表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/95

ガンスミスきらら


 秋の夕暮れはつるべ落とし。ギルドを出ると、町はほんのり夜の顔。

 飲食店からは肉の脂が焼ける匂い。スープを取るためのガラの匂い。そして酒を求める男たちが漂っていた。

 下宿先まで、ほんの二丁角。途中の酒屋で火酒……ウイスキーを買い込む。そしてとなりの肉屋で、モツを五〇〇グラム。

 肉屋は冷凍の魔法を使える。おかげでモツは新鮮そのもの。食欲をそそる艶を放っていた。それだけじゃない。店をかまえるくらいになると、エージング……熟成の魔法も使えるという話だ。

 さて、このモツ。せっかく良いのが手に入ったんだ。美味しくいただかなくてはならん。

 ということでマーケットへ飛び込み、調味料を購入。正油はある。ならばニンニクと唐辛子だ。

 明日のパンは残っていたっけ? 不安だからこれも買っておくか。それからオッサンの趣向品、紙巻きの煙草と噛み煙草も仕入れておく。

 明日は山に入る予定じゃないから、携行食は必要なし。

 あとは……。

 やはり鉄砲撃ちたる者、弾丸のことが頭から離れない。しかしこれは下宿先が鉄砲屋だから、帰宅と同時に買うことができる。

 マーケットを出て鼻先を右に向けると、それだけで俺の下宿先、「きらら銃砲店」が目に入った。まだ明かりがついている。店主がまだ作業をしているんだろう。

 買い物の紙袋を抱えて、店舗に入る。入るなりすぐにカウンターだ。箱に入った火薬だ弾だと、棚ぎっしりに並んでる。

 そしてそこは無人という、またもやな仕打ち。俺は奥の作業場に声をかけた。

「大家さーーん! 大家さん、装弾(タマ)くださーーい! 大家さんってば!」

 だが作業場からは、ゴリゴリと何かを削る音ばかり。返事が無い。

 それならこっちも勝手知ったる店子の身分。カウンターから作業場に乗り込んだ。

 作業場は真っ暗に近い。窯の火も落としている。そこには相変わらず、ゴリゴリという音。

 小柄な娘が踏み台にのぼり、鉄の塊にヤスリを立てている。

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

(おっほ♪)

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ

(うっほ♪)

 なんか変な合いの手を入れてるし……。

 作業用のエプロンドレスに、俺と同じようなツバの広い帽子。前髪で瞳を隠したこの娘。これがきらら銃砲店店主、ガンスミスのきららだ。

 鉄砲の部品から工具まで、すべて鉄の塊からヤスリ一本で削り出す、小娘のくせに凄腕の職人だ。

 で、鉄の塊を平らにする、「平面を取る」作業も佳境のようで。おかしな合いの手にも力がこもる。

 ゴリゴリゴリゴリ

(うっほっほ♪)

 ゴリゴリゴリゴリ

(おっほっほ♪)

 うん、合いの手のタイミングが早くなってきた。そろそろ止めてやらないとこの娘、密林で胸を叩き出しかねないな。

 俺はタイミングを見計らって、一言だけ合いの手を入れる。

 ゴリゴリゴリゴリうっ……。

「ちんぱん!」

 ゴリゴリゴ……。

 ……よし、動きが止まったな。ここは復活しないように、もうひと押ししておくか。

「さるさるさるさるまんきぃ……ウッ!」

 うん、リズムやタイミングを崩されて、明らかに弱っているな。

 とどめを刺しておくか……。

「大家さん、今日も鉄砲がよく当たったよ」

 お、今度はピクッと反応した。

「本当ですか、カムイさん!」

 輝くような笑顔で、俺に振り向いた。

「もちろんさ。今日はポイズンラビットが二羽。大猟だったよ」

「距離は? 距離はどれくらいで当たりましたかっ!」

 すごい食いつき方だな。商売道具をほっぽり出して、俺の襟首を掴まえてきたぞ。もちろんつま先立ち。俺も少しかがんでやらないといけない。ふくらはぎがツッたら、彼女は商売あがったりだからね。

「距離も設定通り、五〇メートルで仕止めましたよ。大家さんの新発明のおかげさ」

「そうですか、五〇メートルでポイズンラビットが二羽ですか……」

 お、顔がゆるむのをおさえられない、って感じだ。前髪で半分隠れてるけど。

 しかしそれも無理はない。何しろ彼女の発明が、効果を発揮したんだから。

「ふっふっふっ、さすが天才きららちゃん。自分でも才能が怖くなります。やはり射程をのばすのは、これが一番みたいですね」

 俺の鉄砲は、いわゆる散弾銃。親父の形見というか、ジイさまの代から使っている、伝家の一丁だ。小さな粒弾をばらまき、小物や動きの速い獲物に使う。

 これは普通に使うと、三〇メートルくらいにしか効果が無いんだけど、それをガンスミスきららに改造してもらったのだ。

「で、大家さん。結局のところどんな改造したんすか?」

「聞きたいですか? 聞きたいでしょう? 教えてあげましょうね」

 すごく不親切な説明をすると、銃身(バレル)を取り替えたのだ。

 では新しいバレルに、どんな工夫が施されているのか?

 きらら先生、解答をお願いします。

「内腔の出口部分を、少し狭くしてあるの」

 はい、ザックリとした説明でした。

「例えば川の中に岩が並んでいて、その隙間を水が流れるとき勢いがつくでしょ? それと同じ原理なのよ」

 ものすごく簡単に言ってるけど、それを完成させるまでどれだけ失敗を重ねたことか。その研究と努力には、頭がさがるばかりだ。

「出口を狭くした鉄砲は、粒弾が勢いよく遠くまで飛ぶ、って仕組みなのよ」

 察した程度にしか知らないが、この一丁を鍛えるために、何丁もダメにしたみたいだ。試し撃ちから、ケガして帰ってくることもあったみたいだし。

 今日の栄光は、きららさん。あなたに捧げよう。お金は捧げないけど。

「それでカムイさん。何か私に用事ですか?」

「そうそう、弾ください。すっかり忘れてました」

「弾? 弾とおっしゃいましたか、カムイさん!」

 なんだこのリアクションは? マスターきらら、ニヤニヤとすけべ臭い笑みを浮かべてやがる。

「きららちゃんの新発明、カムイさんは御覧になりたいと、そうおっしゃるのですね!」

「あ、いや、モツが傷むから手短にお願いします」

「よろしい、カムイさん。あなたにはお見せいたしましょう」

 店舗の方に案内されて、カウンターの前に立たされる。ガンスミスを越えてガンマスターとも呼べる店主は、小さな木箱を取り出した。中には紙筒? 葉巻をぶつ切りにしたようなのが、行儀よく並んでる。

 よく見ると、尻には雷菅キャップのようなものがはめられて……ということは、これが弾?

「はい、驚いてますねカムイさん。これが新発明第二弾! 薬莢式装弾です!」

 俺たちの使う鉄砲は、マズル・ロードと呼ばれる方式。簡単に言うと、銃口から火薬を詰めて弾を押し込んで、ようやく撃てる代物だ。おかげで鉄砲なんてものは冒険者の役に立たず、戦争でも使えない道具にされている。おまけに一点一点がハンドメイドの手作りだから、貴族か職業猟師しか手にできない高級品扱いだ。

「まずは私が実演して見せますね」

 木箱から装弾を四つつまみ出す。

 ロッカーから鉄砲を出して……これは俺の使っているのと同じ。銃身が横に二本並んだ、水平二連と呼ばれる物。

 と、思ったら。

 仕掛けが施されているのだろう。鉄砲を「くの字」に折りやがった!

「驚きました? 驚きましたね、カムイさん?」

「いや、驚いたってのか常識に無いってのか……大丈夫なのか、それ?」

「心配いりません、火薬の燃焼させる部屋……薬室をロックで密閉してますから、燃焼ガスは……」

 ちょんちょんと、銃口を指差す。

「弾を押し出す方向にしか逃げません。これが私の新発明第三弾! 元折れ式鉄砲です!」

 そして銃身の機関部側に、先ほどの新式装弾を差し込んでもとに戻す。カチャンと音銃を立てて、「装填完了」と。

 俺の鉄砲なら火薬と弾を詰めて、撃鉄に雷管キャップをはめるんだけど。

「これでいつでも撃てるんですよ」

「えらい早いなぁ、おい! ツバメやハヤブサもびっくりだよ!」

 ガンマスターきらら、銃口を上に向けて「どーだ参ったか」の顔だ。

 で、また鉄砲を「くの字」に折って、ふたつの装弾を抜き取った。

「はい、これでもう弾は出ません。安全に弾の出し入れが可能です」

 おぉ、これなら獲物との「出会い」がなかったとしても、安全この上ないな。それに、いざ猟場に入って獲物がすでにいたとしても、すぐに弾を込められる。

「持ち運びの時なんか弾が入っていても、鉄砲を折っておけば撃針が弾を刺激することも無いですから、さらに安心安全です!」

 うむ! 良いこと尽くめの新型鉄砲! 気になるお値段は……。

「ハウマッチ!」

「なんと大金貨三枚(日本円で三〇〇万円)のお値打ち価格です!」

「やめやめ、高すぎじゃん……」

「え〜〜っ、お願いします買ってください! これ作るのに一年かかったんですよ〜〜っ!」

「俺たちみたいな貧乏人が、そんな高級鉄砲買えるわけなかろうがっ! 貴族に売りつけいっ、金持ちの貴族にっ!」

「ダメですよ、あんなボンクラ連中! 弾込めの手間も『優雅に仕込むのが貴族の嗜み』とか言って、この発明を評価してくれないんですからっ!」

「だったらせめて、小金貨三枚にマケろ! それなら考えてやる!」

「……いいんですか? 小金貨三枚で?」

 しまった、マスターきららがニヤリと笑いやがった。

 考えてもみれば、鉄砲だけでなく装弾も新型だったんだ。ここに高い値段をつけられたら、値引きの意味無いじゃん。

「あ、ちょっと待っ……」

「お買い上げ、ありがとうございまーーす! よかったね、新しいオーナーに可愛がってもらうのよ」

 可愛らしいリボンをつけて、梱包代わり。

 ちなみに俺の鉄砲は弾代として引き取ってもらうことにした。

 大物用散弾二〇発、小物用散弾五〇発、小鳥用散弾五〇発と引き換えだ。

 のんびりしようと思ってたのに、明日は山で稼いでこなけりゃならなくなった。

 今夜はきっと、苦い酒になるだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ