ガンスミスきらら
秋の夕暮れはつるべ落とし。ギルドを出ると、町はほんのり夜の顔。
飲食店からは肉の脂が焼ける匂い。スープを取るためのガラの匂い。そして酒を求める男たちが漂っていた。
下宿先まで、ほんの二丁角。途中の酒屋で火酒……ウイスキーを買い込む。そしてとなりの肉屋で、モツを五〇〇グラム。
肉屋は冷凍の魔法を使える。おかげでモツは新鮮そのもの。食欲をそそる艶を放っていた。それだけじゃない。店をかまえるくらいになると、エージング……熟成の魔法も使えるという話だ。
さて、このモツ。せっかく良いのが手に入ったんだ。美味しくいただかなくてはならん。
ということでマーケットへ飛び込み、調味料を購入。正油はある。ならばニンニクと唐辛子だ。
明日のパンは残っていたっけ? 不安だからこれも買っておくか。それからオッサンの趣向品、紙巻きの煙草と噛み煙草も仕入れておく。
明日は山に入る予定じゃないから、携行食は必要なし。
あとは……。
やはり鉄砲撃ちたる者、弾丸のことが頭から離れない。しかしこれは下宿先が鉄砲屋だから、帰宅と同時に買うことができる。
マーケットを出て鼻先を右に向けると、それだけで俺の下宿先、「きらら銃砲店」が目に入った。まだ明かりがついている。店主がまだ作業をしているんだろう。
買い物の紙袋を抱えて、店舗に入る。入るなりすぐにカウンターだ。箱に入った火薬だ弾だと、棚ぎっしりに並んでる。
そしてそこは無人という、またもやな仕打ち。俺は奥の作業場に声をかけた。
「大家さーーん! 大家さん、装弾くださーーい! 大家さんってば!」
だが作業場からは、ゴリゴリと何かを削る音ばかり。返事が無い。
それならこっちも勝手知ったる店子の身分。カウンターから作業場に乗り込んだ。
作業場は真っ暗に近い。窯の火も落としている。そこには相変わらず、ゴリゴリという音。
小柄な娘が踏み台にのぼり、鉄の塊にヤスリを立てている。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ
(おっほ♪)
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ
(うっほ♪)
なんか変な合いの手を入れてるし……。
作業用のエプロンドレスに、俺と同じようなツバの広い帽子。前髪で瞳を隠したこの娘。これがきらら銃砲店店主、ガンスミスのきららだ。
鉄砲の部品から工具まで、すべて鉄の塊からヤスリ一本で削り出す、小娘のくせに凄腕の職人だ。
で、鉄の塊を平らにする、「平面を取る」作業も佳境のようで。おかしな合いの手にも力がこもる。
ゴリゴリゴリゴリ
(うっほっほ♪)
ゴリゴリゴリゴリ
(おっほっほ♪)
うん、合いの手のタイミングが早くなってきた。そろそろ止めてやらないとこの娘、密林で胸を叩き出しかねないな。
俺はタイミングを見計らって、一言だけ合いの手を入れる。
ゴリゴリゴリゴリうっ……。
「ちんぱん!」
ゴリゴリゴ……。
……よし、動きが止まったな。ここは復活しないように、もうひと押ししておくか。
「さるさるさるさるまんきぃ……ウッ!」
うん、リズムやタイミングを崩されて、明らかに弱っているな。
とどめを刺しておくか……。
「大家さん、今日も鉄砲がよく当たったよ」
お、今度はピクッと反応した。
「本当ですか、カムイさん!」
輝くような笑顔で、俺に振り向いた。
「もちろんさ。今日はポイズンラビットが二羽。大猟だったよ」
「距離は? 距離はどれくらいで当たりましたかっ!」
すごい食いつき方だな。商売道具をほっぽり出して、俺の襟首を掴まえてきたぞ。もちろんつま先立ち。俺も少しかがんでやらないといけない。ふくらはぎがツッたら、彼女は商売あがったりだからね。
「距離も設定通り、五〇メートルで仕止めましたよ。大家さんの新発明のおかげさ」
「そうですか、五〇メートルでポイズンラビットが二羽ですか……」
お、顔がゆるむのをおさえられない、って感じだ。前髪で半分隠れてるけど。
しかしそれも無理はない。何しろ彼女の発明が、効果を発揮したんだから。
「ふっふっふっ、さすが天才きららちゃん。自分でも才能が怖くなります。やはり射程をのばすのは、これが一番みたいですね」
俺の鉄砲は、いわゆる散弾銃。親父の形見というか、ジイさまの代から使っている、伝家の一丁だ。小さな粒弾をばらまき、小物や動きの速い獲物に使う。
これは普通に使うと、三〇メートルくらいにしか効果が無いんだけど、それをガンスミスきららに改造してもらったのだ。
「で、大家さん。結局のところどんな改造したんすか?」
「聞きたいですか? 聞きたいでしょう? 教えてあげましょうね」
すごく不親切な説明をすると、銃身を取り替えたのだ。
では新しいバレルに、どんな工夫が施されているのか?
きらら先生、解答をお願いします。
「内腔の出口部分を、少し狭くしてあるの」
はい、ザックリとした説明でした。
「例えば川の中に岩が並んでいて、その隙間を水が流れるとき勢いがつくでしょ? それと同じ原理なのよ」
ものすごく簡単に言ってるけど、それを完成させるまでどれだけ失敗を重ねたことか。その研究と努力には、頭がさがるばかりだ。
「出口を狭くした鉄砲は、粒弾が勢いよく遠くまで飛ぶ、って仕組みなのよ」
察した程度にしか知らないが、この一丁を鍛えるために、何丁もダメにしたみたいだ。試し撃ちから、ケガして帰ってくることもあったみたいだし。
今日の栄光は、きららさん。あなたに捧げよう。お金は捧げないけど。
「それでカムイさん。何か私に用事ですか?」
「そうそう、弾ください。すっかり忘れてました」
「弾? 弾とおっしゃいましたか、カムイさん!」
なんだこのリアクションは? マスターきらら、ニヤニヤとすけべ臭い笑みを浮かべてやがる。
「きららちゃんの新発明、カムイさんは御覧になりたいと、そうおっしゃるのですね!」
「あ、いや、モツが傷むから手短にお願いします」
「よろしい、カムイさん。あなたにはお見せいたしましょう」
店舗の方に案内されて、カウンターの前に立たされる。ガンスミスを越えてガンマスターとも呼べる店主は、小さな木箱を取り出した。中には紙筒? 葉巻をぶつ切りにしたようなのが、行儀よく並んでる。
よく見ると、尻には雷菅キャップのようなものがはめられて……ということは、これが弾?
「はい、驚いてますねカムイさん。これが新発明第二弾! 薬莢式装弾です!」
俺たちの使う鉄砲は、マズル・ロードと呼ばれる方式。簡単に言うと、銃口から火薬を詰めて弾を押し込んで、ようやく撃てる代物だ。おかげで鉄砲なんてものは冒険者の役に立たず、戦争でも使えない道具にされている。おまけに一点一点がハンドメイドの手作りだから、貴族か職業猟師しか手にできない高級品扱いだ。
「まずは私が実演して見せますね」
木箱から装弾を四つつまみ出す。
ロッカーから鉄砲を出して……これは俺の使っているのと同じ。銃身が横に二本並んだ、水平二連と呼ばれる物。
と、思ったら。
仕掛けが施されているのだろう。鉄砲を「くの字」に折りやがった!
「驚きました? 驚きましたね、カムイさん?」
「いや、驚いたってのか常識に無いってのか……大丈夫なのか、それ?」
「心配いりません、火薬の燃焼させる部屋……薬室をロックで密閉してますから、燃焼ガスは……」
ちょんちょんと、銃口を指差す。
「弾を押し出す方向にしか逃げません。これが私の新発明第三弾! 元折れ式鉄砲です!」
そして銃身の機関部側に、先ほどの新式装弾を差し込んでもとに戻す。カチャンと音銃を立てて、「装填完了」と。
俺の鉄砲なら火薬と弾を詰めて、撃鉄に雷管キャップをはめるんだけど。
「これでいつでも撃てるんですよ」
「えらい早いなぁ、おい! ツバメやハヤブサもびっくりだよ!」
ガンマスターきらら、銃口を上に向けて「どーだ参ったか」の顔だ。
で、また鉄砲を「くの字」に折って、ふたつの装弾を抜き取った。
「はい、これでもう弾は出ません。安全に弾の出し入れが可能です」
おぉ、これなら獲物との「出会い」がなかったとしても、安全この上ないな。それに、いざ猟場に入って獲物がすでにいたとしても、すぐに弾を込められる。
「持ち運びの時なんか弾が入っていても、鉄砲を折っておけば撃針が弾を刺激することも無いですから、さらに安心安全です!」
うむ! 良いこと尽くめの新型鉄砲! 気になるお値段は……。
「ハウマッチ!」
「なんと大金貨三枚(日本円で三〇〇万円)のお値打ち価格です!」
「やめやめ、高すぎじゃん……」
「え〜〜っ、お願いします買ってください! これ作るのに一年かかったんですよ〜〜っ!」
「俺たちみたいな貧乏人が、そんな高級鉄砲買えるわけなかろうがっ! 貴族に売りつけいっ、金持ちの貴族にっ!」
「ダメですよ、あんなボンクラ連中! 弾込めの手間も『優雅に仕込むのが貴族の嗜み』とか言って、この発明を評価してくれないんですからっ!」
「だったらせめて、小金貨三枚にマケろ! それなら考えてやる!」
「……いいんですか? 小金貨三枚で?」
しまった、マスターきららがニヤリと笑いやがった。
考えてもみれば、鉄砲だけでなく装弾も新型だったんだ。ここに高い値段をつけられたら、値引きの意味無いじゃん。
「あ、ちょっと待っ……」
「お買い上げ、ありがとうございまーーす! よかったね、新しいオーナーに可愛がってもらうのよ」
可愛らしいリボンをつけて、梱包代わり。
ちなみに俺の鉄砲は弾代として引き取ってもらうことにした。
大物用散弾二〇発、小物用散弾五〇発、小鳥用散弾五〇発と引き換えだ。
のんびりしようと思ってたのに、明日は山で稼いでこなけりゃならなくなった。
今夜はきっと、苦い酒になるだろう。