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魔法少女☾りこ  作者: 李音
SCENE2 変わってゆく世界
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変わってゆく世界

 向日葵ちゃんと百合ちゃんとは、幼稚園の頃からずっと一緒だった。わたしたちは姉妹みたいに一緒の育ってきた。いつも元気な向日葵ちゃん、おしとやかで困った癖のある百合ちゃん、二人はいつもわたしに元気をくれた。わたしの周りには、とても楽しい世界が広がっていた。それがあの日の夜に全て消えて無くなってしまった。

 あの日、わたしは家に帰って百合ちゃんの血だらけの服を押入れのずっと奥に押し込んだ。それからベッドに入って、全部が夢であるように神様にお願いしながら眠った。その次の日から、学校が三日間の休校になった。それはきっと百合ちゃんや先生の死体が見つかったからで、わたしが体験した恐ろしい事は、全部現実なんだと思い知らされた。

「友達が化け物になって、その友達が友達を殺した……」

 わたしはベッドの中で、ずっと呪文みたいに同じ言葉を繰り返した。こんなことが現実にあっていいはずがない。わたしはあれが現実だと受け止める事が出来ない。そんな状態のまま、二日間もベッドの中で丸くなっていた。その間、水も食事も喉を通らなかった。

「お姉ちゃん、ご飯出来たよ。そろそろ何か食べないと、本当に死んじゃうよ」

 くるみはご飯の度にわたしを呼びに来た。

「友達が化け物になって、その友達が友達を殺した……」

「なにぶつぶつ言ってるの? いい加減に起きてご飯食べなよ!」くるみはわたしの布団を掴んで引っ張った。「おきろーっ!」

 わたしは何も抵抗はしない。ただ、ベッドの上で丸くなっているだけ。残酷すぎる現実の前では、何もする気力が起きなかった。

「お姉ちゃん……」くるみがわたしを見ている。すごく悲しそうな目をしている。「お姉ちゃん、お願いだからご飯食べてよ。そうしないと本当に死んじゃうよ」

「……いっそのこと死にたいよ。全部なかったことにしちゃいたい……」

「何言ってるの!? そんなの嫌だよ! お姉ちゃんが死ぬなんて絶対にいやだっ!!」くるみはすごく大きな声で言った。その目は濡れていた。

「くるみ……」

「たった一人のお姉ちゃんなんだよ。わたしたちはずっとずっと一緒なんだよ。だから、死ぬなんて言っちゃ駄目なんだよ」

 泣いているくるみの姿が、わたしに少しだけ気力を分けてくれた。ずっとベッドの中にいたって何かが変わるはずもないんだ。

「……ご飯、食べるよ」

「うん! じゃあ一緒に行こう!」

 わたしは二日ぶりに家族と向かい合って食事をした。お母さんは私のことをすごく心配していたみたいで、わたしが顔を出すと喜んでいた。でも食事の間は、みんな無言だった。お父さんとお母さんは、すごく暗い顔をしていた。きっと学校であった事をもう知っているんだと、わたしは思った。


 次の日の朝、お母さんがわたしの部屋に来た。その時わたしは、窓から青い空と綿飴みたいな雲を見ていた。今はぼーっとして、何も考えないのが楽だった。

「りこ、お話したい事があるの」

「うん」

 わたしとお母さんは、ベッドに並んで座った。

「落ち着いて聞いて欲しいのだけれど……」それからお母さんは少し黙ってしまった。話すのをためらっているみたいだった。わたしはもう、お母さんが何を言おうとしているのか分かっていた。

「百合ちゃんがね、亡くなったのよ」

 知ってるよお母さん、わたしはそう心の中で呟いた。百合ちゃんの死体を最初に見たのはわたしなんだ。どんなに惨い殺され方をしたのかも覚えている。それは決して消えない記憶になって、わたしの胸の中に残ってる。

 お母さんは、わたしがあんまり反応しないから驚いているみたいだった。

「向日葵ちゃんも行方不明で、まだ見つかってないんですって、貴方は何か知らない?」

 わたしは首を横に振った。本当は何もかも知っているけれど、誰かに話せるようなことじゃない。信じてくれるはずもない。それがとっても苦しい。誰かに話してほんの少しでも楽になりたい。

「りこ、何だか様子が変よ。本当は何か知っているんじゃないの?」

「……知らない」その瞬間、わたしの中で何かが弾け飛んだ。「知らない!! 知らない!! わたしは何も知らない!! お願いだからわたしにかまわないでっ!!」

 わたしが暴れだすと、お母さんは何も言わずに、わたしをぎゅっと抱きしめた。お母さんの柔らかい胸の感触、優しい温もり、わたしはそれを感じると、すっと心が落ち着いた。お母さんて不思議だ。こうして抱いてもらうだけで凄く安心できる。

「話したくない事は話さなくてもいいわ。でも、悩みがあるならお母さんに頼って欲しいな。お母さんは、りこの為なら何だってするわよ」

 わたしはお母さんの黒髪を触った。とてもサラサラで、長くて綺麗な黒髪、怒る時もあるけれど、美人で優しいわたしの自慢のお母さん。わたしもくるみもお母さん似だ。お父さんには悪いけれど、お母さん似にてよかったなって思ってる。

「お母さん、ありがとう」わたしはお母さんに言った。いままであった怖いことや悪いことが、少しだけ軽くなった気がする。「百合ちゃんが死んだって信じられなくて、それで……」

 わたしはお母さんに嘘をついた。やっぱり本当の事は言えないと思う。

「そうよね、そうなって当然だわ」

 お母さんは、いつまでもわたしを抱いて、頭をなでてくれた。


 それから二日後に、百合ちゃんのお葬式があった。わたしはお母さんと黒い服を着て、お葬式に参加した。百合ちゃんのお母さんは、お葬式の間ずっとずっと泣いていた。百合ちゃんが死んだだけじゃなくて、百合ちゃんの死に方があんまり酷かったから、百合ちゃんのお母さんはすごく傷ついているんだと思う。あんな死に方して良いような子じゃなかった。しかも、殺したのが向日葵ちゃんだなんて……。その向日葵ちゃんのお母さんも、お葬式に来ていた。向日葵ちゃんはまだ見つかっていないし、見つかるはずもない。

 家族と親しい人だけしか、百合ちゃんの最後の姿を見る事ができなかった。幼稚園の頃から一緒だったわたしは見せてもらえた。棺桶の中の百合ちゃんは、全身布団で隠されていて、顔だけが出ていた。体の方がどうなっているのか、わたしは誰よりも知っている。他人に見せられるようなものじゃない。百合ちゃんは目を閉じて、青白いけれどとても安らかな顔をしている。わたしは後ろで待っている人の事も忘れて、ずっと百合ちゃんの顔を見ていた。そうしていると、百合ちゃんと向日葵ちゃんと一緒に作ってきた楽しい思い出が、次々と頭の中に浮かんだ。悲しくなって、わたしは涙を一杯流した。

「百合ちゃん、守ってあげられなくてごめんね……」

 それが一番心残り、化け物になった向日葵ちゃんを助けるのは無理だったと思うけれど、百合ちゃんは魔法で助ける事ができたはずなんだ。もっとわたしが気をつけていれば、百合ちゃんは死なずに済んだ。それよりも、百合ちゃんが学校に入るのを嫌がった時に、お家に帰してあげれば死なずに済んだ。今更後悔しても遅いけれど、後悔せずにはいられない。

 わたしの周りにいた沢山の人たちも泣いていた。きっとわたしに同情してくれたんだと思う。


 その日の夜、わたしはいつも魔法の練習をしていた林の中に来ていた。そこでわたしは、百合ちゃんと向日葵ちゃんを無くした悲しみをおもいっきり吐き出したくて、大声で叫んだ。

「何が魔法少女だ!! りこのお馬鹿っ!! 友達一人守れなかったじゃないか!!」

 わたしは自分をののしって、また涙を一杯流した。今まで、これは夢なんじゃないかっていう思いが、心の隅の方にずっとあった。でも、百合ちゃんのお葬式に出て、そんなの幻想だってわかった。百合ちゃんも向日葵ちゃんも、もういないんだ。

わたしは木の根元に座り込んでずっと泣き続けた。そうしていると、悲しみが悔しさと怒りに変わってきた。

「あの化け物が、百合ちゃんと向日葵ちゃんを殺したんだ」

 わたしは落ち葉をぎゅっと握ってそう言った。化け物は向日葵ちゃんだけれど、向日葵ちゃんじゃない。化け物になった時に、向日葵ちゃんは死んだんだ。だから百合ちゃんを、友達を食い殺す事ができたんだ。

「百合ちゃん、向日葵ちゃん、必ず仇をとるからね」

 わたしは、あの化け物を倒すことを心に誓った。


 次の日から、学校がしばらく閉鎖になった。それだけじゃなくて、学校から五キロ以内の人たちは、一時避難するっていうすごい大事になっていた。学校の周りで、十人以上も人が殺されているみたい。そう、お父さんとお母さんが話しているのを聞いた。凶悪な殺人犯が隠れているっていう事で、外出は禁止になっている。どっかの動物園から逃げ出した猛獣が、人を殺しているっていう噂もあるみたい。きっと、沢山の人が酷い殺され方をしているんだと思う。その犯人を、わたしだけは知っている。あの化け物だ。


「警察が凶悪犯を捕まえるまでは、絶対に外に出ては駄目よ」

 お母さんはわたしとくるみに言った。

「犯人、捕まえられるのかな?」わたしは言った。そうすると、お母さんはわたしたちを安心させるように、微笑していた。

「大丈夫よ、明日から一斉に捜査を始めるそうだから、すぐに捕まるわよ」

 お母さんは、わたしの言ったことを勘違いしている。分からなくて当然なんだけれど、わたしは犯人が捕まるかどうか聞いたんじゃなくて、あれがただの人間に捕まえられるか疑問だった。あれと一回戦っていたわたしは、何となく普通の人間じゃ倒せないような気がしている。もしそうだったら、もっともっと犠牲者が増えてしまう。そうなる前に、決着をつけるべきだと、わたしは思った。だから、その日の夜に化け物退治に行くことに決めた。

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