もう一人の射手
「でもマスター。この新型鉄砲、よくもこんなに早く店頭に並びましたね」
マスターきららの鉄砲はハンドメイド、つまり手作り。鉄の塊から部品を削り出すので、一丁の制作にはものすごい時間がかかる。
具体的に言うならば、一年に一丁か二丁。三丁目は完成しないというペースだ。
「カムイさんの鉄砲と同時進行で作ってましたから。逆に言うとこの鉄砲、いま買い逃すとしばらく出て来ませんよ」
「ということだ、ライゾウ。……どうする?」
「でもなぁ……明らかに予算オーバーだし……」
いくらの値段がついたかを訊いた。
俺のときと同じく、大金貨三枚(日本円三〇〇万相当)だと、ライゾウは言う。
う〜んと俺は腕を組んで唸った。もちろん演技もあるが、若いライゾウに大金貨三枚は高すぎるというのが本音。いかに若者の門出とはいえ、貴族クラスの買い物になるとなると……。
「どうにかなりませんか、マスター?」
「そうですねぇ……御予算はいかほどで?」
小金貨八枚だと、ライゾウは言った。マタゾウも張り込んだものだと思ったが、本来ならその金額では、旧式マズルロードの中古を買うのが関の山である。
「だけどさ、カムイのダンナ……」
「ん?」
「オイラ下手っぴの初心者だぜ。……こんなすごい鉄砲に、見合うのかな?」
このガキ、いつの間に謙遜なんておぼえやがったんだ?
「だったらライゾウ、お前はいくつになったらこの鉄砲に相応しい男になるんだ?」
「……だって、マスターきららが心血そそいで拵えた鉄砲だぜ……」
「鉄砲は……」
マスターきららが口を開いた。
「撃つ人がいて初めて命を吹き込まれるものです。……ライゾウさんはこの鉄砲と、生涯添い遂げたくありませんか?」
若者が、道具と向き合っていた。
その道具は匠の魂を吹き込んだ、名器と呼ばれる逸品だった。
若者の右手は、木製部品のグリップと呼ばれる箇所を握っている。俺の見る限り、掌がグリップと別れ難そうにしていた。相性が抜群なのだ。
「あの、ライゾウさん?」
マミが口をはさむ。
「それほど気に入ってらっしゃるなら……」
「い、いや。気に入ってなんかいないよ、オイラ!」
「嘘はダメ」
マミが微笑むと、ライゾウは「はい」と言ってうなだれた。
「それほど気に入ってらっしゃるなら、今晩鉄砲を抱いて眠ってみたらどうですか?」
マミの提案は意外だった。正直、その発想はなかった。
「マスターきららが魂を吹き込んだ逸品。きっとライゾウさんは万難を排してでも、手に入れたくなるでしょうね」
「いや! そんなことしなくてもオイラ、もうこの鉄砲気に入ってっからさ」
「だとしたら、迷うことなんかありませんよね?」
しまったという顔のライゾウだったが、マミを見て鉄砲を見て……それからうなずいた。
「うん、マミさん。オイラこの鉄砲、買うよ! きっとマスターの名前に負けない、立派な射手になる!」
価格は大マケにマケて、小金貨三枚となった。俺のときと同じ額である。まあ、これから先、死ぬまで弾代がついて回るのだ。ここでマケてもマスターきららに損は無い。
弾は、クマやシカ、イノシシを相手にする大物用。アナグマ、ウサギ、キジやカモの中型用。ハト、コジュケイの小物用に分かれている。
日本円換算だと、それぞれ一発が五〇〇〇、三〇〇、一〇〇の値段になっている。……正直、結構痛い。引き金を引く指にも、別なプレッシャーがかかるってもんだ。
弾代の呪いについて考えていると、カモ撃ちで一緒だったヨナタンが店に入ってきた。弾と火薬、雷菅を注文した。
「どうしたヨナタン、そんなに買い込んで」
「あれ? カムイさん知らないのかい? 近々大規模なゴブリン討伐がかかるらくて、参加者を募集してるんだよ」
「もしかしたらギルドに集まってた、アレのことか?」
「そうそう、あの御触れさ。なんでもゴブリンが二〇〇だか三〇〇だか、かなりの数で攻めてくるらしいってさ」
報酬は一匹につきナンボというものではなく、一戦につき報酬いくらというものらしい。
大規模討伐ともなれば、連携した作戦行動が必要になる。その最中、いちいちゴブリンの手首を切り落としてなどいられないからだ。
「マミ、夕方のカモ撃ちは中止だな。ゴブリン討伐の話を聞きに行こう」
「あ、オイラも一緒でいいかい? 大仕事なら若い衆の手も必要だろ?」
「もちろん歓迎だ」
「といいますか、親分?」
マミがボンヤリと言う。
「ライゾウさんを、私たちのチームにお迎えしてはどうでしょう?」
お? またライゾウの瞳孔が開いたぞ? お前一日に何回心拍とめるつもりよ?
「い、いいのかい……カムイのダンナ?」
「マタゾウの許しが出ればな。いや、同じ性能の鉄砲を担いでるんだ。一緒に行動する方が、上達も早いだろう」
俺が言うと、ライゾウの奴、頭の上に花を開かせた。器用な奴めと思ったが、新型鉄砲を手に入れたんだ。気持ちはわかる。
「冒険者登録は済ませてあるか、ライゾウ?」
「あぁ、大丈夫。さっき見習いから本職に切り替えたばかりさ」
「よし、それじゃ人が掃けたらギルドに行ってみるか」
それまでライゾウは、鉄砲に慣れるように脱包、再装填、挙銃、脱包を反復練習させる。
「それだったら、カムイさんの鉄砲を貸してあげてもらえます?」
「かまわないけど、何故だいマスター」
「ライゾウさんの鉄砲は、まだ調整が済んでないから……頬着けから目の高さを調整したいのよ」
「なるほどね」
「親分はどうするんですか?」
「俺はマタゾウに挨拶を入れてくるよ、ライゾウを受け入れることになるからな」
となると……。マミが一人ぼっちになるか。
「カムイさんが出掛けてる間は、マミさん。……これの練習してみない?」
マスターきららが取り出したのは、「高い、当たらない、手間を食う」で有名な単発鉄砲。いわゆるマスケット銃という奴だった。
「これをこうしてねぇ……」
構える、おろすをマスターは繰り返す。地味な反復練習だが、これが効果的なのだ。
「さ、やってみて」
「はい!」
ということで、それぞれやる事ができた。俺もマタゾウのところへ行くとする。
ヨナタンとともに店を出た。彼はこれから帰って、鉄砲の手入れをするらしい。
おそらくマタゾウも鉄砲の手入れをしているにちがいない。家をたずねると、案の定鉄砲掃除をしていた。
「マタゾウ、邪魔するぞ」
「お、カムイさん。どうしたんだい?」
子持ちとはいえ、マタゾウは俺より若い。鉄砲撃ちという低い身分でありながら、嫁をもらい子を作り育んできた。俺は独身の立場を言い訳できなくなってしまう。
まあ、後ろめたさはコッチに置いておくとして……。
すすめられて粗末な椅子に座る。茶を出してくれるそうだ。
「倅のライゾウが鉄砲を手に入れたぞ」
開口一番、まずはそれを報告。
「ほう、どんな鉄砲だい?」
「マスターきららの鉄砲だ。驚くなよ……なんと新型だ」
「新型ねぇ、どのあたりが新型なんで?」
「そうさなぁ、弾を撃ってから次の発砲まで、約一〇秒」
茶を運びながら、マタゾウはカラカラと笑った。
「そいつは時間がかかりすぎだ。水平二連なら、間髪入れずに二発目ですぜ」
……なるほど。確かにこれは、俺の説明が悪かった。
「……スマンすまん、誤解を招く言い方だったな。二発撃ち切って、そこから三発目を撃つまでの時間。それが約一〇秒ってことさ」
「あり得ないでしょ」
「あり得るんだ」
「嘘ばっかり」
「本当さ、実際に俺は同じ鉄砲で、カモを十二羽おとしている」
マタゾウは茶をすする。
「見ましたよ、ギルドでね。だがありゃアンタ、チームを組んでの記録でしょうが」
「あぁそうだ、相棒は距離を測る魔法を使うだけで、鉄砲は担いでなかったけどな」
「……………………」
マタゾウは俺を見詰めている。どこに嘘があるか、見抜こうとしている目だ。
「……鉄砲の真偽より、カムイさん。そういやアンタ、相棒を掴まえたって話を聞いたよ。そっちの方が不思議だったぜ。独りカムイが他人と組んだ、ってね」
「いろいろ事情があってな……」
そうだ。マミとの出会いは、酔っぱらいをひろったという、極めてしょーもない出会いだった。
そのマミが距離を測る魔法を使う、という辺りから現在につながっている。
「だがね、鉄砲の性能と魔法のおかげで、猟果は上々だよ」
「しかし、あのチーム名は無いだろう」
マタゾウは苦笑した。
チームしおから。
うん、これは苦笑されても仕方ない。仕方ないがあれは、相棒が決めたものだ。俺が悪い訳ではない。
「そのチームしおからにだね、ライゾウを入れたいんだが。問題は無いだろうか?」
「ほう、独りカムイのチームに、俺の倅がかい? ずいぶん買われたもんだな」
「三二インチのマタゾウの倅だ、買わないわけにはいかん。それにライゾウは今、俺と同じ鉄砲を持っている」
「さっきからそればかりだが……そんなに良い鉄砲なのか?」
二六インチ銃身で、五〇メートルいける。そう言ってニヤリと笑ってやった。
「……どんな化け物鉄砲だよ、そいつは」
マタゾウはようやく、俺の話を信じたようだった。




