもリードを解ける状態にあった。
「GO!」
犬が飛び出す。エルダさんも立ち上がった。ボサの中を、犬たちがうねるように走っている。
……一秒……二秒……飛んだ!
エルダさん挙銃、そのまま銃口を横に流して……発砲! 発砲!
狩猟においてもっともエキサイティングな瞬間が、あっという間に過ぎ去った。残ったものは、犬たちが騒ぐ音だけ。しかし、鉄砲の咆哮にくらべれば静寂そのものと言えた。
「……残念、外してしまいましたわ」
エルダさんは肩を落としたが、俺もマスターきららも感嘆の声を上げ、拍手をした。
「すごいじゃないですか、エルダさん」
「初心者とは思えません! 初めての鉄砲で発射を……それも二発ですよ、二発!」
親父さん、マヌエル氏までエルダさんを讃える輪に入ってきた。まるで男の子たちにまざった我が娘が、ボールゲームで得点をあげたような喜びようだ。
「……親分親分」
マミが俺の袖を引いてきた。
「エルダさん命中しなかったけど、いいんですか?」
「ああ、いいのさ。初心者は獲物と出会っても、引き金を引けないものなのさ。それを二発ともチャレンジできたんだ、快挙と言ってもいいくらいさ」
まして水平二連というこの鉄砲、軽く出来ているのは嬉しいんだが、いかんせんマズルジャンプ……発砲の反動で、銃口が跳ね上がりやすい。
そこにビビらず二発目に挑んだんだ。その熱意にこちらがシャッポを脱いでしまう。
「さあ、次はマヌエル氏の番だ。いい着き場に行くぞ」
少し移動してまたもコジュケイ、今度はマヌエル氏の射撃。こちらも二発抜いて、一羽落とした。
アップランドゲームの功労者、犬たちが凱旋する。その中の一匹は獲物をくわえ、どーだ偉いだろホメてくれ、という顔をしていた。
犬係がたっぷりと愛撫する。マヌエル氏も目を細めてホメちぎる。もちろんエルダさんもだ。
「……………………」
「どうした、マミ?」
「あ、あの……親分?」
あ、なんとなく察した。
「私もワンちゃんたち、ホメてもいいですか?」
マヌエル氏の許可を得て、マミも犬の群れに飛び込んだ。エルダさんのとなりだ。
……なんだか乙女ふたり、狩猟とは違うホメ方をしているような。いや、もっともハッキリ言うか。
マミ、お前猟犬のシツケの一環だってこと、頭から抜け落ちてんだろ? お前のホメ方は、ただの愛犬家のソレだぞ。
ということで、にわかに犬の可愛がり大会開幕となった訳だが、その輪に参加していない人物がひとり。
「……マスターきらら?」
「なにかな、カムイさん?」
「犬大会に参加しないんですか?」
「私は鉄砲掃除がありますから」
「まあ、そう言わず……」
一歩近づくと、マスターきららは一歩退いた。
どうしたことか?
不思議に思って一歩詰め。
マスターきららは一歩逃げ。
「もしかして、マスターきらら……」
「犬が怖い訳ではありません、嫌いなだけです」
なるほど。
「犬が嫌いなんですか?」
「嫌いな訳ではありません、苦手なだけです」
世間ではそれらをひっくるめて、犬嫌いとまとめるのだぞ、マスターきらら。
「よくそれでキジ撃ちに参加しましたね?」
「寄って来ない犬は怖くありません。そしてわざわざこちらから近寄る理由がありません。それだけです」
……早口だ。まるで何かに追い詰められているかのように。
犬嫌いなマスターきらら。犬好きのマミ。
まかり間違っても、マミよ。「チームしおからでも猟犬を育てましょう!」とか言い出すなよ。
猟犬を使う獲物と言えば、キジにイノシシ。それから熊が代表格だろう。カモにも使うが、これは回収のためである。人間が入水の覚悟を決めれば、犬は必要無い。
他にはウサギ、アナグマと……おい、犬使ってない俺がバカに見えるくらい、大活躍じゃねーか。
宿無しならぬ犬無しの我が身を噛み締めながら、ハトのラウンドに移行する。
が、しかし。
「なんてだらしない顔してんだい、お前さん」
「ふぇ? そんなことないですよ」
犬を撫でまくったマミは、煮すぎたモチのように緩い顔をしていた。
「私の顔がだらしないなら、エルダさんだって緩い顔です」
「いや、そんなことは無い。エルダさんは犬を相手にしても、その可憐さが崩れていない」
「それは親分の贔屓目ですよぉ!」
拳を振って苦情を申し立てるが、もちろんそれは却下する。というか、マミはもともとタレ目だし緩い顔に生まれてんだ。こんな評価をされるのは仕方ないことだ、諦めろ。
「ですがカムイさん」
品のよいお嬢さんは、フォローも忘れないようだ。俺とマミの間に入ってくる。
「犬と遊んだら、誰でも顔は緩みます。マミさんを責めないでください」
「マミ、エルダさんもお前の顔がだらしないって言ってるぞ」
「親分ひど〜〜い!」
ハトのポイントまでは徒歩。基本的に荷馬車は荷馬車、人の乗る物ではない。そして狩猟というものは、よほど長距離を移動するのでなければ、ポイント移動は徒歩である。
装填済みの鉄砲を担いで、エルダさんも徒歩。お嬢さんとはいえ若い故にか、溌剌と長い脚を運んでいる。
雑木林が近づいてきた。でーでーぽっぽ〜という、キジバトの声が盛んだ。
よその森から雑木林へ、雑木林から畑へ。さらにはそこから帰還するハトたち。とりあえず今の時間、このポイントはハト天国になっていた。
マミが測距魔法を使うと、雑木林のハトたちは鳴くのをやめた。畑のハトたちは飛んだ。かなりの数だ。
俺たちはボサの陰に身を隠す。
「親分、雑木林まで約八〇メートル。そこの曲がり角までが、約五〇メートルです」
マミも本当は正解な距離を測れるのだが、大ざっぱに報告させた。ここは猟場であり、戦場ではないのだ。そこまで神経質になることはないからだ。
「ということでマヌエルさん、エルダさん。ハトたちに見つからないようボサに隠れて、あそこの角まで移動しましょう」
ふたたび餌場に集まるハトを、待ち伏せするのだ。
アヒル歩きの行進が始まった。最後尾は、火薬と弾の袋をさげた、マスターきららだ。
ポイントに到着すると、マミに測距魔法を使わせる。どうせまだ、ハトは帰ってきていない。
ボサの中から二〇メートルの距離。
「あそこにハトが着くまで、がまんしてください」
「わかりました」
エルダさんは素直だ。
小春日和、ポカポカとした陽気。眠気を誘うような穏やかな空気だ。
しかし、手にしたものは、必殺の鉄砲。そのちぐはぐさが現実感を喪失させる。
「エルダさん、あまり緊張しないで」
「は、はい」
あまり殺気立つと、ハトが寄ってこないからだ。




