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ゴー・ダイブ!


 そして溜め池のほとりに近づく。

「結構広く見えますねぇ」

「溜め池というより、湖に見えるか?」

「夏にはバカンスが似合いそうです」

 バカモン、夏には夏の仕事があるのだ。と叱らなければならないところだが、先ほど「まだ固さの残るふくらみ/サイズは巨」に触れてしまったのだ。思わずマミの水着姿を思い浮かべてしまった。

 しかしこれは事故の後遺症のようなものであって、俺が悪い訳ではない。悪い訳ではないのだから、落ち着けマイ・サン。よみがえるな、猛り狂うな、我が息子よ。

「親分?」

「いや、なんでもない」

「何がですか?」

「なんの話をしてるんだ?」

「いや、あれ……」

 マミの指差す先。人がいる。見たところ、鉄砲マンだ。いや、あれはカモ撃ちのヨナタンだ。

 ヨナタンもこちらに気づいていた。帽子を上げて挨拶してきた。俺も軽く帽子をあげる。

 やつもまた代々の鉄砲マンだ。そして年は若い。

「俺は対岸に移動するよ」

 と、手指で合図を送った。

「じゃあタッグを組もうよ。僕がそっちに飛ばすから」

 手指の合図が返ってきた。

 交渉は成立した。本日のカモ猟はヨナタンとの共猟だ。

 マミに後退をうながし、溜め池から離れる。もちろんマミには、なんのことかはわかっていないだろう。

 カモに見つかりませんよ〜に。

 祈りながら移動開始。

「親分?」

「やっぱり質問かい?」

「はい。あの場所はあの人に譲ったんですか?」

「あぁ、だけど俺たちに協力してくれるそうだ。だから譲ったというより、共猟に近いな」

「なるほど、感謝ですね」

 溜め池を見下ろす位置に来た。よしよしうむうむ、びっしり着いてる。

 具体的にどれくらいカモが着いているかというと、数が多すぎて水面が見えないほどだ。

 俺たちはこれを、「カモが七分に水が三分」などと呼んでいる。満員御礼、笹持って来いだ。

 それから例によって、風を選びながらポジションを確保する。

 いよいよという雰囲気が伝わっているんだろうね。マミの細めたタレ目にも、緊張感が漂っている。

 鉄砲に弾を込めて、ハンマーを起こした。

「先にヨナタンが撃つ。カモが空を飛んでくる。距離五〇メートルのカモを指さしてくれ」

「わかりました」

 俺のとなりで魔法の気配。産毛のざわめく感覚が、足元から頭へ。距離測定の魔法は、空を向かって放たれているようだ。

 日の出だ。

 カモたちが飛んだ。

 対岸で真っ白い煙が二筋、美しく伸びる。

 飛んだカモが空にびっしり。

 マミは唖然。あまりの迫力に立ち尽くしている。

「マミ! 距離!」

「あ、はい! 五〇メートル……あれです!」

 轟音!

 俺の鉄砲も白煙を伸ばす。もう一丁……命中!

 墜落するカモを見てなどいられない。すぐに鉄砲を折って弾の交換だ。

「マミ!」

「あそこ!」

 ヨナタンに追い立てられたカモたち。俺たちの頭上に到達する頃には、かなり高度を上げている。

 角度六〇、割りと真上。一度筒先でカモを捕らえる。そこから進行方向へ鉄砲を振って、追い越しざま……撃射、撃射!

「次!」

「ここ! 一番高い場所!」

 カモ団の最後尾が、俺たちを追い越してゆく。

 かまえて狙って……筒先がカモを追い越したら、ぶちかませ!

 二つの引き金。前後にずらして取り付けられた引き金。それは右筒と左筒の引き金にわかれているから。

 そいつを立て続け。思い切りよく連写する。

 全部で六発。これがすべて当たった。マミが見てなかったら、小躍りして喜んだだろうな。つまり、抜群の猟果というやつだ。

 猟師だから、鉄砲だから。カモを獲れて当たり前。

 そのようなことは、まったくございません!

 プロでも当たれば嬉しい。ハズレたら悔しい。アプローチに失敗して、先に飛ばれることもある。

 カモだって殺されないように必死なんだ。……字面はおかしいけど。なんとか生き延びようとする者を殺すことが、簡単な訳ないじゃん。

 だが、喜びもつかの間。カモ撃ちにはここから、試練の時が待っている。

 獲物の回収だ。

 まずは陸に落ちた三羽、これを「この辺りに墜ちたはずだけど……」なんて首をひねりながら、マミと二人で回収。水辺に墜ちたのは、靴を脱いで裾をまくり上げて、ジャボジャボ歩いて回収。

「……………………」

「……………………」

 残るは二羽だ。

「……距離、二四メートル」

「……そうか」

 カモは水面に浮いている。

「……親分」

「なんだ?」

「色々お世話になりました! 先立つ不幸をお許しください!」

「待て待て待て! 脱ぐな早まるな! お前が泳ぐ必要は無い!」

「ですが親分! ここは子分が逝くべきところ! 止めてくれるな、おっ母さん!」

「ヤバイ当て字使ってんじゃねーーよっ! 死ぬな逝くなっ! つーか言い回しが古いぞお前! いつの時代の人間だっ!」

 ホント暴れんな! 取り押さえる俺の身になってみろ。若い肉体に接触しないとならないんだ。よみがえってしまうだろ、俺のオットセイがっ!

「……………………」

 よし、なんとかマミの体力を奪うことに成功したようだ。ざまあ見ろ、グッタリしてやがるぜ。ヘッ、口ほどにもない。

「……マミ、君には仕事を与える」

「ゼィゼィ……な、なんでしょう?」

「これから俺はカモを回収するため、寒中水泳をしてくる。その間、たき火を作っておいてくれ」

「ゲホゲホ……わかりました」

 ノロノロとマミは立ち上がる。俺のナイフでススキを刈り取って、道を作ってくれた。そして岩場、風の当たらない場所で火を起こす。燃料は、刈り取ったススキだ。

 溜め池までの一本道。向こう岸では全裸のヨナタンが、カモを片手に上陸している。なかなかチャーミングなヒップをしてるな。こっち向けんな、つーか振り向くなよ絶対に。

 マミに背中を向ける。見るなよと、一声かけて……俺もネイキッド!

 神に与えられた姿になって、溜め池へ突撃だ!


 ……何に感謝するべきか。何に祈りを捧げるべきか。

 俺は、生還した。

 寒さに震え、命の七割を削り取られながらも、俺は生きて還ってきた。

 とりあえず、山の神と森の神に感謝するか。

 命をありがとうございます、と。

 マミが出迎えてくれた。タオルで身体の水滴を拭ってくれる。縮み上がったオットセイまで拭ってくれたが、マミは嫁入り前。そんな凶器をいじくるべきではない。

 そうはわかっていたのだが、寒さのために抵抗できない。尻の割れ目まで拭われてしまった。

「さささ親分、暖かいところまで、どーぞどーぞ」

 たき火のそばまで手を引いてくれた。

 ありがたい。

 正直、一歩だって前には進みたくなかったんだ。だがマミがいてくれるおかげで、俺は見栄を張ることができた。

「うむ、苦しゅうない。そこまで甲斐甲斐しくするな」

 だが、格好悪いなぁ。歯の根も合わずにガタガタ震えている。

 そんな俺にマミは抱きついて、背中をさすってくれた。

「寒さは背中から来ます。だから……」

 一生懸命摩擦摩擦。マミの身体に寄りかかりながら、たき火に向かって足を進める。

 たき火に背中を向けて座らされた。首筋に衣類をかぶせられる。そして、帽子。

「頭からも体温は逃げます。だから……」

 だからどうしたよ? さっきからそればっかりじゃん。

 たき火のぬくもりとマミの献身的な努力のおかげで、どうにか生気を取り戻す。ノロノロとだが衣服を着けて……マミ、俺は介護老人じゃない。そこまで世話するな。

 ということで。

「おぉ〜〜……っ、生き返ったぞぉ!」

「よかった……」

「おいおい、涙を浮かべるなんてやり過ぎだろ?」

「いえ……じゃなくて、すみません」

「謝ることなんてないさ、助かったよ。……ありがとう」

 親指で浮かんだ涙を拭ってやる。嫌だなんて言わせない。これは俺なりの返礼だ。

「それにしても、身体拭ってくれたりたき火まで案内してくれたり、すごく手際がよかったな?」

「はぁ……実は昔、弟を飢えと寒さで亡くしてましたから」

「サラッと言うことじゃないだろ、それ!」

「そうですね。……でも、死んだ者は生き返りませんから」

 タレ目でにっこり。生きている者として、マミは微笑む。

「あの時ああしてやれば、こうしてやれば。そんな想いが先に立ってしまって……」

 と言ったところで、マミは真っ赤になった。うつむいてしまう。口に握り拳を当てて……あぁ、俺の小倅を拭ったことを思い出してるんだな?

「やっぱりマミがいてくれて、本当によかったよ」

 たき火に足を投げ出し、後ろ手に身体を支える。

「いつものことではあるけれど、やっぱりカモ撃ちは回収が大変だからな」

「お役に立てて、何よりです」

 まだうつむいてやがる。

 忘れてくれ、縮み上がった俺のオットセイなんか。

 それに……。

 俺にとっては当たり前。マミにとっては苦行の作業が待ってるんだ。

「じゃあマミ、初期処理を始めるか」

 マミはきょとんとしている。

「……初期処理、ですか?」


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