かもかも
「条件としては悪くないな」
「でしょでしょ? 報酬も当日報酬が小金貨二枚(二〇万円)ですよ、親分!」
しかも試験出猟も日当が出て、こちらは大銀貨二枚(二万円)という羽振りの良さだ。
「……しかしマミ、君がこの仕事を推す理由は、それだけじゃなさそうだな?」
「へへへ……やっぱりわかりますかぁ?」
ちょいちょいと、貼り紙を指さす。
双方ともに息子と娘を同行させる、とあった。
「ふへへ……何か気づきません? 親分」
「うん、金持ちのすることはわからん、ってことだな」
いかに安全を考慮したシェルパ同伴の出猟でも、娘を猟場に連れていくというのは本職として感心しない。
確かにキジ猟。それほど難しいものではない。厳しい現場におもむき、過酷な状況を克服する猟ではない。しかし、それにしてもだ。
そのことをマミに伝えたら……なんだコンニャロ、「うへぇ」ってな顔しやがって。
「あぁ……親分が独身の理由、なんだかわかっちゃいましたよ……」
「なんだそりゃ?」
「いいですか、親分。そこまでして娘さんを猟場に連れていくっていうからには、それなりの理由があるってことでしょう?」
「いや、いかなる理由があるにせよ……」
「まずは聞いてください!」
「はい」
おのれタレ目のくせに迫力出しやがって。背筋をシャンと伸ばして言うもんだから、思わずこっちも従ったじゃないか。
「まずは同行する若いお二人。男性と女性ですよね?」
「まあ、息子と娘って言ってるからな……」
「何か気づきませんか、親分?」
「お見合いでキジ撃ちだとしたら、それってどうよ?」
「そう! それです! お見合いれすよ!」
舌回ってねーぞ、おねえちゃん。興奮しすぎだろ。
「いいですか、親分。例えば殿方がとてもイイ男、お嬢さんも入れ込むような素敵な方だとして」
男に免疫無さすぎだろ、どんな天使だよ?
「お見合いの席で殿方の趣味がキジ撃ちだなんて知って、『まあ、私もなんですよ』なんて話を合わせちゃったりして!」
後先考えない奴だな。俺としては非常に迷惑な存在だ。
「ですがお嬢さん、キジ撃ちどころか本当は鉄砲を握ったことすら無い! でも殿方のことは大好き! 嗚呼っ、どうしましょうっ!」
悪いことは言わない、さっさと医者に診てもらえ。それが世のため人のためというやつだ。
「……そうですわ! こんな時こそ、お父さまの築き上げた財力にモノを言わせる時ですわ!」
父ちゃん、イイ迷惑だな。だがお前の娘だ責任取れ、諦めてな。
「ということで、シャララと華麗なキジ猟をコーディネートしてくれる、優秀なシェルパを求む! ……ということなんですよ。わかりますよね、親分?」
「うん、娘の頭が悪そうだというのが、よくわかった」
……………………。
マミは何が不満なのか、えらい勢いで怒りだした。ギルド庁舎の中だってのに、なじってクサして説教をはじめてくれる。
しまいには「マスターきららにも言ってもらいます! 親分は根本から教育しなければなりません!」などと、腕まくりする始末だ。
もちろんそのシェルパの仕事は、引き受けることにした。試験出猟は三日後。犬はあちらが用意してくれる、ということだ。
それ以外にも、七日間契約でカモ撃ちを引き受ける。大口の仕事を受けたとはいえ、それ以外の日をブラブラしていては金にならないからだ。
俺は新型鉄砲の代金と弾代のため。マミに関しては、予備の猟服や猟具。それ以前に生活用品がほとんど無い有り様だ。
とにかく稼がなくてはならない。
で。
マミの初陣祝いのためマスターきららを交えて、大焼き肉大会を開催したのだが。
「親分は女の子のこと、なにもわかっちゃいまへん!」
「しょーしょー、だからいつまでも独身なんらよにぇ〜〜」
酔っぱらい二人に挟まれて、説教大会へと移行してしまった。
「……あの、二人とも。明日はカモ撃ちで、朝早いから。……もうその辺りで」
「い〜〜え、今日という今日は親分を、根っっっ本から鍛え直しましゅ!」
「やったれやったれ!」
覚えてやがれ、マミ。明日は二日酔いだろうとなんだろうと、未明のうちから叩き起こしてやるからな。
という形で、夜は更けていった。
翌朝というか、未明。
マミは意外にもシャンとしていて、二日酔いの気配はまったく無かった。猟師としては正しい姿なのだが、なんか面白くない。
憮然として店を出たが、猟場につく頃には気持ちも切り替わっていた。
なにしろカモ撃ち。しかも長距離鉄砲で弾の入れ替えが抜群に早い。今日の稼ぎ頭は俺しかいない、という状況。足取りもおのずと軽くなるってもんだ。
ゴブリン退治をしたのは、北の山。今日は東に足を向けてみる。カモがよく着く溜め池があるのだ。
マミには俺の猟服を貸していた。見るからにダボダボでイケてないが、昨日までの服は帰るなり洗濯をさせたのだ。
山を歩いたらすぐ洗濯、そして入浴。これは山の鉄則だ。単に清潔を保つだけではない。服や身体についたダニなどの害虫を落とすためである。
昨日のように町中をぬけて、農村部をぬけ……たりしない。用水路沿いに斜面を登り、人の手が入っていない流れをさかのぼり、やって来ましたススキの原っぱ。
信じられないくらいに背の高いススキが、俺たちの前に広がっている。
「……親分、ススキの草むらをどうやって、音も立てずに歩くんですか?」
糸目の眉をひそめて、マミが訊いてきた。
なるほど、素人さんにはわかるまい。ゆうべ散々説教たれてくれた君でもわかるまい。
……ふふん。
知らずんば教えてくれよう。
これがススキの漕ぎ方だ。
「いいか、まずは身体を真横に向ける。間違っても手や腕でススキをかき分けちゃいけない」
「コクコク」
「そして、歩くタイミングもある」
「?」
うむうむ、不思議そうな顔をしてるね。初心者というものはその謙虚な気持ちが大切だよ。
とは言うものの、マミのやつはなんだかんだで俺に口答えしないでいる。
きつい山登りにも音をあげず、きらめきを撒き散らしてもへこたれず。本気で猟師になりたい。本気で猟師の相棒になりたい。本気で生活をどうにかしたいという意気込みが、ひしひしと伝わってくる。
ならば俺も、可能な限り俺の技術を与えてやろうじゃないか。
「見ろ」
指差す。
「あっちが溜め池の方向」
マミは辺りを見回した。昨日は取らなかった行動だ。おそらくこの地形、この風景を頭に叩き込んでいるんだろう。
一見薄ぼんやりと目を細めているだけのように見えるが、周囲の確認を終えてから「ハイ」とうなずく。
「溜め池の方のススキが騒いだら、風が出ている印だ」
「親分、私は背が低いから向こうのススキが見えません」
「それなら目に入るものから察しろ。必ずヒントはある」
「……………………」
目に見えるものを探しているんだな。辺りをキョロキョロ見回している。
だから俺は一言。
「頭を回すな、揺らすな。鳥は目がいいぞ、こちらの存在を察知される」
「はい、すいません」
今度は頭を動かさない。細めているからわからないが、おそらく眼球だけ動かしているんだろう。
「親分、山。……山の木々がざわめいてます」
そこに気づいたか。……っていうか、こいつ視力がものすごくイイんじゃねーの?
びっくりは胸にしまいこんで、ちょっと偉そうな態度をとるか。……なんせコイツにとって俺は、相棒じゃなく親分。仲間というより師匠みたいだからな。
「風が出るとカモだって身をすくませる。足音だって届き難くなる。その隙に足を運ぶのさ」
「では早速……」
「慌てるな」
手で制した。触れてはいけないふくらみに、ちょっと触れてしまったようだ。すぐに腕を引っ込める。
「風は追い風、こちらの音はすべて運ばれる。横風……できれば向かい風を待つんだ」
「はい!」
振り返りはしないが、マミの気迫が伝わってくる。
それなのに俺は、「手触りは硬かった。……誰にも肌を許してないな」などと、不届きなことを考えてしまった。
だがこれは事故だ。仕方のないことであり、マミはいま真摯にカモ撃ちと取り組んでいる。いらないことを考えるべきではない。「すまん」などと謝ってマミの集中をとぎらせることはできない。
心を無にして、たぎる自分を抑え込んで……。
来た、向かい風だ。
「親分、向かい風です!」
「いくぞ!」
マミが言い終わらないうちに、足を進めた。
そして風が止むと足を止める。
遅々として進まぬ行軍だが、それでもマミは焦りを見せない。
試しに焦りそうな一言を入れてみるか。
「マミ、日の出と共にカモは飛ぶぞ」
「飛んだ方向がこちらなら、私にまかせてください。でも、私たちから離れるように飛んだら……」
飛んだら……どうする?
「私が至らなかっただけです」
「及第点。もっと学べ、もっと励め」
よかった。こんな初心者の頃から正解を出すようなら、どんな馬鹿に育つかわからない。
ちなみに俺なりの正解は……。
笑っちゃうしかないだろ、だ。
最後の最後でハズレを引いたが、コイツただならぬ逸材じゃねぇか?
そんな思いが胸をよぎる。
風が出た。
向かい風だ。
「行くぞ」
俺は弟子をうながした。




