憂いの乙女エルダさん
野生の森、野蛮な猟場に可憐な乙女は似合わない。
それが真っ白なワンピースときた。
何やっとんねん
素直な感想がそれだった。
しかしワンピースの娘さんは、唇を引き締めて森を睨んでいた。
「なんでしょう、親分。ずいぶん思い詰めているようですが」
「ん〜〜……若いし華奢だし、品もありそうな娘さんなんだけど……」
なんだけど、猟場などというワイルドな世界に相応しくない。
何故こんな場所に?
何故こんな娘さんが?
それを考えると、なんだか嫌な結論が導きだされそうで、できれば関わりを持ちたくないというのが本音だった。
「まさかあの娘さんが、マヌエルさんだかアダムさんだかの娘、とか言わないだろうな?」
「いやいやまさか、親分。そんな都合のいい話は無いでしょう」
「そうは言うが、マミ。それ意外にあんな娘さんが、こんな田舎に降臨なんて……」
「落ち着きましょう、親分……ってか娘さん、こっち見ましたよっ!」
「ぅおっ? なんだ可愛らしいじゃねぇか!」
碧い瞳、栗色ストレートのセミロング。まだ幼さののこる鼻筋。年はマミより下だろう。ってかマミまでタレ目の目尻をさらに下げて、いわゆるやに下がった顔してやがる!
「しかも親分、もじもじしてます! 可愛らしいです!」
「なんだあの仕草、まるで俺たちに話しかけて欲しそうな、それができないような」
「うわ、美人さんや可憐さんって得ですよねぇ……。私があれをやったら非難の嵐ですよ!」
マミにはマミの良さがある。娘さんには娘さんの良さがある。比較して腐ってはいけない。そう言って慰めたのだが、マミは娘さんに見とれるのに忙しいようだ。「ほぅ……」などと、ため息をついている。
「よしマミ、あちらの娘さんに声をかけてみろ。本当にマヌエルさんだかアダムさんの娘かもしれん」
「え? いいんですか? 私、猟服ですよ」
あ、やっぱりそういうの気にするのね?
しかしマミの猟服というのは、ダブルのジャケットに襟元はスカーフを巻いて。落ち着いた色合いの乗馬ズボンだが、ブーツなんかも飾り縫いのある洒落たもの。そこからわずかにソックスをのぞかせているのが、マミの洒落っ気だと俺は知っている。
つまり俺たち野郎やおっさんの猟服にくらべれば、段違いに可愛らしいものだった。
「大丈夫だ、お前も負けてないくらいに可愛らしい。自信を持て」
「わかりましたぁ! それじゃちょっと行って来ます!」
いや本当に。食うや食わずとか他人から必要とされる自分とか、そんな都合さえなければマミは猟師なんかに身を落としたりしなかったんだ。もしかしたらあんな風に白いワンピースなんか着て、野生動物とか冒険者とは無縁な暮らしをしていたかもしれない。
お、ちょっと胸が痛いぞ。なんだかんだで情が移ったかな?
などと感傷にひたっていると、マミが「こんにちは」と娘さんに声をかけていた。
育ちがいいんだろうな。娘さん、ぺこりとお辞儀。その仕草もスカートをつまんだりして、実に優雅だ。
年頃のマミと色づきはじめの娘さん。二人が言葉を交わす姿は、なんともイイものだ。華があるね。見とれてしまうね。普段から生きるの死ぬのという世界にいるものだから、ほっこりとしてしまうのも無理はないはずだ。にやけた俺は悪くない。
自己弁護をしていると、二人並んでこっちに歩いてくる。
うむ、両手に花も悪くない。まあ、花は眺めるものであって食べるものではない、というのが俺の信条だから、両手に花でも何もナイっていうのが本当なんだけど。
で、身近な花のマミが娘さんを紹介してくれる。
「親分、こちらはエルダさん。マヌエルさんの娘さんだそうですよ」
「はじめまして、エルダさん。猟師のカムイです」
娘さんも頭を下げて、エルダです、と。まるで鈴が転がるような声だ。
「で、親分。実はエルダさん、親分に相談したいことがあるそうです」
「ほ? 俺に相談?」
エルダさん、顔を真っ赤にしてうつむいて、もじもじとスカートを握ったり離したり。
「あ、あの……カムイさんを優秀なシェルパと見込んで、相談したいのですが……」
ワォ……ジャックポットだ。大当たりじゃないか。やっぱり彼女、今度のキジ撃ちに来るお嬢さんだそうだ。
「カムイさん、今度のキジ撃ちで……案内してくださる方、ですよね?」
「はい、きっと素敵な一日にして差し上げますよ」
「実は私、そのキジ撃ちに父と一緒することになっていまして……」
はいはい、もちろん存じてました。そんな予感はビンビンしてましたとも。
「本当のことを申しますと、私……鉄砲を撃つどころか、触れたこともなくて困ってしまいまして」
「あらあらそれはまた……それなのにキジ撃ちに出るだなんて、何か深い事情でもあるんですか?」
と訊いたのはマミ。なんだか知らないが、口元がモニョモニョとにやけてやがる。
「えぇ、実は……アダム氏の御子息ラウロさまが、キジ撃ちを趣味にされているとうかがいまして……」
おいおい、俺の大当たりかと思ったらマミに大当たりかよ……。道理でニヤついている訳だ。
「あ、ラウロさまというのは私のお見合い相手でして、意気投合したというか私としては良縁に恵まれたというか……」
しばらくゴニョゴニョ言ってたけど、要するにラウロ君のことが気に入ってしまって、彼に気に入られたくて私もキジ撃ちを趣味にしてます、なんて嘘ついちゃって。
「カムイさん! どうすれば鉄砲を上手く撃てますか!」
「教えてあげて下さい、親分! 女の子の未来がかかってるんです!」
女の子にとって恋というのは、とても重要なこと。俺の乏しい人生経験からも、そのことはわかる。
だがしかし。
「エルダさん、鉄砲を上手く撃つのは難しいことじゃない。だけど君は、ひとつ忘れ物をしている」
「……忘れ物、ですか?」
「そう。一番大切なことを忘れているね。……それは、ハンティングというものがひとつの命を奪うことで成立する、ということです」
女の子は恋に生きるもの。そしてそのためには、あらゆる困難を乗り越える生き物だ。
しかし女の子という存在は、やがて子を生み育む存在でもある。だからこそ、マミにもエルダさんにも、命の尊厳と尊さは忘れて欲しくない。
キジ撃ちのみならず、狩猟という行為は命を奪う作業だ。もちろん商いの大家ふたつが結ばれて、民が飢えなくなるというのは重要だ。悪い言い方をすれば、キジ一羽二羽の命で人間一万人が飢えなくて済むならば、安いものだろう。
だがキジの命も、ひとつの命。
お嬢さん辺りが気安くモギ取って良いものではない。感謝、畏敬。その他をさまざま取り揃えていただいた上で、鉄砲を握ってもらいたい。
その旨を説明すると、エルダさんもマミも、唇を噛んで黙り込んでしまった。
おっと、少しばかり若者をいじめてしまっただろうか? だがこの事実は不変だ。肝に命じておかなければならないこと。
とはいえ。
「偉そうに言ったけど、人間にとってキジが空飛ぶ食べ物であることには、変わりが無い。生命を尊敬して、糧になってもらえたことに感謝を忘れなければ、鉄砲もすぐに上手くなるでしょ」
そばにあるボサを指差す。先ほどからキジらしい気配が濃厚なボサだ。しかもチョットコイチョットコイと、コジュケイまで鳴いている。
お嬢さんたちの視線がボサに向いた。俺は小石を投げ込む。
飛んだ。
オスメスのキジ。そしてコジュケイ。
感動的なまでに鋭く、力強い羽ばたき……飛翔である。その羽音は必ず生き残ってやるというたくましさと、信念に裏付けされた迫力がある。
「どうですか、エルダさん。キジというやつも、なかなかの迫力でしょ?」
「はい、ビックリです」
「この大きさと羽ばたきの鋭さを忘れないで。そうすれば今度のキジ撃ち、きっと上手くいきますよ」




