あきら君はバレンタインでも通常運転でお送りいたします
バレンタイン特別編、ということで!
だけど恋愛が全然関係ない一品が仕上がりました。
以前出した短編「あきら君は今日も通常運転でお送りいたします」の続編になります。
やっと兄弟全員が出てきましたよー。
ば・れーんたいーん♪
謎の歌声が、遠くから聞こえた。
男も女も思春期という熱に浮かされ、そわそわと落ち着きのない日。
バレンタイン・デイ。
青春の群像の中で一歩飛び抜けたカースト上位者として君臨するリア充と冴えない非モテ男子の悲哀を分ける、運命の日。
ドキドキそわそわの乙女心を満喫する女子と、干物への第一歩を踏み出そうとする女子の明暗を分ける、運命の日。
そんな日でも変わらずに、マイペースな者はマイペースに行動する。
そして季節を問わず発生する異常事態もまた、この日ばかりはそれ特有のモノへと姿を変えるのだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
小学生の頃、担任の先生に言われた。
「好意を寄せてくれる女子には今の内から優しくしておかないと、そのうち泣きをみるぞー?」
そう言ったのはむくつけき、ジャージ着用を常とした筋肉教師。
毎日同じ、擦り切れ日に褪せた赤ジャージは今日も草臥れている。
いい年して独身だった彼の悲哀が、台詞に滲む。
余計なお節介だと聞き流しながら、少年は思った。
――そのむさくてもさい格好のせいで結婚できないんじゃないか?と。
持たざる者の悲哀など、欠片も理解できなかった幼いあの頃。
とりあえず、彼は今でもそれを自分の身でもって理解出来たことはない。
世の中に蔓延る、バレンタイン限定イベント。
高校生を大人と思うような、稚い女の子の憧れ。
昭君の妹も、その一人。
将来の男女交際への夢が膨らむ明ちゃんは、お気に入りのカフェがやっている14日限定のカップルメニューを食べてみたくて仕方がない。
きっと、大人の恋の甘くてほろ苦い味がするんだろうな。
そう思った明ちゃんは、何とかソレを食べられないものだろうかと頭を悩ませた。
そうして思いついたのは、ありふれているけど確実な手。
「おにいちゃん! 今日ね、一緒に行ってほしいのー…!」
朝食の席で、ランドセルから卒業出来ない女の子は上目遣いに哀願した。
幸い、明ちゃんには3人もお兄ちゃんがいる。
ただし長兄は大学生で年が離れすぎている。
どう見ても兄妹…もしくは犯罪者に見えるだろう。
次兄も高校生で、年齢の開き的にはやっぱり傍目に関係もろバレあるいは犯罪というギリギリ感。
そこで白羽の矢が立ったのは、3番目の兄。
朝から眠そうな目で顔を上げた昭君は、無感動に妹を見た。
「おごらないから」
「たかってる訳じゃないから!」
「清和といけば? きっと喜んでエスコートするよ」
「リスと行っても何にもならないから…!」
「なんだ、明ぅー? 敢えて昭にせがまなくても、お兄ちゃんがどこでも連れてってやるぞー」
「え………やだ」
「マジ否定!?」
「だって正お兄ちゃんと一緒に行ったら、どう見ても犯罪なんだもん…」
「なんてこった! 無邪気な妹カムバック!」
「ははっ 言われちゃったね、正兄さん。ねえ、明? 俺はどうなのかな」
「和お兄ちゃんもギリギリ…」
「そっか、アウトなんだね」
兄妹4人…下の2人は義務教育全開だ。
未だ自力で稼ぐ手段を(公的には)持たないので、どっちも両親からのお小遣い制度のお世話になっている。
しかし実は秘かに妹が他に金銭を得る手段を有していることを、昭君は知っていた。下手したら昭君より明ちゃんの方が金持ちだ。
余分に持っている訳でもないのに、奢る気は昭君にはなかった。
「それじゃ昭お兄ちゃん、約束だからね…!」
「携帯ゲームで遊んでいても良いのなら」
「お兄ちゃん…そんなマナーで彼女ができるか心配だよ………」
率直に言って美少女の部類に入る妹に対しても、昭君の我が道をいく姿勢は今日も今日とて通常運転だった。
バレンタインだとて、昭君は変わらない。
教室の片隅で起こる喜劇に悲劇、悲喜交々。
だけど昭君以外が、色々と変化を見せる今日という日。
しかし残念ながら今年のバレンタインは、土曜日。
義務教育の学校はお休みだ。
恋愛にもがき振り回される男女の悲喜交々を見守ることの出来ない曜日事情に、明はちょっと残念に思っていた。
――だからその分、素敵な思いを味わいたい。
幸せな恋人達を間近に見つめ、甘い空気をお裾分けしてほしい。
そんな不純な思いで、少女は兄を連れ出した。
「いって来ます! お昼ごはん、いらないから」
「いって来る」
「これ昭殿、歩きながらげぇむをするものではないぞえ」
「はいはい」
「わかっておらぬようでおじゃりますな…」
溜息をつくお母さん(やけに黒髪長髪ツヤツヤMAX)に2人揃って手を振って。
中学生と小学生の兄妹は仲良く目的のお店に向かった。
「それでどこのお店に行くの?」
「あのね、大通りの…あ、神社通り抜けて行こう? あそこ抜けたら近道だったよね」
「ああ、鎮守の森」
妹が無邪気に先を急ぐ様を見ながら、昭君は思う。
――そういえば前に、あの神社の森を抜けたらタイムスリップしてたとか、二度と家族に会えなくなっていたとか母さんが言っていたなぁ、と。
思っただけで、それを口にはしなかったけれど。
「うわぁ。あまり来ないけど、薄暗いね…」
「森だからじゃないかな。適度に光が入るよう、枝打ちしてるって前に正兄さんが」
「枝打ち…あ、本当だ。なんかコーン、コーンって音がする!」
「タイミング良いね」
音に惹かれるようにして。
兄妹が顔を向けた先には…あまりにも、枝打ちとはかけ離れた光景。
そこには他者の目を奪い、釘付けにするに足る存在感。
白装束に五寸釘と金槌を握り、ひたすら大木に藁人形を打ち付ける術者の方がいた。
思わず、明ちゃんの足がピタリと止まる。
予想外の事態に、術者の方の動きも止まっていた。
互いに見詰め合ったまま、動かない両サイド。
しかしフリーズしてしまった妹とは異なり、昭君は平然と頷きながら言った。
「作法間違ってますよ」
「――っ!!」
「え、いやいやお兄ちゃん!? そんな問題じゃないよ!」
「明、呪術というのは緻密なもので、些細な狂いで我が身に返って来るんだって。場合によっては周囲の人間も巻き添えになるって言うし、近くにいる僕らが危険じゃない」
「お兄ちゃん、呪いの何を知ってるって言うの!?」
「………って、和兄さんが言ってた」
「和おにいちゃあぁぁん!?」
妹の脳裏に宿った印象では、次兄は爽やか系の好青年だったはずだ。
決して如何わしく謎めいたアレコレとの繋がりはなさそうな…
果てしなく縁遠い相手だと思っていたのだが…
妹の頭の中で、2番目の兄の爽やかな笑顔にヒビが入った。
昭君以外の兄妹の前では綺麗に取り繕われた外面が引っぺがされる日も近そうだ。
「お兄ちゃん、あれ、あれって…! ねえ!?」
「どう見ても見事に呪いだね」
「だからなんでそう平然としているの!?」
「白装束に蝋燭なんて、昔の日本映画にあんなのいたね。今度レンタルショップ探してみよう」
「あえてわざわざ映像探さなくっても、いま目の前にこの上なくリアルなのがいるから!」
「にしても男がやるとあまり様にならないね」
そんな悠長な、と妹は悲鳴を飲み込む。
ついでに身体が硬直しかけ、兄の身体にしがみ付いて背中に隠れた。
何故なら、和風呪術者がじわりと近寄ってきていることに気付いてしまったため。
黒尽くめの悪の幹部や戦闘員と格闘を繰り広げる現役魔法少女でも、これは怖い。
「お兄ちゃん…っ!」
「ところで2月の寒空にいつまでもそんな薄着でいたら風邪引くよ?」
「そういう問題じゃないでしょ! 何なのアレぇ…」
「時期的に見て、チョコレートをひとつももらえないモテない僻み男子じゃない?」
「本人を前になんてことを…!」
ずばっと言い切った、昭君。
その表情はこんな時でもやけに涼しい。
だが人目のつかない森の中。
こんな見るからに不審な危険人物を相手に、と妹はひやひやしてしまう。
だが。
次の瞬間、呪術師(笑)はわなわなと震えながら口を開いた。
「お、お、お前! 昭ぁ…!!」
「まさかのお兄ちゃんの知り合い!? なんか二重の意味でショック…!」
「ん? だれだっけ」
「しかも平然と忘れちゃってるよ!? こんなに個性的なのに!」
「誰だっけじゃねーよ! 同じ小学校だった良一だ!」
「まさかの同級生!? お兄ちゃんの周りってどうなってるの…」
「明、元気だけどあまり騒ぎまわったら喉を痛めるよ」
「いやいやお兄ちゃん!? いま、その心配は的外れかな!」
「俺のことを無視するんじゃねえよ、昭!」
にわかに収拾のつかなくなる事態。
妹は混乱する頭で考えた。
これ以上の面倒事に巻き込まれたら、自分の頭はパンクするに違いない…と。
だから『これ以上の面倒事』が発生しそうになったタイミングで、逃亡を図った。
「ああ、良一。そういe…」
「お兄ちゃん! 特別メニューの限定数終わっちゃう! 早く行こ…!?」
「え? あ、おい。ちょっと待てよ、おい…!?」
明ちゃんは、昭君の腕を掴んで引っ張り逃げ出した。
伊達に普段、飛び跳ねたり戦闘をこなして身体を鍛えてはいない。
生半可な相手では追いつけない速度を鍛え抜かれた身体は生み出し、怒涛の勢い。
兄が面倒に巻き込まれる気配を察した少女は、一気に兄を引っ張って森を抜けた。
幸い、相手は非常識な姿をしていた。
あの格好でまさかお天道様の光の下には出てこられまい。
人通りには来られまい、と。
その思いで一路大通りへ走り去る。
妹に引っ張られる昭君は、わかっているのかいないのか。
慌て騒ぐこともせず、素直に妹に合わせて走っていた。
内心、そんなにカップルメニューが楽しみなのかと首を傾げながら。
無事(?)にありつけた、限定メニューのスペシャルショコラを前に。
せっかくの気分に水を差されて若干ふて腐れたまま、妹は兄に尋ねた。
「それであの危ない人は何だったの?」
「ああ、良一のこと?」
妹が差し出したスプーンから一口の分け前を素直に頂きつつ、昭君が頷く。
お返しに自分の分…限定メニューの別ver.を一口掬って差し出しながら、言った。
「僕の幼馴染の、小夜は分かるよね」
「うん、小夜お姉ちゃん! ………って、え? 何か関係するの?」
「良一は小学校の頃からかれこれ6年くらい、年に3回くらいのペースで小夜に告白しては玉砕している、学校でも有名な失恋男子…だった気がする」
「さ、小夜お姉ちゃんに…!?」
昭君と同年の、隣の家のお嬢さん。
明るくて優しくて、可愛くて。
同性ながら、明ちゃんにとっても憧れのお姉ちゃんだ。
………が、男の趣味は理解できない。
あまりにも頻繁に昭君の側で目撃されるため。
彼らの通う中学校でも交際疑惑の実しやかに囁かれる幼馴染の女の子。
実は彼女が幼稚園の頃から昭君に健気な片思いの真っ只中であること。
それを、明ちゃんは知っていた。
というか、昭君以外の皆が知っていた。
気付いているのか、いないのか。
いつも昭君はマイペース過ぎて、小夜ちゃんに対してこれといったリアクションがない。
推し量れぬ心情ゆえ、幼馴染が中々諦めずにいることを彼は知っているのだろうか。
だが、いま重要なのはそこではない。
神社で五寸釘に藁人形。
作法を知ってか知らずか、大分間違ってはいたが。
こんな幸せな日、バレンタイン真っ只中に呪いに走る男と遭遇。
そんなあまりに嫌過ぎる体験に至った元凶は、何もかも。
この目の前の、涼しい顔をしているマイペース兄貴のせいではないか?
思い至った瞬間、妹ちゃんは店内だという事も忘れて大声で叫んでいた。
「さっきの何もかも! お兄ちゃんのせいじゃないのー!!」
そう確信めいた思いを強く抱きながら。
そんな不審人物に出くわして、兄が傷つけられずに済んでよかったと。
ふとそんなことを思う明ちゃんであった。
ちなみに幼馴染はリアルウィッチ(我流)です。
マイペースな昭君に振り向いてもらいたくておまじないを頑張っていたら、現代の魔女化しました。
この時、家でぐつぐつ大鍋を煮込みながら惚れ薬を作ろうとしています。