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「あるじ様!見てください!あちらにウサギがいますよ!」


 右手の藪の少し奥、日差しが差し込む小さな獣道に、ウサギが一匹。くりくりと愛嬌がある赤い瞳で、こちらを警戒する様子で見ている。


「向こう……狐……」


 左手の森の向こう。木々の影の暗がりの中に、肉食獣らしく爛々と光る二つの目。耳をピンと立たせた狐がいた。こちらも警戒している様子で、鼻をひくつかせている。


「わかったわかった。わかったから引っ張らないでくれ……」


 左右に両腕を引っ張られながら、麓の町に繋がる坂道を降りていた。

 どうしてサヤとケイがこんなにはしゃいでいるのかと言えば、久しぶりに外を歩いているからだ。すべてが珍しかったり、懐かしいものらしい。

 数日前から旅をしていたのだから、もう珍しくもないだろうと聞いてみれば、逃亡中はかなり悲惨な思いをしていたらしい。毎日日中はひたすら距離を稼ぐために駆け足で進み、夜間は大木のうろや洞窟などで息を潜め、夜明けと同時にまた歩く。そんな旅だったのだそうだ。確かに旅を楽しめるような余裕は無さそうだった。今のはしゃぎ様は、そこからの反動も大きいようである。


「御主人……町が見えるよ」


 ケイの声で一端思考を止めて前を向く。深い森を抜ければ眼下に、町が広がっていた。名前をデイストーンといいこの辺り一体の山々の鉱石を採掘していて、主に製錬までしている。その製錬に大量の薪が必要なために、今までは非常に助けられていた。ここにいる知り合いに納屋においてある薪の事を言えば、有効活用してくれるだろう。

 町につくと、ちょうど炭鉱から帰ってきた鉱夫たちが、鉱石を選別しているところだった。汗だくの男たちが一所に集まり喧喧囂囂に言い争う様は、中々迫力がある。


「ん?モルゲインじゃねぇか!」


 その中にいた玄人の雰囲気を放つ、黒ひげを生やした中年の男がこちらに気づき、肩につるはしを担いだまま近付いてきた。


「グレン。久しぶり」


「あぁ久しぶりだぁ!元気そうじゃねぇか!」


 グレンはがはははと大口を開けて笑いながら、その力強い腕で腰を叩いてきた。


「あるじ様。こちらの方は?」


 後ろに下がっていたサヤが、服の裾を引っ張ってくる。それに気づいたグレンが、サヤの方と、それからケイの方を見た。衝撃を受けたのか、目を真ん丸に見開いた。


「モルゲイン……。いつのまに嫁さんに子供までこさえたんだ……?」


「えっ……!」


「子供……」


 グレンの言葉にぱっと頬に紅葉を散らすサヤと、不機嫌そうに唇を尖らせるケイ。


「違う違う。二人は旅人だよ。護衛を頼まれたんだ。紹介するよ。この人はグレン・ミラー。俺の薪を買ってくれる一番の取引先の人だ」


「はじめまして。サヤと申します」


「ケイ……です」


「あ、あぁ。よろしく……で、モルゲイン。旅人の護衛って……木こりの仕事はどうすんだよ?」


「あぁ。暫く休業だ」


「おいおいそりゃないぞモルゲイン……」


 あからさまに肩を落とすグレン。分かっていたつもりだったが、やはり心苦しいものがある。薪の調達が少しばかり面倒臭くなるだろう。だから予め考えていた代案を伝えることにした。


「すまないな。代わりといってなんなんだが、こいつを渡すよ」


 ポケットから鍵束を出してグレンに渡す。


「こいつは?」


「薪を保存している納屋の鍵だ。急に出掛けることの迷惑料だと思ってくれて構わない。薪は好きに使ってくれ」


「良いのか?それじゃあ有り難く頂くが……対等な話じゃないな。ちょっと待っててくれ」


「別に構わないが……」


 グレンは踵を返すと、足早にどこかへ向かってしまった。サヤとケイに近くのベンチで待つように伝えて、その隣に立つ。

 分配を終えた鉱夫たちは、稼いだお金を手にそれぞれの帰路につき始めていた。最初こそサヤとケイに奇異の眼差しを向けるものがいたが、仕事終わりのお酒の方がうまそうだと思ったのか、特にこちらに絡んでくることもなく、近くの飲み屋へと入っていった。


「あそこ……なんのお店?」


 仕事終わりの男達を次々と飲み込んでいく飲み屋に、ケイは興味を持ったようだ。ベンチに座って足をぷらぷらしながら、興味津々といった様子で見つめている。


「あそこは、お酒を飲む場所だよ。だからケイちゃんは入れないの」


「む……サヤちゃんは?」


「た、たぶん入れるよ」


「どっちも入れないと思うぞ」


 ケイは見た目が幼女だから当然のこと、サヤもまだ少女のように見えてしまう。少なくとも店主はいい顔をしない。


「もっと……大きくなりたいねケイちゃん」


「私も……サヤちゃん」


 一緒に肩を落とす二人。果たして二人は成長したりするのだろうか?自在に姿形を変えられるわけではない様子だが。


「モルゲイン。待たせたな」


 くだらないことを考えているうちに、グレンが戻ってきた。左手には何やら書類を持っている。

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