褐色のライゾウ
そのあとはエルダさんも一緒に、しばし近場の林道探索。素晴らしいことにそこいら一帯は、お狩り場かと疑いたくなるほど鳥影が濃厚だった。
たまに石を摘まんで藪に放る。それだけでキジやコジュケイがバタバタと羽ばたいた。
「本番は犬を使った猟になりますから、今度はゴーと声をかけて下さい。それから石を放り込みますんで」
「はい、お願いします」
林道を歩き、犬がポイントするようにピタリと足をとめる。
エルダさんに振り向き、うなずいた。
「ゴー!」
短く鋭い命令。俺は石を放った。キジが出る。迫力の飛翔だ。しかしエルダさんを見てみると、最初のような動揺など無い。キジをきっちり目で捕らえている。
「お上手お上手、素晴らしい上達ぶりです」
「これは先生がよろいしいのですわ」
「最後のカリキュラムは本番で、ねらいを外しても笑っちゃうことです」
「え? ハズレなのに笑うんですか?」
そう、と俺は答える。
「狩猟の極意は、特に娯楽で鉄砲を手にする場合は、外して笑うことです。職業猟師じゃないんですからね」
なるほど納得、という表情が返ってきた。あとはラウロ君がどれくらい狩猟というものを好いてくれているか。そこにかかっている。
林道の、ほんの入り口だけ散策してエルダさんと別れた。
「あの年頃なら、まだ学校や習い事の時間だろうに。なんでこんな所にいたんだろう?」
思わず口にしてしまう。
「今度のキジ撃ちが、それだけ気がかりだったんじゃないんですか?」
答えてくれたが、マミにいつもの元気が無い。
どうしたと訊くと、口をへの字に曲げてしまった。
「命の尊厳ですよ」
ちょっとだけショボくれている。
「私も一人前の猟師になりたい。食べていけるようになりたい、稼ぎたいと思ってたんですけど、自分のことしか考えていなくて……」
ポンと頭を撫でてやる。
「命と向き合うのは遅かれ早かれ、猟師が必ず通る道さ。それが本当に、早いか遅いかだけの違いだ」
「親分はどうだったんですか? 初めて命と向き合った時って」
今度は俺が口をへの字に曲げる番だった。あまり話したくない。なにしろ……。
「鉄砲を持つようになって、五年も六年もしてからだ」
それまでは鉄砲を撃つことが楽しくて仕方なかった。稼げることが嬉しかった。それだけしか、なかった。
「あまり出来のいい若手じゃなかったよ」
正直、マミの方がよっぽど素直で優秀だ。まだ鉄砲を持たせていないが、俺なんかより優れた猟師になる可能性がある。
だから俺なんかは。
「回り道や道草ばっかりだったな」
「私は……」
歩きながらうつむく。
「私は、回り道や道草を食ったりしてないでしょうか……?」
「もちろん師匠、親分としては心配だ」
頭をクシャッと撫でてやる。
「マミは道草を食わなすぎる、回り道も知らない。俺としては、もっともっと反省や後悔を体験してもらいたいんだけどな」
「えへへ……」
エルダさんの一件から、初めてマミは笑った。
「だから親分が大好きです!」
腕をからめてくる。もちろん豊満なバストが押しつけられているのだが、今は「男」を盛り上がらせる気分ではない。
ただ愛娘の成長を見届ける父親のように、若い相棒の成長に期待するばかりだった。
町に入る。
マミはもう、腕を組んではくれない。ちょっとさびしい思いはあったが、年頃なみの羞恥心があることに安堵する。
「……親分?」
「どうした?」
「なんだか冒険者の姿を、よく見かけるんですが……」
「うむ」
もちろん俺も同じように感じていた。
飲食街から、マーケットのならぶ大通りから、辻の陰から、冒険者たちが姿を現す。そして同じ方角に足を進めていた。
「この方角は?」
「ギルドですよね?」
「みんな集まっているのか?」
「行ってみましょう」
迷うことなく、マミは俺の先に立った。カモのモツにリバースしていた線の細さは、鳴りをひそめている。
ギルド庁舎には人があふれ、すでに通りまではみ出していた。
その中に、鉄砲撃ちの仲間もいる。袖を引いて、集合の理由を訊いてみた。
「お、カムイさん! 俺もよく解らなくてさ!」
「集合がかかってるんだよな? 冒険者たちに?」
「え? よく聞こえない!」
「冒険者たちに集合がかかってるんだよな!」
「俺のところには、使いの人が来ましたよ!」
その使いの人とやらが、町中の冒険者たちを引っかき集めてきたらしい。とりあえずマミの手を引いて、人垣の中に参加する。
「私も他の冒険者に訊いたんですけど、なんだか御触れが出るらしいですよ?」
「御触れ……告知か。いつ以来だろうな……」
正直言うと、十代のガキの頃まで記憶を遡らなければ、御触れの記憶は無い。確かあの時は山が赤い年で(山が枯れて餌不足の年)、オークが軍団を組んで町をうかがっていたっけな。
ブタのモンスターは数約五〇。それを冒険に出ていない者たちだけで、懸命に駆除したはずだ。
そうなると今回の集まり、ブタのモンスターが徒党を組んでいるというのに相当する、大変な出来事だと推察される。
ワイのワイのとさざめく冒険者たち。ギルド職員の説明を待ちかまえていたのだが……。
「お、来たぞ」
誰かが言った。
他人さまの頭越し、職員の姿が見える。
職員は何やら紙を広げて読み上げているようだが、秩序という概念が低い冒険者たちの私語でよく聞き取れない。
「一度帰ろう、マミ」
「え? いいんですか、親分?」
「これじゃあ何をしゃべってるんだかわからんからな。一度部屋に帰って猟具を片付けて、人が引いたころに来てみよう」
俺たちは喧騒をあとにした。
そしてご存知、「きらら鉄砲店」の店構え。珍しいことに大家でガンスミス……を越えたガンマスターきららが、工房ではなく店舗で接客をしていた。
客は小柄な男……というより、まだ少年。ボサボサ伸びた黒い髪を無造作に束ねただけの痩せっぽち。そして秋でもランニングシャツという、褐色の肌の強者。鉄砲猟師マタゾウの倅、ライゾウだった。
店の中のライゾウは、俺に気がついたらしい。悪ガキ面を崩して、手を振ってくる。俺も手を挙げて応える。
店に入った。ライゾウは水平二連の鉄砲を手にしていた。
そして営業スマイルのマスターきららがかまえる、カウンターの上には……。
鉄砲の弾。俺がいま使っている、薬莢式の新型装弾が並んでいた。
「おう、ライゾウ。お前さんも鉄砲を持つ年になったか」
ライゾウは今年十三になる。親父さんから鉄砲を許される年頃だ。
「うん、父ちゃんが新しい鉄砲買って来いって言ってくれたのはいいんだけどさ。……やっぱり新型ってのは高くて高くて」
「俺のと同じやつだな?」
マスターきららは、「そうですよ」とニコニコ。言外に、「商品のイイとこ、説明してね♪」とプレッシャーをかけてくる。
仕方ない。大家といえば親同然。親の稼業を少しばかり手伝ってやるか……。
「その様子だと、一通りの説明は受けたようだな?」
「うん、弾はよく飛ぶし、装填も早い。安全も万全だってのは、わかるんだけどさ……」
「俺はこの鉄砲で、カモを十二羽いただいたぞ?」
「えっ! 十二も? ……一回の猟でかい?」
「あぁ、今朝のことだ。ギルドで訊いてみるといい。それも、ポイント一ヶ所でな」
普通は池の周りをグルリ一周したり、とにかく足を使って獲物を探すものだ。
そして今朝のようにカモが大量にいたとしても、旧式鉄砲……マズルロードでは二羽をしとめるのがせいぜい。次の弾を装填している間に、カモは全部逃げてしまうからだ。
つまりベテラン猟師の記録でも、一回の猟で獲れるカモはせいぜい四〜五羽。二桁猟果など、基本的にあり得ない。ライゾウが目を丸くするのも当然だ。
「もっともこの猟果は、俺一人の力じゃない。ここにいる、相棒のマミが魔法で正解に距離を測ってくれたからだ」
「はじめまして、ライゾウさん。カムイさんの助手をつとめています、マミです」
ゆったりしたズボンをつまんで上品におじぎ。育ちの悪い俺たち猟師にとっちゃ、雲の上の礼だ。
その証拠に、見ろ。ライゾウのやつ目の丸くして、硬直してやがる。つーか呼吸してるか、ライゾウ? お前、瞳孔開いてんぞ?
「あ……お、おう……お、オイラ、ライゾウってんだ……です」
マミの方が年上。魔法が使えて、俺の相棒。つまり働いている。
ライゾウは年下。マミより背が低い。バストやヒップが豊かなものだから、マミの方が立派な体格に見える。おまけにライゾウは、マタゾウ親父の使い走りしかしていない、新兵のペーペーだ。
すっかり飲まれてるな、ライゾウ。この未熟者め。そのだらしなさ、たっぷり笑ってやろうニョホホホホ。
しかしコイツ、俺の説明もどこか上の空。チラチラとマミを盗み見たりして、すっかり集中を切らしてしまっている。




