日常と非日常の逆転
非常な鬱展開で、残虐な描写も多いです。苦手な方は気をつけて読んで下さい。この作品が頭の中で出来上がったとき、正直言って自分はいかれてるなと思いました。
今回の小説は初の一人称単数です。一人称は難しいといわれていて、ずっと敬遠していたのですが、小説の裾野を広げるために挑戦してみることにしました。
「悪の魔法使いエルンロスト! あなたの思い通りにはさせないわ!」
わたしは春咲りこ、悪と戦う魔法少女! 悪い奴らをばったばったとなぎ倒す! 今は最強の敵、悪の魔法使いエルンロストと対決しています。彼の周りには怪しい黒タイツの部下が数え切れないほどいて、これからすごいことになりそう!
「魔法少女りこよ、このわたしを倒し、この世界をなんとする」
妙な仮面の魔法使いエルンロストがわたしに聞く。わたしは……
「例え世界が闇に覆われようとも、わたしの力で全ての人を救ってみせるわ!」
そこでわたしの楽しい夢の世界は終わった。
「お姉ちゃん、起きろーっ! 学校に遅刻するよ!」
妹のくるみが、わたしの枕を取って、それでバンバン叩いてくる。文字通り、わたしは叩き起こされた。
「うぅ、もうちょっと静かに起こしてよぅ」
「お姉ちゃん、それじゃ起きないでしょ!」
わたしが着替えようとすると、くるみは何か不思議そうに部屋の棚を見ている。そこには何も入っていない。昨日までは色々あったんだけどね。
「あれぇ?」
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、魔法少女アニメのDVDは?」
「あれ、昨日全部売っちゃったよ」
「まじで!? 本当に!?」
妹がものすごい勢いで迫ってきた。しかも珍しい生き物でも見つけたみたいな目をしてる。
「そ、そうだよ。もう全部いらないから売ったの」
「ああ、よかったぁ~~~~~っ。お姉ちゃんもようやくまっとうな女の子になったんだね。ほんと、妹としてうれしいよぉ」
くるみは目じりに涙まで見せている。
「わたし、小三の妹にそんなに心配されてたの!? くるみが非行少年がまっとうに就職したのを喜ぶお母さんみたいになってるよ!?」
「そりゃそうだよ! 小五にもなって、本気で魔法少女になりたいなんて言ってるお姉ちゃんを心配しない妹なんていないよ! まあ、現実に目覚めてくれて本当によかったよ」
「そっかぁ、ごめんねくるみ、お姉ちゃんはもう生まれ変わったから心配なんていらないよ」
わたしはとても嬉しくなって、すごくへらへら笑ってしまった。それを見た妹は変な顔になった。
「なに笑ってるの、気持ち悪いなぁ。とにかく、早く着替えて降りてきてね、そうしないと今度はお母さんに怒られるよ!」
「はいはい」
わたしは部屋にある大きな鏡台の前に座った。起きてすぐにやるのが自慢の黒髪の手入れ、わたしの髪は友達も羨むくらいのすんなりストレート、櫛の通りも良い。だから髪は変に形をつけないように、後ろで二つに分けてピンクのゴム紐で止めるだけ。後は薄ピンクのブラウスの上にホットピンクのジャケットを着て、青のジーンズスカートとピンクのハイソックスをはいて出来上がり、後は鞄の中身をチェックして。
「よし、完璧! 今日のわたしはいけてるよ!」
わたしは鏡の前でくるっと回って自分的に魔法少女っぽいと思うポーズになってみた。妹が見ていたら、白い目で見られるなと思いながら。
二階の自分の部屋から一階のキッチンと居間がいっしょになってるリビングにおりていくと、お父さんが難しい顔でテレビを見ていた。テレビでここのところやっているのは、連日起こっている物騒な事件ばっかり。
『昨夜東京菜摩市内で遺体の一部が発見されました』
「おいおい、うちの隣の市じゃないか……」
わたしの住んでいる稲穂市のお隣でばらばら殺人事件、なんだかとっても怖い。どうしてか体の一部しか見つからない殺人事件が全国で起こっている。こういうのは早く終わって欲しいと思う。
「お父さん、もうご飯になるんですから、そんなニュースは消して下さい!」
「ああ、わかったよ」
お父さんがお母さんに怒られた。うちはご飯の時にはテレビをみちゃいけないというルールがあるんです。その上、ご飯時に殺人事件のニュースだったしね。
「りこはもう少し早く起きなさい。くるみは早起きして、朝ご飯の作るの手伝ってくれてるのよ。あなたも食器くらいは出しなさい」
「はぁい」とわたしは言った。「よく出来た妹を持つと苦労するよ」わたしは小声で言ったのに、くるみはしっかりそれを聞いていた。
「駄目な姉を持つと苦労するよ~」
わたしは何も言い返せなかった。妹は学校の成績も優秀だしクラス委員長だし、誰からも好かれる良い子。一方わたしは成績は下から数えた方が早い。最近までは魔法少女のアニメばっかり見ていたし、悔しいけれど、駄目姉と言われても仕方がないと思う。
朝は妹と一緒に登校する。最近、危険な事件が起きてるから大人が登校に引率してくれる。帰りは帰りで、警察の人が見回っていたりして、最近なんだかとっても物々しい。
「お姉ちゃん、早く行くよ!」
くるみはとっても素早くって、朝はいつもわたしを玄関で待ってる。妹もわたしと同じすんなりストレートの黒髪だけれど、髪型にこだわりがあるみたいで、右側でサイドテールを作ってそれをピンクのリボンで止めている。薄ピンクの上着と赤いプリーツスカートがとっても可愛い。ハイソックスはわたしと同じピンク、姉妹揃ってピンクが好きなのです。さすがは我が妹、ルックスのレベルは高い、わたし程じゃないけどね。
登校の時の待ち合わせ場所に、もう皆集まっていた。その中にわたしの大親友の向日葵ちゃんと百合ちゃんもいる。二人は幼稚園の頃からの付き合いだ。
「おはようございます、りこちゃん」
おしとやかな二条城百合ちゃん、とってもお金持ちのお嬢様。長いストレートの黒髪、長袖の上着とロングスカートはどっちも紺色で教会のシスターさんみたいにも見える。とっても大人し目な感じ。本当にいい子なんだけれど、すごく困った癖をもっている。
「いよう、りこ! 相変わらず妹を困らせてるんか」
「何それ、わたしがすごく駄目なお姉さんみたいじゃん」
「正にその通りだろ」
「酷いよ 向日葵ちゃん!」
伊菜向日葵ちゃんはいつも明るくて元気一杯の女の子、自慢の栗色の髪を後ろで二つに分けてゴム紐でまとめてる。わたしと同じような髪型なんだけれど、向日葵ちゃんの髪は短めだし硬くて癖があるせいで、習字の筆みたいな形になってる。着ているのは赤い上着にジーンズのジャケットと短パン、見るからに飛んだり跳ねたりが得意そうな女の子だ。
「もう、お姉ちゃんのせいでいつも時間ギリギリだよぉ」
くるみがぶつくさ言っていると、百合ちゃんが素早く反応する。
「それならば、わたくしの妹になりませんか? わたくしはりこちゃんのようにお馬鹿でルーズではありませんし、わたくしの妹になったあかつきには、毎日のようにくるみちゃんの大好きなご飯を食べさせて差し上げますわ」
百合ちゃんは顔を赤くして、息も荒くして、なんだか危ない感じで妹に迫っている。その上、何気に酷いことも言われてるし。
「おお! それはいいなぁ! 本当に百合さんの妹になろうかなぁ」
「では早速、今夜家に来てくださいな! 一緒にお風呂に入りましょう、背中を流して差し上げます。いえ、背中だけとは言わずに、全身くまなくじっくりと流して差し上げますわ~」
百合ちゃんは今にもよだれを垂らしそうなふやけた顔で言った。妹は危険を感じたらしくて、すごく微妙な顔をしている。
「……いえ、やっぱりいいです、遠慮します」
「そんなぁ、残念ですわ……」
百合ちゃんは妹に拒絶されて半泣きしていた。わたしと向日葵ちゃんはそれを見て苦い笑いを浮かべている。見慣れた光景とは言え、百合ちゃんの困った癖には開いた口が塞がらない。百合ちゃんは、可愛い女の子や綺麗なお姉さんが大好きなのです。名前も百合だし洒落になってない。百合ちゃんのお母さんは、百合ちゃんが生まれた時にこんな女の子になるって知っていたのかもしれない。
それからわたし達は、近所のお母さんに引率されて学校に向かった。わたしの家は学区内で遠いほうにあるから、学校まで歩いて二十分くらいかかる。登校の途中、わたし達は何度も上を見ていた。
「相変わらず目立つよな、あれ」
「うん、何なんだろうね、あれ」
ここのところ登校の時は、あれが話題になる。割と近くの山に遊園地があって、そこの観覧車が見えるんだけれど、そこから少し離れた山の上に途轍もなく大きい緑色の鉄塔が立っているのだ。世界樹の塔とか呼ばれていて、わたしの住む稲穂市内に立っている。それが現れたのは一ヶ月くらい前だ。作り始めからたった半年くらいで出来上がって、しかもその塔の高さは999メートルというウルトラスケール、出来上がるのが余りにも早かったので、最初の頃は日本中ですごい大騒ぎになっていた。どうやって建てたのかとか、費用はどこから出てるのかとか。でも、すぐにその騒ぎは何もなかったみたいに消えていた。けれど、市内の人たちは不気味がってる。その塔は天辺を雲に突き刺して、大きな木みたいにただ立っているだけで、展望台とかもないし、何の為にあるのかよく分からなの。
「噂じゃ、宇宙人と交信するために建てたって話だよ」
「ええぇ、宇宙人じゃなくて、魔法の国と交信できたらいいのに」
「魔法の国って、お前は相変わらずだな」、と向日葵ちゃん。「そう言えば、りこ、最近魔法少女がどうのこうの言わなくなったな」
「そうですわね。少し前までは毎日のように、魔法少女になるって言っていましたのに」
百合ちゃんが不思議そうに言った。向日葵ちゃんも不信そうな顔をしてる。この二人にとって、わたしが魔法少女がどうのと言わないのは、本当に異常なことみたいだ。
「ねぇねぇ聞いて、向日葵さん、百合さん」妹くるみが話しに入ってくる。「お姉ちゃん、魔法少女アニメのディスク全部処分したんだよ」
「な、なにぃーーーーっ!!?」
向日葵ちゃんがとても驚いた。そこまで驚かなくてもいいのにと思うくらいに。
「おい、りこ。大丈夫か? どっか具合悪いところでもあるんじゃないのか?」
「りこちゃん、悩みがあるなら隠さずにおっしゃって下さい。ひとりで抱え込んではいけませんわ」
向日葵ちゃんと百合ちゃんが本気で心配そうな顔をしている。この二人はわたしを何だと思っているんだ……?
「どこも悪くないし! 悩みもないよ! いらなくなったから売ったの! ただそれだけだよ!」
「そうか、りこもついに目覚めたんだな、魔法少女への飽くなき探求の無意味さに」
「本当に良かったですわ、ずっと精神的にどこかおかしいのではと心配していましたの」
「百合ちゃんにだけは、そんな事言われたくないよ……」
わたしたちは、そんなどうでもいい話をしながら歩いていく。そうして学校まであと半分くらいのところに来たとき、引率の大人携帯が鳴った。近所のおばさんは話をしながら、だんだん暗い顔になってくる。それから携帯を切ると、おばさんは言った。
「みんなちょっと止まって。学校で何かあったみたいで、急遽休校ですって、すぐに家に帰りましょう」
「いやったぁ! 学校休みだって! どっか遊びにいこうよ!」
わたしが嬉しくなって飛び跳ねて言うと、おばさんが急に怖い顔になった。
「何を喜んでいるの!! 今すぐに家に帰るようにと言ったでしょう!!」
すごく怒られてしまった。わたしは、「ごめんなさい」と言って後は黙るしかなかった。おばさんの怒りようがちょっと凄かったので、一緒に登校してきた皆の空気がなんだか重い。一体学校で何があったんだろう? わたしは綿飴みたいな雲を見上げながら何となくそう思った。
その後は誰も一言もしゃべらずに、みんな大人しく家に帰った、とりあえずは。わたしが家に着くなり、すぐに携帯に向日葵ちゃんから電話がかかってきた。
「りこ、遊ぼうぜ! 外はまずいみたいだからさ、百合の家に集まろうぜ!」
向日葵ちゃんは当然のように遊びに誘ってきた。わたしもそれが当然だと思った。百合ちゃんの家は、わたしと向日葵ちゃんの家の間にあって、家も広いから、いつもそこに集まっている。
お母さんに、遊びに行ってくると言うと、なぜか凄く心配された。
「今日は遊びに行くのは止めなさい」
「ええ~、もう向日葵ちゃんと約束しちゃったよ」
「……外で遊ぶのは絶対に駄目よ」
「外じゃないよ、百合ちゃんの家に集まるの」
「そう……それならいいわ。百合ちゃんの家まではお母さんもついていくからね」
「ええぇ!? 何で? ついてこなくてもいいよぉ」
「嫌なら今日はずっと家にいなさい」
「うぅ、わかったよぅ」何でそこまでするんだろう? いつものお母さんは、そんな過保護な人じゃないのに。
ともかく、わたしはお母さんと一緒に百合ちゃんの家に向かった。すると、百合ちゃんの家の大きな門の前で、向日葵ちゃんと会った。向日葵ちゃんもお父さんと一緒だった。わたしは向日葵ちゃんと顔を見合わせて首を傾げてしまった。
「帰るときは必ず電話をするのよ、また迎えに来るからね」
お母さんはそう言った。帰りも迎えに来るだなんて、なんだか変だ。その時は変だと思ったけれど、百合ちゃんの家で遊んでいるうちに、そんな疑問はどこかえ消えていた。
その夜、皆が寝静まった頃に、わたしは起きだす。ここ一週間くらいはそれが日課になっていた。誰も起こさないように静かに着替えて外に出る。季節は春の初めで夜中はまだ冬みたいに寒いからジャンパーが必要だ。わたしは白い息を吐きながら、家の近くの雑木林の中に入っていく。夜中の林の中はちょっと怖いけれど、ここじゃないと練習ができないのです。何の練習をするのかというと、魔法の練習をするのです。わたしは一週間前に、突然魔法が使えるようになった。魔法少女になりたいとずっと夢見ていたわたしの願いを、神様が叶えてくれたんだと思う。本物の魔法少女になれたから、わたしは魔法少女になりたいと言わなくなったわけで、アニメのディスクを売ったのも魔法少女に憧れる必要が無くなったから。初めて魔法を使った時は、自分の部屋で空を飛びたいと思ったら、本当に体が浮き上がった。夢かと思ったけれど、最初は上手く飛べなくて床に思いっきりお尻から落ちて痛かったから、夢じゃないんだって分かる事ができた。
それから一時間くらい、わたしは魔法の練習をしていた。わたしの周りをとてもまぶしい光が何度も照らす。わたしが手のひらを、わたしの腕よりもずっと太い木の枝に向けると、手の前に小さな魔方陣が出てきて、そこから白い光線が飛び出す。それは狙い通りに木の枝に当たって、枝は吹き飛んで地面に落ちた。ものすごい威力だ、間違って人になんて当たったら大変な事になるな、とわたしは思った。
それから次は、空を飛ぶ練習。一週間練習を続けて、だいぶ上手く飛べるようになっている。だから今日は、夜空を散歩してみる事にした。
「よし、飛ぶぞ~」
わたしはジャンプすると同時に、自分がずっと上に飛んでいくようにイメージする。そうすると、イメージ通りに空を飛ぶことが出来た。夜の林がわたしの足の下でどんどん小さくなって、わたしの前には夜の稲穂市の景色が広がっていた。人口はそんなに多くない市だけれど、それでも大地で星が光ってるみたいに綺麗な夜景が見えていた。わたしは大きく冷たい空気を吸い込んで、ゆっくり前に飛び出した。そして、少しずつスピードを上げていく。夜の風はとても冷たいけれど、街の上を飛ぶのはすごく気持ちがいい。わたしは魔法少女になって空を飛んだ。ずっとずっと夢見ていた瞬間、本当にこれ以上ないくらいに幸せな瞬間だった。でも、喜んでばかりいられないよ。わたしの目標は、わたしの魔法で困っている人を助けることなのです。もっと魔法が上手く使えるように、がんばって練習しなくちゃ!
「ふわ~~~」
「朝っぱらからでかいあくびだなぁ」
翌日の朝、登校中にわたしのあくびを見て向日葵ちゃんが言った。わたしは朝からおねむだった。
「りこちゃんは夜な夜な魔法少女になる為の特訓をしているのですわ」と百合ちゃん、わたしはぎくりとする。「昼夜問わずに、魔法少女の決めポーズを考えているのですわ。昨日も朝方まで、鏡の前で特訓していたのです」
「なんて無駄な特訓だ……でも、りこのそういう姿が目に浮かぶな」
「いくらわたしでも、そんな事で寝不足になったりしないよ!」
この二人はいつもわたしをネタにしてくる。まあ、百合ちゃんの言った事は少しだけ合ってるけれど。わたしが本物の魔法少女になった事は、二人にはまだ秘密にしている。言ったら馬鹿にされるだけだろうし、魔法を見せれば手っ取り早いけれど、それは何だかもったいない。二人が困っている時にわたしが現れて魔法で助ける予定なのだ。そうしてわたしが魔法少女である事を知る親友達、そんなドラマチックな展開を期待していたりする。
今朝はそこらじゅうにお巡りさんがいて、登校している生徒を見守っていた。何だかとっても物々しい。学校に行くと、朝から全校生徒集会があった。そこで校長先生から告げられたのは、とても衝撃的な内容だった。六年生の女子が昨日亡くなったと言うのだ。何で死んじゃったのかは教えてくれなかった。全員で黙祷してから教室に入った。
お昼休み、百合ちゃんと向日葵ちゃんと机を合わせてお弁当を食べていると、向日葵ちゃんがわたしの方をじっと見ていた。
「りこ、うまそうだなぁ」
わたしは反射的に身をていしてお弁当を隠した。向日葵ちゃんは、隙を見せるとすぐにわたしのお弁当のおかずを奪っていく。しかも、わたしの好きなものばっかり狙って。
「何だよ隠すなよ~、別に取ったりしないって」
「その言葉に何度泣かされたか分からないよ」
「じゃあ、こっちの貰う」
向日葵ちゃんは目にも止まらぬ速さで、百合ちゃんのお弁当のおかずを掠めていった。
「あああっ、わたくしのお肉……」
「何だよこの異常な旨さの肉は、何故か焼きたてだし火の通り具合も絶妙だな……」
「松坂牛ロースのステーキですわ。専属のコックが作った出来立てを、メイドが持ってきてくれたのです」
「まじかよ、これだから金持ちってのは……」
「わたしにもちょうだい!」
百合ちゃんが何も言わないうちに、わたしはステーキを口に運んでいた。
「なにこれ! おいしい~~~~っ!?」
それは今までに食べたことがない美味しさのお肉だった。
「あ、りこちゃんまで、酷いですわ……」と百合ちゃんが悲しそうな顔をしていたので、わたしはすかさずお弁当を前に出した。
「代わりにわたしが最後の楽しみにとっておいた卵焼きをあげるよ」
「まあ、ありがとうございます」
ものすごく不公平な取替えっこだったけれど、百合ちゃんはわたしの卵焼きを美味しそうに食べていた。
「なあ、知ってるか? この学校に立ち入り禁止の場所があるんだってさ」
お弁当を食べた後に向日葵ちゃんが言った。
「立ち入り禁止? そんな場所あったっけ?」わたしはこの学校にそんな場所があるなんて記憶がない。
「昨日急に学校が休みになっただろ、その後からって話だ、なんかありそうだよな、放課後に行ってみないか?」
「何があるのか気になるね~」
「わたくしは何だか怖いですわ」
百合ちゃんは乗り気じゃなかった。けれど、わたしたちは三人で放課後に立ち入り禁止になった場所にいってみた。そこは図工室の奥の方で、そこは突き当たりになっていて何もない場所のはずだった。けれど、立ち入り禁止の看板があって、その前には先生がずっと立っていて、わたしたちは先へ行く事はできなかった。そこで向日葵ちゃんが、夜になったら学校に忍び込んで確かめようと言った。百合ちゃんはすごく怖がったけれど、でもわたしと向日葵ちゃんが行くと言うと、だったら一緒に行くって言ってくれた。