草食動物の必殺技
もう二度と羽ばたかぬ、六羽のカモ。そのうちの一羽を取り上げて、俺は羽をむしり始める。
場所は肛門周辺。マミも見よう見まねで作業に入る。
むしった羽はたき火の中へ。時折、どのくらいむしれた? と、のぞき込んでやる。
よろしくむしれたところで、その辺に落ちている小枝を拾った。二股、Y字になったものだ。それをちょっとだけ折り、フック状にする。マミも素直に従った。
羽をむしった肛門周辺。そこにナイフで切れ目を入れる。ナイフを渡すと、マミも切れ目を入れた。
その切れ目に、フック状の小枝をインサート!
二度三度かき回して……。
「引き出してごらん、マミ」
「はい」
俺も一緒に小枝を引き出す。
すると、カモの内臓がビロ〜ン!
フレッシュ艶々、生命の艶めき未だ新たなる、内臓がビロ〜ン!
マミの指先の小枝にも、からまった内臓が……ビロ〜〜ン!
「……………………」
マミは内臓を見詰めていた。
ちょっと微笑んでいるようにも見える。
だがしかし、瞳からハイライトが消えていた。
クラッ!
おう! マミさん失神かよ?
「くうっ!」
あ、崩れ落ちる前に踏みとどまった。
「猟師になるんです猟師になるんです猟師になるんです! こんなことで負けたりしません!」
おお……見事踏ん張り直したぞ。
「えらいえらい、そのガッツが無いと猟師は勤まらんからな」
さっき死にそうだった俺は、どこへやら。
いや、マミが恩人だからこそ、狩猟のすべてを俺は授けているんだ。
鬼になれ、カムイ!
例えマミが苦しくとも、命のやりとりのすべてを、この娘に与えてやれ!
いや、意識を失いかけては取り戻すマミの姿が可愛かったからじゃない。そうじゃないんだ。これは猟師の「いろは」だからな。大切なことだから仕込んでんだ。
「大丈夫か、マミ?」
一応、声はかけておく。
「…………ふ、ふぁいっ! マミさんは大丈夫れす!」
あぁ、目玉がぐるぐる。これは……イクかな?
「すみません、親分。ちょっとひつ……ひつへい……失礼しまふ……」
マミは立ち上がった。
ススキの中に姿を隠す。
そして……。
きらめきクイーン、再び。
苦しそうな吐瀉のうめきと共に、またもやクイーンが降臨した。
俺は自分が引っ張り出した鳥モツと、マミが引っ張り出しかけた鳥モツを並べ、内容物をシゴキ出した。糞を絞ってさえしまえば、鳥でも獣でもモツはモツだからだ。
「おかえり、マミ」
「失礼しまひた」
マミが戻ってきた。
申し訳なさそうな顔で自分の席に戻り、新しいカモの尻羽を抜く。
「まだチャレンジする?」
「もちろんです」
それなら俺からは、何も言うことは無い。
だが、うぷ。
俺は見て見ぬふりをする。
生き物の中身が放つ、強烈な血と脂の匂い。なれてしまえばどうということはないが、素人のお嬢さんには少なからずキツイものがあるだろう。
だがそこはマミさんガッツ。口からこぼれ出そうなものを飲み込んで、モツ抜きに挑み続ける。
ここに息絶えた鳥がいる。
ここに生きようとする人間がいる。あしたを切り拓こうと、必死になっている人がいる。
カモ、キジといった大型鳥は、早めに腸を抜いた方がいい。そうでなければ腸の内容物が、肉に香りを移してしまうからだ。
それを説明すると、マミの手は必死必殺。ドン臭くても手をやすめず、カモのケツ毛をむしり、腸を抜き続けた。
俺はモツから糞を絞り出す。すべてのモツをクリーンにすると、一度水洗い。それから軽く塩をまぶしたら、枝にからめて火であぶる。
「朝飯だ」
それまで生臭さを放っていたモツは、途端に食欲をそそる香りを放つ。
表裏、しっかりあぶったところで、「そろそろいいかな?」ゴリッと一口。
「うん……悪くない。……マミもどうだ?」
リバースした内臓には、ちょっと重いかな? 心配してみたが、マミはあぶりモツを受け取り、ガブリと食らいつく。
「はふはふ……熱、おいひいです」
「これが猟師の野戦料理よ」
「ふぁいふぉーれすふぇ」
六羽分のモツを平らげて、火の始末をする。ススキの群生から離れているとはいえ、念入りに念入りだ。
「よし、次は夕方猟だ。一度町に帰って寝るぞ!」
「はい、親分!」
カモのチャンスは日に二度。日の出と夕暮れ時だ。そして朝と夕方では、猟の内容が変わってくる。
それはそれとして。まずはギルドで検体だ。
よく太った今年の一番鴨。一羽につき小銀貨二枚(二〇〇〇円)、六羽で大銀貨一枚小銀貨二枚の稼ぎになった。安いと言えば安いかもしれないが、カモの季節はまだまだこれから。それを考えると、食卓の財布に負担をかけることはできない。
二人で湯屋に行き、部屋で洗濯。そして夕方猟に備えて昼寝。いや、朝寝だろうか。
そして太陽燦々。
マスターきららとともに三人で昼食。
「カムイさん、夕方猟はアレですか?」
「うん、アレを使おうと思う」
ミートソースを食らいながら、頭の中では計画を練っていた。
「親分、アレって何ですか?」
「マミは知らないか。デコイを仕掛けるのさ」
「デコイ?」
「そう、カモの模型だ。これを沢山水面に浮かべて、カモを誘き出すのさ」
「……たったそれだけで、ですか?」
「それだけじゃないぞ、カモ笛も使う」
「カモ笛?」
カモはとても警戒心の強い鳥だ。寝床を選ぶにも、吟味に吟味を重ねる。逆に言うなら他のカモが着いているポイントは、安全だと判断するんだろう。しかもカモ笛の鳴き声までついていれば、なおヨシなんだろうね。素直に着水してくれる。
「そこをズドンさ」
「やっぱりカモを騙さないと、獲ることはできないんですねぇ」
「騙すのは人間ばかりじゃないぞ。イタチだかなんだか……あれはウサギの目の前で、ぴょんぴょこと跳ねて踊るんだ」
「あらあら、それは可愛らしい」
「で、ウサギが『なんだべ、アレ?』と不思議に思って見ているところを、ガブリ!」
「あらあら、それは可愛らしくありませんねぇ」
どいつもこいつも、山の中では生きることに必死だ。安穏と暮らしてるのは、町の中の人間だけだろう。
一見おとなしく見える草食動物だが、奴らは奴らでまた、えげつない戦法を持っている。
「ほうほう、なんですかそれは?」
「餌として狙われた個体が、逃げ切ることさ」
「ほえ?」
肉食動物は空腹にならないと狩りをしない。そして確実に獲物をしとめるために群れを作る。
「オオカミなんかが良い例だ。一頭の草食動物に群れで襲いかかる」
だけどその個体が、オオカミたちの牙をかわしたら?
「狩りは失敗ですよね?」
「そう、オオカミたちは空腹のまま。動き回ったおかげで、より腹が減る」
そんな失敗が続くと、どうなる?
「お腹が空いて死んじゃいます」
「そう、空腹で群れが全滅する」
あっ、という顔をしたマミ。
どうやら気づいてもらえたようだ。シカが一頭逃げ切るだけで、オオカミの群れは危機に陥る。
別な言い方をすれば、一頭のシカは複数のオオカミを殺すことができるのだ。
「な? 草食動物がおとなしいだなんて、幻想でしかないだろ?」
「……う〜〜む。恐るべし、草食動物」
「まあ、そうならないようにオオカミの方も、いろいろ作戦を立てて生き延びるんだけどな」
「過酷ですねぇ、野生の世界は……」
過酷と言えば!
「そうです、親分! 夕方猟では私がカモの回収をしますからね!」
「それはかまわないが、マミ……君、泳げるの?」
「おまかせください! 田舎じゃ河童のマミさんと呼ばれてたんですから!」
それはなんとも意外な過去だ。
というか、あれだけ立派に育ったバストだ。水に浮きやすいのかもしれない。
「いや待て、嫁入り前の娘をすっぽんぽんで池に入れる訳にはいかない。やっぱり俺が……」
「じゃあ水着を買って来ます! 待っててください!」
この秋口に水着を売っている店があるのだろうか? はなはだ疑問ではある。
しかし、初めての猟具が水着とは。マミの猟師人生は、一体どうなるものやら。
とりあえず休憩。マミも帰って来たらしい。階下で物音がする。
そんなこんなで、しばしまどろんだ。
寝て起きたら出猟だ。
鉄砲よし、弾よし、ナイフよし!
その他ロープやデコイや荷物袋やら。あれこれ揃えて店に向かう。
「おはようございます!」
マミはすでに起きていた。まあ、おはようございますとはいっても、もう午後なのだが。
デコイをマミにもぎ取られる。それから荷物袋も。
だが……。
「マミ、猟服が変わったな」
新品だ。
「親分から借りた服は洗濯中です! 今日からは私専用の猟服に復帰しますよぉ!」
どうやら水着ついでに買って来たらしい。値札がついたままだ。
「それに今回は、ナイフも購入しましたぁ!」
「お、いいモノ買ったな」
小振りなものだ。獲物の解体には向いているかもしれない。
「それでは親分、行きましょう!」
なんだかイニシアチブを握られてるみたいだが、夕方猟も時間との勝負だ。早速出撃する。




