THE ボウズ
夕方猟といっても、日没寸前に現場入りする訳じゃない。今回はデコイを使うのだ。仕込みのために少し早く到着する必要がある。
まずポイントは、他の猟師が着かない場所。つまり、あまりカモが寄らない場所をチョイス。遠浅で実をつける木の枝がせりだしていないところ。
遠浅だと獣にねらわれる可能性があるし、枝がせりだしていないと餌が期待できない。
だからあまりカモは着かない。
「おぉ、見事にカモがいませんねぇ」
現場入りして第一声、マミは目を丸くした。今朝は水面を埋め尽くしていたカモが、一羽もいないのだ。
「みんなお出かけ中なのさ。こんな活発な時間帯にねらっても、まず落とすことはできないよ」
弾の届かない高い場所を飛んでくれるからね、と付け加える。
「留守のウチに、デコイを仕掛けてしまおう」
水辺から少し離れた場所に腰をおろした。
デコイの底に紐を通して、重りに結束する。風や波に流されぬようにだ。それを一〇ほど用意する。
「この場所から四〇メートルくらいの場所に仕掛けてくれ」
「わかりましたぁ、親分!」
マミは猟服を脱ぎ始めた。
で、現れた水着は御期待どおり。半袖腿丈のワンピース、横に縞々の囚人服な水着である。
うん、君ならばそのチョイスだろう、マミ。まったく期待を裏切らない娘だ……。
日光で水温が上がっているとはいえ、すでに秋。それでも髪を結んで、マミは溜め池へと突入する。大量のデコイを引きずって。
ポイントに到着したら紐の長さを調整して、あまり流されないようにする。だからといって短すぎるのもダメだ。波が出たとき、デコイが不自然に沈んでしまう。
マミは脚の付け根まで水につかり、ときにはしゃがみこんで作業した。
俺はその間、岩場にたき火を準備してやった。射撃ポイントから離れた場所だ。その位置ならば人がいてもたき火があっても、カモは油断するだろう。
マミが戻ってきた。色気のない水着だったが、今は若々しい肌にぴったりと貼りついている。
つまり豊満な胸や魅惑の腰。さらには胸や腰を強調するくびれが、俺の心に直撃した。
……最近、御無沙汰だからな。
いやいや、俺もまだ若いってことか……。
自分に言い訳をしながら心を静める。紳士的にマミをたき火に案内してやった。
つーかこの女、自分の暴力的な肉体に気づいてねーのか? あきらかに「?」を頭の上に浮かべてやがるぞ。
タオルで水気をぬぐい、毛布を羽織り、マミはたき火のそばに腰かけた。
「これからカモが帰ってくるまで、しばらく待機だ」
「わかりましたぁ」
「俺が合図するまで、たき火にあたっててくれ」
「いいんですか?」
「今回は獲物を、一羽一羽回収することになる。できるだけ身体を暖めて、体力の消耗を防ぐんだ」
「はぁい」
ということで、俺は射撃ポイントへ。四方を見回しながら、時々カモ笛を吹く。
一羽一羽回収するのには、理由がある。死骸の浮かんだ場所に、カモは着かないからだ。
人間だってそう。死体の転がった場所には寄りつかない。当たり前の話だ。
そんな理由で、デコイはあまり本職の猟師には好かれない。いちいち入水する労力の割に、実入りが少ないからだ。こうしたカモ撃ちの方法は、どちらかというと金持ちや貴族が好むという。金持ちや貴族は、射獲した獲物を犬に取って来させるからだ。
もちろん俺に犬は無い。そんなもの飼っている余裕は無い。
だからといって俺の場合は、出猟しない訳にはいかないのだ。とにかく稼げ、鉄砲代金のために。とにかく稼げ、マミを食わせるために……だからね。
マミに合図する。はるかかなたにカモの飛影を見つけたからだ。
身を低くして、毛布のミノムシは俺の横に並ぶ。
デコイを指差した。
「獲物がデコイに近づいて、五〇メートルの距離に入ったら撃つ」
「コクコク」
またカモ笛を吹く。カモは溜め池の上を一周二周。かなり離れた場所に着水。ほぼ池の中央に降りた。
周囲をうかがっている。もしかしたら、一度ねらわれたことのある個体かもしれない。
またカモ笛。少しずつ獲物は、デコイに寄ってくる。
マミも食い入るようにカモを見詰めている。が、距離測定の魔法は放っていない。充分という時に、確認のために放つつもりらしい。
が、飛ばれた。
こちらの視線を感じとられたらしい。
が、失敗なんて日常茶飯事。次の獲物のために気持ちを切り替える。
「あぅ……逃げられちゃいました」
「そんなこともあるさ。野生動物なんてみんな、身を守る術を心がけてンだから」
「まだ距離測定魔法も、使ってなかったのに……」
「なんの、まだまだチャンスはあるさ」
カモ笛を取り出す。
どこか俺たちの見えない場所に、カモは着いているかもしれないと信じて鳴き声を真似する。
だが、この夕方で猟果はゼロ。弾をしまい込んで鉄砲をケースにしまい、太陽が山に隠れて帰路をたどり出した途端、カモは群れで帰ってきた。
空を埋め尽くす勢いで、どこに撃っても当たるだろうという密度で、奴らは押し寄せてきた。
マミの猟欲が戻る。魔法の準備をしていた。
しかし俺は、マミの肩を叩く。
「帰ろう、また明日があるんだから」
そうだ。猟師なんだからこんなこともある。焦って鉄砲を引きずり出して事故を起こすよりも、今日は笑って帰ろう。
「あのカモたちは、明日の楽しみだ。今夜は明日の稼ぎを夢枕。きっと大金稼ぐ夢が見れるぞ」
俺の笑い声をかき消すように、溜め池のカモたちはギャーギャーと叫んでいた。
「デコイは仕込んだままだ。明日はあのポイントが間違いない」
そういうと、ようやくマミにも笑顔が戻った。




