鼠3
「うっひょー、見ろよ! 上玉が二人もいるぜ!」
「やったな! こいつは運がいい!」
「おい、あんたら、悪い事は言わない、すぐにここを立ち去るんだ。ここは本当にやばいんだ」
喜んでる男の人たちに、可憐さんが手を上げながら言った。冷静に見えるけれど、顔にすごく汗が噴出してる。わたしも、ミラナさんも同じ。何か沢山の気配みたいなものが、わたし達の周りで動いてるのを感じる。目の前で銃を構えている人たちよりも、そっちの方がずっとずっと怖い。
「おいおい、逃げ口上にしてもそいつは苦しすぎるぜ」
剣の柄を持ってる男の人が言った。それに可憐さんは、静かに先生が注意でもするように言った。
「追いはぎなんてしてる場合じゃねぇ。ここには本当にやばい奴がいる、新種の異形が潜んでいるんだ」
「うるせぇ!! 荷物を置いていきやがれ!! そうすりゃ命だけは助けてやる!!」
「そことそこの女はこっちだ」
「気をつけろよ、三人は魔導師だからな」
二つの拳銃を持っている人が、銃の一方で可憐さんとミラナさんを指した。もう一人の人が出した大声で、周りの気配が大きくなっている気がする。
「もう限界だ、今行動を起こさなければ全滅する」
可憐さんがそう言ったら、ミラナさんが上げていた手を下げて前に出て行く。ええぇっ!? そんなことしたら撃たれちゃうよ!?
「おい、女ぁ! 死にてぇのかっ!?」
「情けないわね、魔導師が追いはぎをするなんて。そんな物振り回したところで、あなた達なんて怖くないわ。むしろ、落ちぶれた姿に哀れみを感じるくらい」
「この女ぁっ!!」
二つの拳銃を持っている男の人が銃をミラナさんに向ける。そうしたら、銃を突き出した男の人の腕を、可憐さんが掴んでた。わたしは、えって思った。多分、みんなもそう思った。だって、今までわたしの隣にいたんだもん。瞬間移動したって言ってもオーバーじゃない。可憐さんは男の人の腕を持ったまますごく高くジャンプして、腕を捻りながら頭の上に乗っかって男の人を押し潰した。そうしたら腕が変な風に曲がってボキッて音がした。
「うぐあーーーっ!? 腕がぁ!?」
「なっ!? こ、こいっ!?」
長い銃を持っている人が銃を可憐さんに向けた時、ミラナさんが足元の拳くらいの石を拾って投げて、それが銃を持ってる手に見事命中! 男の人は銃を落として凄く痛がってた。
「やりやがったな!!」
最後の一人が剣を抜いてミラナさんにかかっていく。抜いたときは持つところだけしかなかったけれど、光が出てきて剣になる。可憐さんが使う剣よりもずっと太くて大きい。その人は凄い勢いで剣を振るけれど、ミラナさんはそれを避けるだけで、全然当たらなかった。可憐さんと拳銃を持っている魔導師も戦ってる、残ってる左の銃を撃ちまくってた。
「ちきしょうこの女っ!! この俺の腕を折りやがって、ぶっ殺してやる!!」
男の人が撃ってるのは銃の弾じゃなくて、光の粒だった。銃の弾の変わり光を詰め込んで撃ってるって感じ。可憐さんは光の弾をびっくりするくらいの速さで避けてる。撃っても撃っても当たらない。
「馬鹿が、魔法を使ったな。お前達もここまで生き残ったなら、魔法を使うことがどんな意味を持つのか分っているはずだ」
「へっ、化物共が来る前に逃げれば良いだけの事だ!」
可憐さんが街路樹の陰に隠れても、その人は銃を撃ちまくってた。
「残念だが、そいつは無理だ。お前達はもう死んだも同然だ」
いつの間にか、わたし達の周りに真っ黒な絨毯が広がっていて、それが弱い海の波みたいに動いてた。良く見たら、それは小さい生き物がいっぱい集まって出来ているのが分る。それに気づいた人たちは、震えたり悲鳴をあげたりして物凄く混乱した。わたしも震えが止まらないし、どうしたら良いのか全然分らない。それでも一つだけ分るのは、このままだと、わたし達はすぐそこにある穴だらけの死体と同じになる。嫌だ、あんな死に方は絶対に嫌っ!!
「お、おい、何だよあれぇっ!!?」
「何だ!!? 何がどうなってんだ!!?」
悪人達も混乱してる。可憐さんとミラナさんは、その間にわたし達の所に戻ってきた。そうしたら、真っ黒な波がわたし達に向かって迫って来た!
「前に向って走れ!! 鼠の中を突っ切るんだ!!」
可憐さんが物凄い声で言ってから、絵美ちゃんを抱いて鼠の群れに向って走り出す。ミラナさんも男の子二人の手を掴んで走り出す。わたしも文江さんも、それと周りにいた知らない人たちの半分くらいも、可憐さんの後ろを追いかける。凄く怖いけれど、生き延びる為には可憐さんの言う通りにやるしかない、今までだってそうして助かってきたんだ。
向かってくる鼠の大群は真っ黒な川にも見える。それに向かって、わたし達は走る。それからすぐに真っ黒な川の中に入った。鼠が足にぶつかったり鼠を踏み潰したりする感触が最悪だ。鼠を踏んで転びそうになったりもする。それでも走る、気持ち悪いのを我慢して、前だけを向いて! 走れわたし! 生き延びる為に走るんだっ!!
気が付いたら、足元の黒い川は消えてた。けど、鼠を何匹も踏み潰した感触はものすごく残ってる。周りの人たちは命が助かったのに青い顔をしてる。ぼうっとしていたら、わたし達の後ろで悲鳴が聞こえた。悪人達と鼠から離れるように逃げてしまった人たちが、追い詰められてる。その人たちは、真っ黒な川に浮かぶ小さな島に立ってるみたいに見える。悪人はしょうがないけど、巻き込まれた人達が可哀相過ぎるよ。
「可憐さん! あの人達を助けてよ!」
わたしがお願いしたら、可憐さんは悲しそうな顔をしていた。
「もう、どうしようもない」
わたしは、りこにはっきり言った。本当はりこも分っているはずだ、あの状況から命を救う事は不可能だという事を。でも、言わずにはいられなかったんだ。あの中には、りこより年下の子供もいる、あまりにも惨い。
「りこ、見るな。他の子供達にも見せるんじゃない」
わたしが言うと、おばさんは三人の子供達を連れて遠くに離れてくれた。りこは、わたしの懐にしがみついて泣いている。離れるのは見捨てるようで嫌なんだろう。わたしはそんなりこを抱いてやりながら、前方の惨劇からは眼を放さなかった。ミラナさんが機転を利かせてくれなければ全滅だった。異形は魔力を感知するとそれだけに集中して向っていく、だから魔力を使わなかったわたし達は鼠を踏み越える事が出来た。
鼠どもは黒いうねりとなって人々を飲み込んだ。その瞬間に、わたしが片腕を折った拳銃使いの男は飛翔して上空に逃げた。すると、鼠の群れは恐ろしい行動に出た。鼠が寄り集まり折り重なって、見る間に灰色の塔を築いていくのだ。その塔が飛んで逃げようとした魔導師にまっすぐに向って伸びる。そして、数匹の鼠が塔から驚異的な跳躍をして、地上から五メートル程のところの拳銃使いの魔導師に飛び掛る。鼠は人間の弱点を優先的に狙うらしく、三匹が同時に首に噛み付いていた。男は悲鳴をあげながら、蠢く黒海の中に墜落した。
真っ黒に染まった人間達が無闇に手を振り回して暴れていたが、誰もが全身から血を噴出し、撒き散らして、灰色の海の中に沈んでいった。だが一人、鼠に食われながら、こっちに向って歩いてくる奴がいた。剣使いの魔導師だ、体は鼠にやられているが頭の方は無事だ。死にたくないという意思に突き動かされているんだろう。そいつは二三歩ふらつきながら歩くと、小刻みに体を震わせて白目を剥いた。そして喀血と一緒に赤黒い塊が喉の奥から現れる。良く見ると、それは動いている、体内を食い破って出てきた鼠だった。白くなった右目も急に盛り上がって勢い良く外に飛び出し、アイホールから血に染まった鼠が顔を覗かせ、口から長い管のようなものを出していた。そして男は倒れて、鼠が群がり小山となる。その様子は、わたしが今まで見たあらゆる状況の中で最も残酷で残虐だ。しかし、これが現実だ。この現実を無視しては生き延びる事はできないんだ。
鼠……終わり




