悲愴白雪2
あれから二日が経った。くるみに刺されそうになった時はさすがに驚いたが、それにも増して、くるみが可哀想で仕方がなかった。それからどうなるものかと思ったが、くるみの精神は驚異的な強さを見せた。予想を覆して平静を取り戻し、ユウトから提案された記憶消去も断っていた。あんな幼い少女が、あれ程に恐ろしく残酷な記憶と共に生きていくというのか。心を抉った深い傷は癒える事はないだろう。しかし、くるみの精神力の強さは本物だ。今は、りこや私の母さんと共に、満身創痍の母を看病している。
今、ヴァルキリー隊では、主要なメンバーで連日会議が行われていた。わたしの提案で始まった会議だ。議題は世界樹の塔をどうやって破壊するか、その方法とそれを実行するメンバーの選出だ。メンバーも世界樹の塔への侵入から破壊までの方法も決定した。後は実行に移すのみ。三日後という事になった。世界樹の塔が破壊できれば、世界の半分くらいはマナの汚染から守れるかもしれない。
作戦の日が近いだけに、ヴァルキリー隊の間では緊張が高まっていた。準備もあったし、ヴァル隊のメンバーはそれにのみ集中していたと言っても良いくらいだった。
「今日も良い天気だな」
「外に異形がいなければねぇ」りこが言った。
わたし達は見回りの途中で、ビルの間に間に見える青空を見上げていた。そこはベンチが設置してあるちょっとした広場で、ボール遊びをする子供達や、散歩をする老人の姿がある。外に化物がいるとは信じられない長閑な風景だ。
「うん? あれ何だろ? 人、かなぁ?」りこは空を見上げながら言った。
「なに? 人間だと?」りこの様子だと、空中に人がいるという事になるが、わたしの目には何も見えない。「お前、幻でも見てるんじゃないのか?」
「違うよ、本当に人がいるよ、ずっと上の方だよ」
見間違いではなさそうだが、わたしには見えない。りこを横目に見ると、その右目だけが妙な感じに光っていた。よくよく見ると、瞳の中に円形の紋様が現れている。瞳をキャンバスに描かれたものなのでごく小さいが、それは魔法円だと分かった。
「あの人、どっかで見たことある気がするなぁ」
「おい、りこ、お前、瞳の中に」わたしが言い終わらないうちに、りこが大声を出した。「あ、何か降ってくる!!」
結界の中に激しい光が差し込んできた。まるで雷光が間近で出現し続けているような、そんな強烈な輝きが複数同時に現れる。それは巨大な光の槍だ。錐状の先端が、次々と結界の外側に突き当たり、突き立った状態のまま停滞する。
「魔法攻撃だ! まずい、結界を破壊しようとしている!」
「あわわ、どうしよう、どうしよう!?」
「りこはくるみと一緒にお母さんを守れ! 早く行け!」
「う、うん!」焦っていたりこは、いくらか落ち着いてビルの方に走っていく。わたしはトランシーバーで隊長さんに連絡する。
「敵の攻撃だ! 奴らの仕業だ!」
『分かっています、すぐに対応します』
冷静な隊長さんの声が返ってきた。奴らのというのは言うまでもなく、カルザスの一味だ。世界樹の塔の破壊にばかり気を取られて、奴らの存在を失念していた。もっと警戒しなければいけなかったんだ。
「ああ、こらあかん!!」
ハナダさんの声が聞こえる。ビルに逃げ込む人の流れと逆行して、ハナダさんとリューネがこちらに向かってくる。
「このままじゃ結界が破壊されちまう! 何とかしてくれ!」
「そんな、これではもう……」リューネは絶望していた。
「こらウィッチの攻撃や! しかも結界崩しのプロや! もう持たん!」
ハナダさんの言う通りに、ビルの周辺を完全に覆っていた結界は、鏡を叩き割るように砕け散った。大量の破片が光を散らしながら次々に消えていく。
「ちくしょう、やられた!」
「あかん、あかんよこれは! 結界がなくなったら、建物内部の方が危険や! みんなを外に出さんと!」
「隊長さん! 結界が破壊された! ビルの中にいる人間を外に避難させてくれ!」
わたしは返事を待たずにトランシーバーを切った。
「ハナダさん、リューネ、みんなを頼む!」
わたしは二本の剣を抜き、ビルの外に向かって走る。低樹の垣根を飛び越えて一気に道路に躍り出ると、目の前に奴らが現れた。
「よお、また来たぜ」
カルザスだった。その後ろに仲間がいる。巨漢の剣士、サングラスのガンナー、魔女姿のウィッチはいない。その時、ビルに複数の火の玉が落ちてきて轟音と共に爆炎を上げた。ビルの周辺にも白光を放つ魔法弾が降り、次々に小爆発を起こす。ビルから逃げ出した人々は逃げ惑い、悲鳴を上げていた。魔女は上空から攻撃をしている。わたしは怒りのあまり剣を握る拳を震わせた。
「てめぇら、何の意味があってこんな事をする!!」
「意味ならあるぜ、暇つぶしさ。人生を楽しむために必要なエンターテイメントって奴さ」
「暇つぶしだと、楽しむためだと、そんな事の為に多くの人の命を奪うのか」
わたしは怒りを押し留めて出来るだけ感情を出さずに言った。怒りを爆発させたなら、勢いで目の前の敵に斬りかかってしまいそうだ。カルザスはわたしの怒りの炎に油を注ぐように嫌らしい笑みを浮かべている。
「今の世の中に法はない。リミナリティも消滅し、魔導師を縛るものもなくなった。力だけが正義だ。強いものが生き残り、弱者は強者の糧となる。それが全てだ」
「……例えどんな世の中になっても、人間らしさを失ったらおしまいだ。てめぇらは人間じゃねぇ。てめぇらに比べれば、異形の方が遥かにましだ。異形以上の悪魔を放っておくことは出来ない、この場で始末する」
「三対一でやるつもりかよ?」
もう人外の者と言葉を交わす気はない。わたしは真紅に輝く二本の剣を出現させて構える。すると左右に二人の魔導師が飛び込んできた。ミラナさんとハウンドさんだった。これで三対三、ランカーの魔導師同士の対決だ、一瞬の油断が命取りになる。向こうも顔つきが変わった、もう勝負は始まっている。
それからしばらく睨み合いが続いた。上空からの魔女の攻撃はいまだに続いているが、それは他の魔導師に任せるしかない。互いに攻めあぐねていると、近場に火弾が落ちて爆裂した。粉塵がわたし達と奴らの間に吹き込んで視界が悪くなる。それを好機と見たか、サングラスの男が両腕のガトリングをこちらに向けた。男が撃つよりも早く、光の矢が飛んだ。サングラスがそれを避けて横に飛ぶ。ガトリングを撃つよりも、矢を放つ方が確実に手間があるにも関わらず、ミラナさんの方が早かった。さすがはハンター、ランク一位だ。サングラスの男は舌打ちをし、ミラナさんに向かってガトリングの連弾を浴びせる。一秒に数百発という光弾が、素早く動くミラナさんの背後を掠るように過ぎていく。ついでに近くの街路樹の太い幹を粉微塵にしてなぎ倒し、通りの向こうのビルを盛大に破壊した。ミラナさんは横っ飛びしながら矢を射た。
「なにっ!?」光の矢は驚くサングラスの男の右腕を掠めて切り裂いた。ミラナさんは、まるで西部劇の一流のガンマンのような卓越さで弓と矢を操っている。
「フッ」ミラナさんはサングラスを嘲笑って挑発しビルの陰に逃げ込む。
「待ちやがれ!」サングラスは頭に血を昇らせて追いかける。
ミラナさんの戦いが始まると、ハウンドさんは鞘に納まったままの大剣を大男の方に向けた。
「お前の相手は俺だ、ついて来い」ハウンドさんはビルの屋上に向かって飛翔した。
「フン!」大男は鼻を鳴らし、受けて立つとばかりにハウンドさんの後を追う。
最後にわたしとカルザスが残った。わたしは外道に剣先を向けて言った。
「てめぇはただじゃ殺さねぇ。予告してやるよ、お前はこの世に生まれたことを後悔しながら死ぬ」
「ギャハハハハハ! いいねぇ! お嬢ちゃん気に入ったよ! どこまでやれるのか見せて見な!」
カルザスが背後の剣を順番に抜き、柄のみの剣に瞬時に青白い光で刃が形成された。
こんな事になるなんて、あの一味がここまでしてくるなんて、わたしの考えが甘すぎました。わたしはいつもそうです。隊長なのに皆に助けてもらってばかりで、肝心な所で間違いを犯す。しかし、今はそれを悔やんでいる時ではありません。皆を助けなければ。
「ウェイクアップ!」
愛用の槍、グングニルを斜に構えて叫べば、鍔元の青い宝石が輝いてわたしの姿を変える。最上階の窓に映るわたしの姿は青い戦乙女。側頭には白い羽飾り、右腕にはひし形のスモールシールド、思えば隊員たちが優秀だったので、今まで法衣を纏って戦う機会は多くはありませんでした。
わたしは最上階の窓を破壊し、飛翔して一気に地上で降りる。敵が魔法で攻撃しているので、いまは魔法を抑止する意味はありません。もうじき、異形も集まってくるでしょう。目下には異形と交戦する隊員たちの姿も見えます。ヘリオスは異形を大剣で薙ぎ倒し、クリスは小さな体に大型のガトリングガンと足の左右にミサイルポッドを装備し、近づく異形を殆ど粉々にている。他の魔導師たちもそれぞれに応戦し、もはや魔法が使えないなどと言っている状況ではない。
「グルオアーーーッ!!!」
「ひいっ、化物っ!! 助けて、助けて!!」獣型の異形が子供を襲おうとしている。
「はぁっ!!」青く輝く槍で異形の背後から頭部を貫き脳髄を破壊する。生気をなくして項垂れる異形の目の前で子供は震えている。
「早くお逃げなさい!」
子供が立ち上がって逃げるのを確認し、他の隊員の状況に目を配る。
「こなくそ、あっちいかんかい!」
ハナダが数人の子供を背にして前面に守りの結界を展開し、異形の攻撃を凌いでいる。異形から身を守れても、魔法を使っているので他の異形も引き寄せてしまう。わたしは腰のハンドガンを抜いて、結界に食らいついている異形の頭に数発の魔弾を浴びせ、続いて光槍の刃先を薙刀状に変形し、ハナダに近づいていた2体異形を切り払う。
「たあーーーっ!」切り裂くと同時に衝撃波が出て、2体の異形は胴から真っ二つになる。しかし、さらに上空から三対が、これでは切りがありません!
「隊長!」ミサイルが飛んできて異形二体を粉砕し、残り一体はガトリングの激しい射撃で蜂の巣になり、血の霧を纏いながら墜落していく。「隊長、このままじゃまずいですよ!」
わたしにそう言ったのはクリスでした。
「みんなが逃げるまで頑張るのです。異形は魔力の発生源を優先して攻撃してきます。わたしたちが戦っている間は、みんな安全に逃げる事ができます。リューネとハナダは逸れたり身寄りのない子供を集めて逃げて下さい!」
「わかりました、皆さんどうかご無事で! 行きましょうハナダさん!」
その時、呼びかけられたハナダは激しく動く人の流れを見つめていました。
「なんや、あの親子なんだか様子がおかしい」
確かにおかしい。逃げる人の流れから少し外れた場所で、母親が蹲ってそれを子供が心配そうに見ています。
「うぐっ、ぐあああぁあぁっ!!」
「お母さん、どうしたの!? お母さん、しっかりして!?」
「アガァーーーーッ!!!」わたし達の見ている前で、母親の姿は醜く歪んでいく。わたしはどうするべきなのか判断できなかった。殆ど異形と化した母親の牙が子供に迫る。呆然とただ見ているわたしの目の前で、母親だった異形は脳天から縦に真っ二つに裂けていた。異形が倒れた先には、大剣を振り下ろした状態のヘリオスが立っていました。
「あんた何してんだ! 隊長だろ、しかりしろ!! 異形化した人間はもう助からない、殺すしかないんだ!」
「……そうでしたね」わたしは項垂れてしまった、ヘリオスの言う事は正しいです。
「うああああっ!!? お母さんぁーーーんっ!!?」目の前で母が化物となり、それを殺された子供が泣き叫んでいる。何という事でしょうか。
「リューネ、ハナダ、この子を頼みます!」二人に傷ついた子供を託す。それからわたしは戦っている魔導師達に向かって言いました。「異形化する者がいたらすぐに処分して下さい! そうしなければもっと多くの人が犠牲になります!」
そして、わたしは戦いの中で異形化した人間を二人斬りました。その時に、わたしの中で大切なものが壊れていくような気がしたのです。




