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「勇者が持っていた矜持は、愛と不屈の精神です。そこに裏付けされた自信が、プライドが、彼を勇ましき者にしたのです。ですが、堕落した血脈は愛も不屈の精神も無くしてしまった……故に、彼らから私たちを扱う権利はなくなったのです」
悔しそうに拳を固く握りしめるサヤ。ケイは俯いていて表情が見えない。二人の様子を見て、きっと少しずつおかしくなっていく血脈を見ながら、なにもできない、歯がゆい思いをしてきたのだろうと推測する。
「だから君たちは血脈を見限って自分たちを扱える人間を探したんだな。……待てよ。それじゃあ、君たちが居なくなったことに気づいた彼らは……」
「はい。間違いなく血眼になって探すでしょう。私たちの存在こそが、彼らの地位を固めるものですから。長い年月の中で弱体化した彼らは私たちが最後の砦でしょう」
話を聞く限り、血脈の連中は今後敵になりそうな予感がする。
「魔王は数十年前に顕現したといったな?じゃあ君たちはどれぐらい長い間旅を続けていたんだ?」
「……私たちの旅は、ほんの数日前からです。血脈が、意に沿わない私たちを封印しようとしたあの時に、脱出したのです」
「そうだったのか……。そして君たちはここまで逃げてきたんだな」
サヤとケイはお互いに手を握り合い、身体の震えを押さえ込もうとしている。今までは武器として生きてきたが、急にこんな事態になってしまっては、さぞ恐怖しただろう。
じゃああの魔族たちは、一体どこで彼女たちの事を知ったのだろうか?血脈の守護がそれだけ穴だらけだったということか?それとも……。
「あるじ様……いえ、モルゲイン様」
「ん?」
「どうか、どうか私たちを使って魔王を倒してはくれないでしょうか?私たちと一緒に旅をしてくれないでしょうか?」
「……」
考える。
彼女たちの言葉に嘘はないだろう。そして現状も想像以上に厳しいものだろう。
魔王を倒す……実感が持てないが、あの仮面の魔族を逃がしてしまったからには、また襲来があるのは必須。一所に居を構えるのは、襲ってくれと言っているようなもの。しかも周りの人間に被害を被らせてしまうであろうことも、用意に想像できる。
なんと厄介な問題を持ってきてくれたものだと、彼女たちに罵声を浴びせたい気持ちが、無いと言えば嘘になる。だが、ここまで追い込まれた彼女たちに、頭ごなしに文句を言うことは出来まい。
まさか力試しに剣を持ったところから、こんなことになるなんてな。引きの悪さに苦笑さえ浮かぶ。
結論は出た。
「振りかかる火の粉は振り払わなければならない。身体が燃えないうちに……。君たちの旅に同行しよう。魔王を倒す旅に随伴しよう」
サヤの顔から緊張が抜け、弱々しく座り込んでしまう。横に立っていたケイがサヤの背中を擦る。
「……よかったっ……よかったよ……」
感極まったのかポタリポタリと涙が地面に落ちる。それを見ないよう背中を向け、空を仰いだ。どこまでも続く青空の下で、風が躍り鳥たちが舞っていた。
まずは何から始めようか。やることは山ほどある。旅の支度をしなければいけないし、麓の町に木こりがいなくなることを言いに行かなければいけない。納屋にある薪は出来れば売り払いたいが、そんな時間もないように思える。それに寒さへの対策を考えなければいけない。服の重ね着だけでは完璧ではない。より厚いものを手に入れなければいけないが、普段は自給自足な生活な上に基本は物々交換で生活用品を手にいれていたので、お金がない。
ならば動物を狩って防具を作ることは、どうだろうか?……それも不可能だ。親父が狩人だったから多少の技術は教えられているが、それで捕まえられる動物など、たかが知れていて、防寒具を作れるだけの大きさは捕まえられない。しかしお金はないし……、時間もない。ここは多少危険を犯してでも、山中にいるグリズリーを狩りにいくか?冬眠前の今の時期なら向こうから襲ってくる可能性が高いから、見つけるまでの時間の短縮になる。それに保存食にできる部分も多い。
「取り敢えず使えるものがないか家をひっくり返すから、手伝ってくれないか?」
「わかりました」
「わかった……」
さすがに三人揃うと、家の片付けは早い。結果を言えば、防寒具の問題は、解決できた。なぜなら、地下の物置部屋から大量のお金が見つかったらだ。残念ながら殆どが銅貨だったから、銀貨か金貨に換金しなればいけない。とても長い旅の中で持ち運べる量ではなかった。しかしこれだけ溜め込んでいたとは、親父は一体何をしていたのだろうか?田舎の狩人が集められる額でないが……まぁ深く考えたところでしかたがないだろう。何はともあれ、いくつかの問題は解決できた。あとは、旅の支度をするだけになった。
時刻は昼過ぎ。次の町に十分行ける時間だった。